■007――説明責任は果たせられたがチュートリアルは終わってない
□
その後のことは覚えていない。
なぜなら気が緩んだ途端、俺はまた気絶してしまったからだ。
□
目が覚めると宿屋の自分の部屋だった。
寝台に寝かされていて、起き上がると寝台横の椅子にテルさんが座っていた。
「お目覚めでしょうか?先生」
彼女は満面の笑みを浮かべて俺を見つめている。
テルさんは大きく澄んだ目とふっくらした唇のフランス女優のような美女だった。
とてもあの数メートルの牛を瞬殺したとは思えない。
俺は自分のほっぺたをつねって引っ張った。
夢じゃない。
「大丈夫でしょうか?もう少し休養が必要なのでは?」
「あ、大丈夫です……あの、担当者なんですよね?システムの?」
「はい!本日より先生の仕事・生活全般のサポートを任されました!」
「それは……いつまで?」
「先生がこの世界におられる限りずっとです!」
「お、おう……じゃあ……先ずは……」
「はい!」
なんかテンション高いな……。
俺は担当が来たらどうしようか今まで考えていたことを頭の中で必死にまとめようとした。
テルさんはニコニコしながら俺の言葉を待っている。
彼女の背後でブンブン振り回されている尻尾の存在に集中力を妨げられながらもなんとか考えをまとめた。
「聞きたいことがいくつかあるんだけど……ここがどこなのかとか、自分がどういう状態なのかとか……」
「はい、準備をするので少々お待ちください!」
彼女は何かを操作する仕草をすると、自分の周囲が一瞬明滅し、今までいた宿屋の一室が白いグリッド模様の小部屋に変貌した。
「守秘事項に絡む内容になりますので、閉鎖空間を設定しました。どうやら盗み聞きしている方がおられるようですので」
彼女はクスクス笑った。
俺の脳裏には好奇心の強い龍とヤタガラスの姿がよぎった。
□
「ここは、先生がおられた太陽系第三惑星地球から牡牛座方向に四百光年ほど離れたところにあるノヴムオリジネムという惑星です」
「え?」
ある意味、この情報がここに来て一番驚いた。
「いや、いや、いや、おかしいだろ?」
今まで魔法とか魔剣とか龍とかダンジョンとか色々遭遇してきてもなんとも思わなかったのは、ここが俺のいた世界とは別の宇宙だと思って思考停止していたからだ。
テルさんは小首を傾げた。
「そんなにおかしいでしょうか?」
「……ある意味ゲームの中の世界とか言ってくれた方がまだ納得するんだが……」
「ゲームというのがある種のシミュレータ、知性体の作った箱庭という定義ならば違いますね。先生のおられた地球と同じ宇宙に確かに存在します」
「えええー……エントロピーとか、熱力学第二法則とかどうなってんだよ……おかしいだろ……」
「あーそれはですねぇ、先生がおっしゃってることは宇宙の内部で完結していることが前提の法則なんです。外部にいる上位存在のようなチートなモノは想定していないのですよ。つまり」
テルさんはにっこり微笑んだ。
「ゲームでいうところのModの有無みたいなものですね。先生のおられたところはほとんどバニラの状態でここは上位存在によって様々なModが導入された世界ということです」
俺は足元が崩れるような衝撃を受けていた。
今まで確かで不変のものと認識していた物理法則がそうではないと知って、それをいともたやすく弄び、捻じ曲げ、汚す存在が我々に干渉していることに恐怖した。
今まで何も考えずに使っていたエンチャントや自分に刻まれているマギアの証、そしてそれを通して繋がっているという魔源回路におぞましさを感じる。
「先生?!」
俺はハッとしてテルさんを見た。
彼女は心配そうな顔で俺をじっと見ていた。
「……何か……お気に召さなかったでしょうか?」
「いや……ちょっとショックで……」
