■009――異世界の車窓から〜第二都市スパピア
地球にいた頃、知り合いか誰かが自分探しの旅とか言い出したら内心、意識高い系()とか言ってバカにしてたと思う。
そして俺は今文字通りの自分探しの旅をしている訳だが……これも因果応報とでもいうのだろうか。
「ドンマイです。先生、人生七転八倒、五十歩百歩、人間万事塞翁が馬。何事もアドリブが大事ですよ?」
ああ、テルさんはいいなぁ……テルさんがいなかったら俺の人格は手の施しようがないレベルで荒廃していたと思う。
上空から轟音が鳴り響いて、驚いて俺は空を見た。
巨大な筒状の宇宙船のようなものが空を横切っていた。
「なんだあれ?」
「星の民の連絡船だね」
ゲンマが空を見上げて言った。
「星の民?宇宙人か何かか?」
「宇宙を旅しながら交易をしている種族だよ。最近はあまり見ないけど。あれはメガロクオートとの定期連絡船だろうね。あそこだけは正式に条約を結んでいるから」
「へぇ、あれに乗れば宇宙を移動できるのか……」
どのくらいのスピード出るんだろうか。光速は無理としてもワープとかできるんならアレで地球に帰れるかも?
「確か人間は乗れないよ、昔聞いた説明が正しいなら。アレに乗るのなら肉体は捨てる必要はあるね」
「え?そういう仕組みなの?」
「なんか気が遠くなるほど移動に時間がかかるから肉体を保存しておけないらしいよ。それでも移動中はほとんど休眠状態みたい」
「じゃあ無理だなぁ……」
俺はしばらく空を横切る綺麗な飛行機雲をただ眺めていた。
□
峠を越えると文明を感じさせる街を一望できる場所に出た。
「あれが駅のある衛星都市セプテントリオだよ。数時間後に列車が到着する予定だけど、遅くても夕方には発車するだろうね」
流石にJRのように厳格なダイヤではなさそうだな。この大らかさはファンタジーっぽくて逆に安心する。
「あたし列車乗るの初めて。楽しみ!」
「へぇ、そうなんだ」
サリシスがワクワクした風に言った。現地の人でも乗ったことがないのか。
「だってすっごく高いんだよ。しかも予約か通行パスがないと乗れないし」
「え?予約とかいるの?」
「あ、大丈夫だよ。ボクなら顔パスで乗れるから」
セレブか。いや、実際ゲンマは王族なんだが。でも本当に大丈夫かな。
「なんで不安になるのか分からないよ?」
□
列車が汽笛を鳴らして街に滑り込んできた。
客車は巨大な鉄で出来たムカデのような節足動物の上に設置されていた。
「こうきたか……」
「これは古龍を改造して作った魔導装置だね。旧支配者の遺物で彼らの最高傑作の一つだよ。惑星の寿命が尽きても走り続けることができるらしい」
文字通り魔改造だな。それにしても旧支配者ってどんな連中なんだろうか。
「文献では気がついたらいなくなってたって感じだけどね。彼らの遺物のほとんどはエルスが引き継いだらしい」
またエルスか。なんか会う前から印象最悪な連中だけど……遭遇したくないな。
「中立地帯に行けば嫌でも遭遇するよ」
「嫌なんだ……」
「……不愉快なやりとりは何度もしてるから……それよりテル・ムーサ、わかってるよね?」
ゲンマは唐突にテルさんに語りかけた。
「私が自制できないとでも?」
「絶対カンナヅキ君にちょっかい出してくるよ?彼ら」
「……追い払うまでです」
「心配だなぁ……」
ゲンマは珍しく溜息をついた。
「中立地帯で揉め事は起こさないでね。一応ボクの責任になるわけだし」
「そちらこそ、化けの皮が剥がれないように気をつけるべきですよ?前科があるんですから」
「……それを言わないでよ」
「なんかやらかしたのか?」
「エルスの奴隷市場での人間の扱いに激怒して三つの都市を焼け野原にしたんですよ」
結構“やんちゃ”だったんだな。今でも大概だけど。村を焼こうとしてたし。
「大昔の話だよ、エルス共和国ができてまだ間もない頃の……だいたいあれは本当に酷かったから……それに結果として基本憲章の調印に持って行けたんだから別にいいじゃないか」
「その蛮勇をお父様の時にも発揮して欲しかったですね」