さっきまで元気に振り回されてた尻尾はしょんぼり項垂れていた。
「……テルさんは俺が聞いたことに答えてくれただけなんだよな……ごめん」
俺がそう言うと彼女は少しホッとした様子だった。
「私にわかることでしたらなんでもお尋ねください!」
「ところで、バニラとかModとかなんで知ってんだ……?」
「それは、私が先生を担当するにあたって記憶の全てを把握させていただきました。円滑なコミュニケーションをするためには先生と同じ語彙は必要かと」
お、おう。到着に十四日かかるのは移動の問題だと思ってたけど……思ってたより大事なんだな。
「はい、先生の巻き込まれた状況はあまりに理不尽なのでお母様もその窮状には大変心を痛めております」
「そうだ、俺は一体どういう状態なんだ?地球の俺は死んだのか?元の世界には戻れるのか?」
「地球の先生……神無月了様でしたら今の所問題ありません。現状を簡潔に申しますと、エンダー・ル・フィン様と先生の魂が入れ替わった状態ですね」
「入れ替わり?」
「ええ。調査はまだかかりそうですし、完全修復の目処はまだ立ってませんが、緊急非同期通信網は復旧してますので限定的ですが向こうの状況はわかってます」
「向こう……地球にもシステムがあるのか?」
「こちらほど大規模ではありませんし、方針によって社会への本格的な関与も行なってませんが、私の妹も常駐していて、すぐさま協力者様とともにエンダー様の保護ができましたのでご心配はないかと」
「エンダー・ル・フィンの事が知りたいんだけど……今まで何をしてたのか、とか」
「申し訳ございません。エンダー様の記憶・行動の履歴はこちらでは把握できておりません。同期通信が復旧するのを待つよりこちらで調査した方が早いかと……」
「相当長引く、と」
「はい」
「最終的に俺はどうなる?」
「システム側では完全復旧を目指しております。先生が帰還をお望みならば可能な限り対応するつもりです。ただその目処は今の所立っておりません」
「どちらかが拒否したら?」
「それに関しては話し合いで解決するしかないと思われます。ただ帰還するかこちらに永住するかに関わらず私どもとしてはできる限りの協力はお約束します」
「事故の原因はどこまでわかっている?」
「エルス共和国での度重なる召喚儀式によるダメージで蓄積した脆弱性に地球側でのイリーガルな転移実験による衝撃が加わり、その余波で転移システムの開発段階に仕込まれたレガシーが発動したのが原因かと」
「レガシー?」
「ホムンクルスを使った魂のみの星間転移というのを試験導入した名残らしいです」
「ああ……それは完全にとばっちりだな……」
「そうなります。本当に申し訳ありません」
□
テルさんと話して大体の現状はわかった。
あとはこれを元にこれからどうするかを決めるだけだが……本音としてはどこにも行きたくない。
元々インドア派の小説家としては、この危険な世界を冒険とか勘弁して欲しい。
この村で冬の間、オルトと一緒に研究や議論したり、サリシスと星を見ながら地球の星座の物語を語ったり、ジョイスと冒険談を肴に酒を飲んだりしていたい。
ただ、あの名前も知らない魔術師は決して有能でも強くもなかったがそれでも俺たちを殺す事ができた。
今回撃退できたのはたまたまテルさんが予定を早めてくれたおかげだ。
ジョイスは油断はしなかったが人間領域を侮りすぎた。
あの魔術師が大した事がないやつでも、その裏にいる奴は決してバカじゃない。にも関わらず、俺は敵がどんな奴なのか全くわからないのだ。
次に後手に回ったら確実に負ける。俺はそう思った。
俺をどうにかするためだけにあれだけのことをやってのけたのなら、春が訪れ結界が解けた後、今回以上のことは仕掛けてくるだろう。
俺が今しなければならないのは、エンダー・ル・フィンがどういう人物か、そして、その敵は誰なのかを知り、なおかつ対抗できる術、できれば援軍を得ること。
安寧に身を委ねていては俺も村も危険なままだろう。
それはわかっている……わかってはいるのだが、俺はこの状況自体に打ちのめされていた。
『また、同じなのか』
『生まれた地元から、大学から、バイト先から、どんなに溶け込んでも最後には出て行くことになる』
『軌道に乗りかけた作家業も志半ばで環境から引き離されてしまった』
『今までは心を開いた関係はなかったから、それでも耐える事はできた、でも……』
この村から、自分を信じてくれた人たちから離れなければならない、この状況は、心底堪えた。
俺は膝の上で自分の握りしめた手を無意識に見つめていた。
「先生……」
テルさんの白い手が俺の手を優しく包んだ。
「私は先生をお助けするためにここに来ました。先生が今お辛い気持ちであることはわかります。私の至らない能力では先生のお考えの全ては理解できないかもしれません。でも……」
「ずっとお側にいます」
「もう、お一人で悩まないでいいのですよ」
彼女は俺の手を両手で包んだまま微笑んだ。
俺はもう限界だった。
生まれてからずっと自分が傷ついていないフリをしていただけだと思い知らされた。
心に溜め続けてきた小さな傷が大きなヒビになって決壊し感情が溢れて止まらなくなった。
俺は声も上げずに湧き出る涙をどう受け止めていいかわからなかった。
自分はそこそこ頭が良いという自負が崩れ、まともな泣き方すらわからないなんて本当にバカだなと自虐するしかなかった。
テルさんは一晩中俺を優しく包んでくれた。
■
一晩明けて俺の頭は真っ白だった。窓の外で小鳥がさえずっている。
昨夜の事は一言で言えば――よかった。それしか出てこない。
職業柄、語彙数には自信があったはずなのだが、まるで、すべての言葉が脳から抜け落ちてしまったかのようだ。
少しずつ冷静さが戻ってくるとジワジワとやっちまった感が湧いてきた。
俺はこんな軽い男ではなかったはずなのだが……おかしい……と思う一方で、でも昨日のあのテルさんの攻撃はガード不能だよなと誰とはなしに弁明する自分もいた。
俺は寝ているテルさんを起こさないように洗面所に行き顔を洗った。
鏡を見るとまだ微かに目の縁が赤い。
軽く体を拭き服を着て部屋に戻るとテルさんはスーツ姿で俺を待っていた。
「おはようございます、先生」
「お、おはよう……ございます」
俺は赤面し、なんとなく敬語になり、テルさんはクスクス笑った。
彼女はまっすぐ俺を見つめた。
「お気持ちは決まりましたか?」
□
階下に降り、ジョイスに出会うと、彼は膝をついて丁重に謝り出した。
「システムの御使に保護される方と知らず無礼の数々、どうかお許しを……」
「やめてくれよ!ジョイス!そういうのは!!」
俺が反射的にそういうと彼は何故か憮然とした表情で俺を見ながら、立ち上がり、ぼやいた。
「なんで、俺はこういう面倒臭い奴に縁があるんだ……」
「本当ジョイスって苦労人だよねー」
「お前がいうな!ゲンマ」
「そうだ、ジョイス、なんで昨日は逃げなかったんだ?」
「え?」
「テルさんが来てなかったらかなりヤバかったと思うけど……」
「あー、お前ゲンマと一緒に戦った事ないからな。まず、こいつ龍形態になるのに時間かかるんだよ」
「……い、いやあれから少しは早くなってるよ……」
ゲンマの目線が心なしか下がっている。
「しかもこいつ龍になっても遠距離からブレス撃つだけだからな。相手との相性によっては滅法弱いぞ」
「……で、でも時間かければ勝てるし……」
「ふふふ、お母様が『ゲンマ様は四天王の中でも最弱』って仰ってました」