ゲンマが真顔になった。確か幻獣種は絶滅したって言ってたな……まさか。
「族長が救済を断ったんだ。ボクにはどうにもできなかった」
「知ってます。お父様は隷属より戦って誇りとともに死ぬことを選んだ……でもあいつらはその誇りに値しない連中です」
沈黙に耐えかねたように汽笛が鳴る。
「ねぇ、ゲンマ様、メシア論ってそんなに大事なんでしょうか?どれほど多くの血が流されても免罪される価値があるものでしょうか?」
「ボクには分からないよ、テル・ムーサ……本当に分からないんだ」
ゲンマの口調は悲しいほど優しかった。
□
客車内部に売店が無いとのことで駅前で飲み物や食べ物を買い出しをした。屋台もたくさん待機していて興味をそそられたがゲンマに止められた。
「一応、食堂車でディナーが出るからね。今食べたらお腹いっぱいになっちゃうよ」
「食堂車もあるのか」
ゲンマ向けの食事ならこの世界では高レベルのものだろうな。それは楽しみだ。
駅の内部は天井の高い古代遺跡が劣化もせずに現役のままの状態で使用されている。
ギリシャ建築のような大きな柱の間を多くの人がせわしなく歩いていた。
ゲンマが駅の窓口で何か言うとそのまま駅長室に案内された。
駅長室では小太りの高位であろう見た目の人が出迎えた。
「お久しぶりでございます、ゲンマ様」
「元気そうだね。駅長。さっそくで悪いけど、五人で第二都市まで移動したいんだけど……」
「はい、ゲンマ様のための客車は常に空けております」
「うん。ありがとう。助かるよ」
□
案内されたのはテレビの観光番組で見たような豪華客車で内部は床に絨毯が敷き詰められた上にフカフカのソファベッドと重厚な調度品が置かれたコンパクトな部屋だった。
この客車はゲンマ専用車で普段は車庫にしまわれているが、ゲンマが訪れると最後尾に連結されるようだ。
その作業で出発が遅れることになったが、ゲンマが客車一つ一つに挨拶に行くと乗客に熱烈な歓迎を受けていた。
「本当に人気があるんだな」
「疑ってたの?」
駅のアナウンスの後チャイムが鳴り響き列車はゆっくりと滑るように前進する。思ったより振動はなく快適な乗り心地だった。
食事までまだ時間があるとのことで、俺は思いついた新作のアイデアをインベントリから取り出したノートに書き留めていた。
ここ最近の悩み、俺は作家にとって最大の敵と言ってもいい存在と対峙していた。
システムのメモ帳に書いた新作の断片がいつの間にか消えているという現象が度々あって、テルさんに相談すると、
「あー検閲に引っかかりましたね」
「検閲!?そんなものがあるのか!」
「文書の検閲は国の内部機関で行われているのでシステムは直接関与できないんですよ」
そういえば以前聞いたような気もするが……しかしここまでキツイものとは思わなかった。
「だよなーユートピアなんてないよな……だいたいそういうのってディストピアの裏返しだよな……」
「恨めしい目でこっちを見られても困るよ?ボクの管轄じゃないし」
「縦割り行政の弊害かよ……どうすればいいんだ……」
「この国の
救いといえば筆記道具がほぼ無限に取り出せるってくらいだな。
この世界でミステリ小説を書いて発表するハードルが想定していたより高くなっていく。
「カンナヅキ、そんなに人殺しの話が書きたいの?」
サリシスの無垢な瞳が心に刺さる。改めてそう言われると言葉に詰まる……。
「人が命懸けで推理することってそうそうないんだよ……」
「そうかなー?別に人殺しじゃなくっても良くない?」
「ボクも人が人を殺す話は嫌だなー」
俺のアイデンティティが揺さぶられていく……どうにかならんものか。
□
日が暮れて食堂車に案内される。
上品な間接照明の中、楽団の奏でる音楽が流れるハイソな空間だった。
来る前に正装でなくていいのかゲンマに聞いたら、気にしなくていいと言われたが……、フリーダムなゲンマは例外としても、治療師助手の服装のサリシスと制服風のテルさんと比較しても村で貰った服そのままの俺で大丈夫なのか?