さりげなく追い討ちしてるよテルさん。ゲンマのこめかみがピクピクしてる。
「だいたいお前が勝つまで待ってたら村がなくなってるぞ。お前村焼く気マンマンだったしな」
「再開発の口実にもなるし悪くはないんだけどなー」
「俺がこの村の自警団長である以上そんな事はさせん」
「で、どうするんだ?これから」
「もう決めている、村を出て、チュートリアルをクリアする」
「いいのか?村にいてもいいんだぞ。人間領域の奴らのことは国に任せた方がいい」
ジョイスがそういうとゲンマは頷いた。
「選択としてはそれもありだね。彼らが次に来るとしたら軍でないと対処できないでしょ」
俺は首を振っていった。
「それでは後手に回ってしまう。それに俺はエンダー・ル・フィンがどういう男なのか知らなければいけないんだ。彼が何をしたのか、それを知らなければこの先安心して生きていける気がしない」
「どうするんだ、国境線はほとんど封鎖されるんだぞ」
「チュートリアルの最後に『赤龍ガーラに謁見する』ってのがある。その時予見で視てもらうつもりだ。どうすれば会えるのかはまだ考えてないけど」
「ガーラ様に謁見するのでしたら王都に到着した時にシステム経由でアポイントを取り次ぎますよ」
「ありがとうテルさん。じゃあ、王都を目指せばいいのか……」
「いや、ボクと一緒に行けばいいよ?手続きなしで城に入れるよ」
「えっ」
「ゲンマ、何を企んでいる?」
ジョイスが警戒の目を向ける。
「んーなんか面白そうだしー」
先に本音言うの反則だろ……まず建前をいってくれ。
「建前ねぇ、ほっとくと危ない、かな。さっきジョイスから聞いたけど、行商隊の一つ、イソレタ隊の行方がわからないってのが気になるんだよね」
「どういうこと?」
「すでに国内に潜伏してるね」
「……うわぁ。危険じゃん……」
「ボクのオススメはパワーレベリングした後に王都に行く、かな。それだと何があっても大体の事態には対処できると思うけど」
「テルさんはどう思う?」
「案としては異論はありませんが言い出したのがゲンマ様と言うのが引っかかります」
「いくらボクでもシステムの監視下で無茶なことはしないよ。それに国内の案内役は必要でしょ。というかウチの王宮のエラト・ムーサが心配しててね『テル姉さんは九姉妹の中で一番ポンコ……』」
「ゲンマ様ぁ!これからについて綿密な打ち合わせが必要に思われますわ!」
ゲンマが不穏当な発言をしかけるとテルさんは慌てて彼を部屋の隅に引っ張っていった。
……最弱とポンコツかー。
それに救われた身としては全く文句は言えないな。
二人は部屋の隅で何やら言い合っている。テルさんの旗色は悪そうだ。
「お前もこれから大変だな。相当振り回されるぞ」
ジョイスは実感を込めていった。
□
「サリシス」
部屋に戻るとサリシスが椅子に座って待っていた。
「カンナヅキ……」
「サリシス、俺は……」
「わかってる。村を出るんでしょ?」
サリシスは俺をじっと見ていった。
「あたしね、カンナヅキ。決めたの。あなたについていくって」
俺は驚いてサリシスを見た。俺が何か言おうとすると彼女はそれを遮った。
「聞いて、あたしはどうしても行かなければならないの」
「あたしは最近まで治療師として修行の旅に出ていた。ある日導師に素質を視てもらった時、あたしは蘇生魔法を使える可能性があるって言われたの。それはとても喜ばしい話のはずなのに、その日から急に全てが怖くなったの」
彼女は自分の体を抱えた。寒さに震えるように。
「目の前に何もない巨大な虚空広がっていて、それだけでも怖いのに、何もないはずの暗闇から何かがこっちを見ている、そんな感じがずっとするの……誰かに言ってもそんなの気のせいだって言われて……でも違うの!」
彼女は自分を抱えたまま体を震わせた。
「わかるの。蘇生魔法に近づけば近づくほどあの暗闇が迫ってくるんだって……それが怖くて、あたしは逃げ出したの」
サリシスは顔を上げ窓の外を見た。
「このままこの村にいるのもいいかな、と思ってた。でも、あなたが運び込まれた時、わかったの」
彼女は俺の顔を見た。
「この人はあの暗闇から来たんだって」
俺は彼女の話が理解できた。
この娘は俺と同じものを見ている。
「あなたが元気になって本当に嬉しかった。あなたと一緒にいるととても落ち着くの。あの暗闇を見ているのがあたし一人じゃないって……それだけでとても心が安らぐの」
サリシスは近づいて俺の手を取った。
「あたし、あなたを失いたくない。ただ、そばにいたい。それだけなの。だからお願い」
彼女は俺の手を包み祈るように言った。
「あたしをひとりにしないで」
□
「何を言い出すんだ!サリシス!!ダ、ダ、ダ……!」
ジョイスは拳を振りながら激昂した。
宴会の準備で村中の人がホールに集まっている時だったのでみんなの視線が一斉に集まった。
まぁ、ですよねー、と、俺が思いかけた時、背後からモナさんがジョイスの肩を叩いた。
ジョイスが振り返ると、モナさんは黙って首を振った。
それを見たジョイスは振り上げた拳を下げて震えた。
サリシスを見ると普段は寡黙だったおばあさんが寄り添い「達者で過ごすんだよ」とかいってる。
……うーんこれは連れていく流れかな……。
「カンナヅキーィ!お前!ウチの娘にまで手を出したのか――!!」
「出してない!て言うか、“にまで”って何だよ、“にまで”って!!」
「何をいってるんだ、普通はシステムの御使様なんて恐れ多くて触れることすら憚れると言うのにお前はー!!」
「え?……何で」バレた?
「いやーボクでも探知できない結界を一晩中張って、朝出てきたらあんなスッキリした顔をしてれば誰でもわかると思うよ……」
ゲンマがボソッと呟くと周囲の村人が微妙な苦笑いをしているのを見て俺は羞恥で顔が赤らむのを感じた。
「どうしたの?カンナヅキ?顔赤いよ?熱でもあるの?」
サリシスは俺の額に手を当てた。
「サリシス!お前、こんな女タラシについて行ったら苦労しかしないぞ!いいのか?」
サリシスは首を傾け、俺の方を見ると言った。
「ねぇ、カンナヅキ、あたしがいると迷惑?」
そう聞かれると俺は考えた。ここで嘘をつくことも出来るが……それは正しい選択ではないような気がした。
「いや、サリシスがそばにいてくれるととても落ち着くよ」
俺がそう言うとサリシスは微笑んで頷いた。
□
「カンナヅキ!お前何人嫁を娶るつもりなんだ!!」
ジョイスは完全に悪酔いしていた。
冬ごもりの準備が終わり、襲撃も退けられ、村人たちは飲めや歌えの大騒ぎだった。
秘蔵の酒が開けられ、贅沢な醤油をふんだんに使ったテリヤキチキンをはじめとしたご馳走が所狭しと並べられていた。
「やっぱり三人以上娶るつもりなのかー!!」
「いきなりそんなこと言われても困るんだけど……」
そもそもこの国の婚姻制度とか知らないし。
「ウチの国は基本産めよ増やせよだから。まぁ、頑張ってねー」
ゲンマは無責任なことを言いながら村人にもてなされて飲み食いしている。
「ジョイス、カンナヅキに結婚は早いよ……まだ若いんだから」
オルトは微妙に不機嫌そうだ。
う、ごめんオルト。裏切ったつもりはないんだ。
「まぁ、若さゆえの過ちってのはあるよね……」
……言えない、中の人がアラサーとか絶対言えないな……。
「よろしいんじゃないですか?ハーレムルートを目指すのも」
テルさんはご馳走をもっしゃもっしゃ食べながらゲーム脳なこと言ってるし……俺にそんな甲斐性はないです。
「カンナヅキ子供が欲しいの?」
サリシスは火に油を注ぐのをやめなさい。さては当事者意識がないな?