「ここは別にドレスコードはないからいいんだよ。それにこの辺じゃいい仕立て屋もないし。中立地帯にいい店があるからそれまで我慢して」
食事はコース料理のようで前菜に温野菜のオードブル。アボカドのようなねっとりした果実と湯通ししたグリーンアスパラとカリフラワーにニンニク風味のソースをかけたもので、野菜が苦手のサリシスも美味しく食べていたようだ。
ゲンマが頼んだ酒は果物を使った度数の低い飲みやすいもので食べ物にあっていた。
スープは緑色のスパイシーな魚介出汁の甘いポタージュ。タイカレーっぽいけど材料が想像できない。口当たりはよく調理技術は洗練されているのがわかる。
肉料理は鶏肉みたいな味の分厚い柔らかいステーキで表面に鱗のような模様があった。ワニだろうか?わさび醤油のようなシンプルなソースが素材の味を引き立てている。
デザートは複数の果物を飾り切りして盛り付けたもので、柑橘類とベリー系がメインだった。
どれも美味しかった。
「こういう食事慣れてるみたいだね」
料理自体がきちんと調理されていてあらかじめ食べやすくしてあったのもあるが、自分でも驚くほどスムーズに食べれたのは意外だった。絶対途中で箸が欲しいとか音を上げると思ってたのに。
そういえばスキルに礼儀作法ってのがあったな。エンダー君のスキルだろうか。少なくとも俺に覚えはない。身体性が伴うスキルはエンダー君由来なのかな?上位存在が関与してたら何でもありみたいけど。
「サリシスもマナーはちゃんとしてるんだな」
「修行時代に習ったからね。高位の人と会食する機会が多いからって」
生きていくって大変だな。料理は素晴らしい味だったが俺は少し村の生活が恋しくなってた。
□
食後、部屋でソファに寝そべってバランスバーで小腹を満たしながら俺は日記を書いていた。
「……ていた……だった……なのか……かな?」
ゲンマがノートを覗き込んでいた。
「ん?この文字が読めるのか?」
「シグレがたまに使ってる言葉に似てるね」
俺は横のソファベッドでテルさんとサリシスと一緒にゲームを遊んでいる忍者を見た。買い出しで購入したもので、ボードとカードを使ってシステムと連携した陣取りゲームのようだ。
「時々月を見ては短い詩を書いているよ」
俳句……いや短歌かな。
「そういえば彼女ってこの世界の人?忍者みたいだけど」
「エルスの召喚儀式でこっちにきたんだ。キリシタンバテレンの妖術に敗れた主君の仇を取ろうとしていた途中だったらしい」
ガチ忍者かよ……というかそんな過去からも召喚できるのか?
「過去どころか、平行世界からも召喚しているとの噂もあるね。概念汚染が心配だよ」
概念汚染……またよくわからない言葉が出てきた……。
字面からも関わっちゃいけない雰囲気がビシバシ伝わってくるな。
窓際の席で飽きもせず外の景色を見つめるゲンマを尻目にノートを文字で埋めた。
俺の目では明かりのない夜間はただ真っ暗な闇にしか見えなかったからだ。
その後睡魔に負けて深夜に寝た。
■
朝日の眩しさで目を覚ました。
ゲンマは寝る直前に見たままの体勢でずっと景色を見ていたようだ。
「列車から見る日の出がとても綺麗なんだ」
龍って寝なくていいのか。徹夜し放題はちょっと羨ましい。
食堂車でビュッフェ形式の朝食を食べた後、俺も景色を眺めて時間を過ごした。
□
列車がこの龍王国で王都の次に大きな都市スパピアに到着したのは夕方に入った頃だった。
人の流れが途切れるのを待った俺たちはゆっくり駅を後にした。
駅前の大きなホテルに入ると、事前に連絡が入っていたのか、流れるように最上級のスイートに案内される。
「この都市からいつでも中立地帯に行けるけど、用事とか買い出しがあるから明日の夜に移動しようと思う、それでいいかい?」
「先生は何か不足なものはありますか?」
「そうだな……外套が欲しいかな、ちょっと肌寒い。それと念の為護身用の武器が欲しい」
「剣なら持ってるじゃないか」
「いちいちこれを抜くのは大げさな気がする……これ以外だと木刀しかないし」
俺はソウルモンガーを鞘から抜くと例の声が響く。
「確かにねぇ……ちょっと人目を引くかな?」
ゲンマは苦笑した。
「しかも何故かインベントリに入らないし……軽いから持ち運びは苦じゃないけど」
「その剣には魂が入っているのでしょうね」
「え?」
「魂が入ってるものはインベントリに入れられないんですよ」
「そういう仕様なんだ……」
なんでエンダー君はこういうものよくわからないものを持っているんだろうか……?