「昔の同行者の人が言ってたよ?男の人は生命の危機に遭遇すると子作りしたくなるものだって」
だから、やめてって……。
「うわー!!」
あーあ、ジョイスが泣いちゃった。
「泣かせたのはカンナヅキ君でしょ。よーしよしジョイス、今日は飲もう!てか大丈夫だよ、ボクも一緒なんだし」
「それが一番不安なんだー!!」
■
「僕もついて行きたかった……」
翌朝宴会の後片付けをしながら、オルトはその日何回目かわからない言葉を口にした。
俺は知らなかったがオルトの店は小売りより卸業がメインで村の物資補給に深く携わっているため村を長期間離れることは難しいようだ。
「すごく心配だよ……君はほっとくとすぐ危険に飛び込むし」
「まぁ、テルさんがついてるから大丈夫だよ……多分」
「一番心配なのは……カンナヅキが……戻ってきたら別人みたいに変わってそうで怖いんだ……」
オルトはため息をついた。
「……もしくは僕のことも村のことも忘れて帰ってこないか……」
「それはないよ……まぁ、絶対ではないかも知れないけど……」
「ダメだよ!そこは絶対でないと!約束してよ!」
「……ご、ごめん、ちょっと遅れることはあるかもって思ったから。忘れるとか帰ってこないとかはないよ」
オルトは微かに上を向いて呟いた。
「君と出会って弟ができたみたいですごく嬉しかったけど……君は僕がやりたくてもできないことを次々にやってのけるものなぁ……悔しいけど、それ以上にものすごく心配だよ。何か大きな事に巻き込まれそうで……」
その危惧は当然俺にもあるが、一度決めた以上はもう後戻りはできない。
「絶対戻ってくるよ。たとえ何があっても。約束するよ、オルト」
■
ゲンマの眷属でもある親衛部隊の一部が村に到着し、警護のために冬の間駐在してくれるとのことで俺たちは安心して村を発つことができた。
「サリシス、辛くなったら、遠慮なく近くの治療院に駆け込むんだぞ、いいな?」
ジョイスはまだ心配らしい。
「安心なんてできるか!カンナヅキ!サリシスを泣かせるようなことをしたら、地の果てまで追いかけて復讐するからな!」
「そんなことしないよ……ジョイス」
「大丈夫だよ、お父さん。泣かないで?」
サリシスの俺に対する感情はどう見ても“恋愛”ではないと思うのだが……まぁ、ろくな経験がない自分が言っても説得力ゼロだ。
「カンナヅキ……気をつけてよ」
「オルト……必ず通知を送るよ」
オルトは今にも泣きそうな顔をして何度も頷いた。
俺たちは別れを惜しんだ後馬車に乗り込んだ。
□
山道を登ったあと、峠から村を見下ろすと、村の周囲が淡い光に包まれた。
「結界が張られたね。これで冬の間は大丈夫だよ」
プリムム村は飛地になっているので冬の間は陸の孤島になっている。
別れの辛さと村のいく末を心配する一方で、これはミステリのネタに使えるかなという職業病が顔を出して自分が嫌になる。
「これからどうするんだ?」
俺はゲンマに聞いた。
「このまま馬車で結界が張られる前に領内に入る。隣村によって旅の準備をして、その後徒歩で山を越えて大陸横断列車に乗るよ」
「列車?」
転移門と馬車しかないと思っていたがそんな交通手段があるのか。
「旧支配者の作った遺物だけど、まだ現役で動いている。その足で第二都市スパビアに向かう」
「王都に行くんじゃないのか?」
「先にレベリングでしょ。スパビアの転移門から中立地帯モヌメントのダンジョンに行くよ」
俺は馬車に揺られながら星空を見ていた。
このどこかに地球があるんだよな、とぼんやり考えていた。
不安は肩にもたれかかるサリシスの寝顔を見ていると薄れていく。
俺は目をつむり、なるべく楽しいことを考えるようにした。見たことのない景色、考えもしなかった神秘、新しい知識、そういうものが自分を待っていると考えたら自然と気分が高揚としてくる。
それはほとんど祈りに近いものだった。
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