人間領域ではこういうのが流行ってるのだろうか。
■
その日はすぐ就寝して、翌朝から買い出しに街に繰り出した。
ゲンマの行きつけの武器屋で一通りオススメ商品を見てミスリル銀のショートソードを購入した。
流石にソウルモンガーより軽くて丈夫な剣はなかったので手軽な流通品にしておいた。会計を済ませてインベントリに放り込んでおいた。
その後市場で俺とサリシスは手頃な値段のフード付きのマントを買った。
「テルさんは寒くないの?」
「鍛えが違いますから、大丈夫ですよ?」
お、おう。
ゲンマはお菓子を箱でいくつか買っていた。
「後必要なものってなんだろう……」
「中立地帯でも大体のものは手に入るけど全体的に割高だよ。インベントリに余裕があるなら消耗品は買い込んでおいたほうが何かと便利かな」
「そのお菓子も向こうで食べるのか?」
「いや、これは後で使うんだ。なんならついてくるかい?」
□
街外れの区画に学校のような二階建ての四角い簡素な建物が建っていた。
門の表札には“龍の恵みの家”と書いてあった。
こないだゲンマに見せられたのはこれかと思い至った。
中に入ると大勢の子供たちに瞬く間に囲まれた。
「ゲンマ様だー」
「ゲンマ様あそぼー」
「うわーこのおにーちゃん髪ながーい」
「おねーさんきれーい」
「おねーちゃんお話聞かせてー」
俺たちは子供達が飽きるまでもみくちゃにされた。
もっともテルさんはニコニコしながら子供を両手で抱えてブンブン振り回していたし、サリシスも子供の世話は慣れているのか落ち着いて対処していた。
ただ俺だけが髪を引っ張られ頭や背中によじ登られたり蹴りを入れられたりとなすすべなく翻弄されていた。
施設の人がお土産のお菓子を配る旨を伝えてやっと解放されたが、その時俺はボロボロで虚ろな目だったと思う。
「大丈夫?カンナヅキ?」
「……大丈夫じゃない」
子供集団の相手は俺には無理だ。小さい頃弟の世話ならしたことがあるがこんなに乱暴ではなかった。コミュ障がこなすイベントとしては難易度高すぎる。
「あらあら先生、そんなことじゃ先が思いやられますよ?」
テルさんはどういう状況を想定してるんですかね?
野球チームができるくらい!とかいきなり言いださないよね?
□
「身寄りのない子供って結構いるんだな」
午後の傾いた日差しに照らされた帰り、道に伸びた影を見ながら俺は言った。
「冒険者の子供とか国外から亡命してきた子供が多いかな。最近減ってきたけど口減らしで連れてこられる子もいるよ」
「みんな眷属になるのか?」
「まさか。半数は里親に引き取られて、残りもほとんどが冒険者か、徒弟や兵士になるよ……眷属を希望するのは一割に満たない。しかも実際に適性があるのはほんの一握りだよ」
「そうなんだ」
「別にしたくてしてるわけではないよ。断る理由がない時だけさ」
「俺は例外なのか?」
「長いことこういうことを続けていると割り切る機会も多いんだ。一人の犠牲で多くが救われるのなら……心苦しいけどね」
俺とゲンマの間に埋められない溝があるのはわかっていた。ただそれがどれだけ深い溝なのかはまだ理解できなかった。
□
駅前のホテルから小一時間歩いたところに転移門ターミナルはあった。
プリムム村のそれより遥かに大きな施設で制服を着た係員が夥しい人の流れを整理していた。
このターミナルから龍王国の主要都市と他の列強諸国の領事館、および中立地帯に転移できるようだ。
この転移門を通過すれば俺のチュートリアルは残すところ三つ、実質二つを残すだけになる。
俺たちは中立地帯行きの転移門の中に立つ。
これから先は中立地帯。
しかも列強諸国中から選り抜きの猛者たちが集う虎の穴だ。
「心の準備はできたかい?」
心の準備なんてここに来てから一度も出来てない。
それでも言えることは一つだけある。
――俺はまだ生きている。
訳も分からず死んでたまるか、ただただそれだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます