■005■006――決戦プリムム村

 システムの『担当者』が来るまであと二日というところで市の日がやってきた。

 日が昇る前から行商隊が村のはずれに到着して天幕を貼って市の準備を始めた。

 ジョイスの予想では市が終わるまでは奴らも手を出さないだろうとのこと。

「エンベロとイソレタがまだ来てないって?おかしいな、わしらより先に出発したはずだが」

 ジョイスと馴染みのある行商隊プロブ隊のリーダーはそう訝しんだ。

「そうなのか?」

「ああ、途中で採取しながらいくと中継地で言ってた」

「森が随分騒がしいが、最近何か人間領域であったのか?」

「そういえば百五十年続いたそこそこの王国でゴタゴタがあったようでな……」

 そう言うと男は左手で何かの仕草を繰り返し、ジョイスは銀貨の入った袋を渡した。

「ヘッヘッヘ、すまねぇな。最近フィンとか言う王国で王様の次男が兄と父親を殺して王の座を力づくで奪ったせいで国内と周辺が荒れてる」

「それは人間領域では普通のことではないのか?」

「はっ、大体は長男が継ぐのが普通さ。でも次男は正妃の息子でな、長男は妾の子なのさ」

「何人も嫁を娶るからそうなる……一番優秀なのが跡を継げばいいものを」

「噂では三男が一番優秀だったって話だがな。王はそいつが継ぐことを望んだが若すぎるって理由で断念したらしい」

 ジョイスは横目で俺を見たが、俺は憶えがないと首を振った。

「まぁ、王子が自分から皿洗いなんてするわけがないな」

「ははは、王族は王宮の外に出ることなんて滅多にありゃせん。ましてや労働なんてするはずないて」

「その新しい王様ってどんな奴なんだ?」

「屍人使いだ。母親から継承した妖術、召喚術サモントレスを使うらしい」

「……それはまた面倒な」

「周辺国でも同盟を結んで包囲網を作ろうとしているようだが手こずってる」

「連携なんて取れるのかあいつら」

「流石に文官はまだまともな方だからな。というかできなければ滅亡じゃて」

「そんなに強いのか」

「ああ、今の所、完全に圧倒している」

「あんたたちは大丈夫なのか?」

 リーダーはおどけるように肩をすくめた。

「わしらは流浪の身、ほとぼりが冷めるまで遠くに潜んでるさ。どれほど妖術を重ねようとも、人間じゃ支配種族には勝てんよ」



 いつもの半分の規模らしいが、それでも市にはいろんなものがごった返していた。

 ただ、見識のない俺ではどれが掘り出し物かガラクタか分からなかった。

 周囲は素材を大量に補充する村人とライブラリの文書を写した巻物や工芸品で銀貨を得る商人そして掘り出し物を血眼で探す冒険者で混雑していた。

「あ、カンナヅキ、どこ行ってたの?」

 ポーションの素材を詰め込んだ大きな籠を背負ったサリシスが駆け寄ってきた。

「インベントリに入れないのか?」

「こんなにたくさん入らないよ?」と、小首を傾げていった。

 そうなのか。どうにもこの世界の常識が掴めないな。

「じゃあ、あたしは一旦家に戻って素材置いてくるね」

「手伝おうか?」

「大丈夫だよー、ゆっくり見てけばいいよ」

 鳥の鳴き声が聞こえ頭上を見ると、あのヤタガラスが飛んでいる。


 少し経ってジョイスが難しい顔をして近寄ってきた。

「斥候からエンベロ隊が近づいてきたとの報があったので接近して確認したが、空の馬車だけ乗り捨てられていた。こっちが警戒していることを察知したらしい」

「何か仕掛けてくると」

「ああ、ところでサリシスはどこだ?念の為一人にならない方がいい」


 サリシスは戻ってこなかった。


 俺たちはサリシスを探したが見つからなかった。

 宿に確認に戻ると手書きのメモが扉に付けられていて、『墓地に来い』とだけ書かれていた。



 自警団と森に接している墓地に駆けつけると、サリシスはモニュメントの上に縛り付けられていて、その周囲には見慣れぬ武装の死臭の漂う屍兵が数人取り囲んでいた。

 俺たちが駆け寄ろうとすると、目の前に知らない魔術師風の男が立ちはだかった。


「やっと見つけたぞ、エンダー・ル・フィン。呪われし者よ」


 誰だよ。

 多分俺はそう言う顔をしたと思う。

「どうやら記憶を無くしたと言うのは本当らしいな。おとなしく使い魔の手にかかっていればこの村は無事だったろうに」

「どう言う意味だ!」ジョイスは吠える。

「日が暮れると同時に屍兵の群れがこの村を襲いかかる手はずになっている。お前たちにはどうにもできん。もっとも今その男を差し出せば見逃してやらんこともないぞ」

 男は不敵に笑った。

「ふざけるな!!」

 オルトが叫ぶ。俺はジョイスを見た。

「信用できるか!どっちにしろ村を滅ぼすつもりだろう!」

 ジョイスは力強い声で即答した。

「はっはっは、応じていたら楽に死なせてやろうと言うのに馬鹿な連中だ。もっとも人質がいる以上お前たちには打つ手はない!」

 絵に描いたような悪役ムーヴをかました男はモニュメントを見上げた……が、そこにサリシスはいなかった。

「なんだと……!?」


 敵も驚いていたが、俺たちも驚いた。

 頭上から何かが降ってきて、俺たちのすぐ前に土煙を上げて着地した。

 その背後のモニュメントの周囲に一陣の風が吹き屍兵はその場に崩れ落ちて塵に還っていく。


 土煙が落ち着いて現れたのはサリシスを抱えた背の高い青年だった。

 オレンジ色の髪で頭に一角獣みたいなツノが生えている派手な服を着た20代前半の青年だった。


「ヤッホー、ジョイス、久しぶり!」

 緊張感のカケラもない能天気な声で話しかけながら青年はサリシスをジョイスに渡した。

「眠ってるけど異常はないよ、安心して」

 ジョイスは口をパクパクしていた。

「なんで……お前が……」

 青年はそれに答えず、何処かから槍を取り出して魔術師に向かって構えた。

「さぁて、悪い子はお仕置きするよ、色々聞きたい事もあるから覚悟してね」

 魔術師は後ろに飛びのいて闇に消えた。

「ふん、加勢が一人増えたところで滅びの運命は変えられんわ……せいぜい足掻くがいい」


 俺はジョイスに誰だ?と聞いた。すると青年は輝く笑顔で喋った。

「ボクは通りすがりの親切なお兄さんさ!」

 あ、こいつダメだ。なんか分かり合えない気がする。主に属性的に。溢れるリア充感に拒絶反応で蕁麻疹がでそう。

 俺は重ねて誰?と聞いた。

 ジョイスは苦しそうに俺と青年を見ている。青年は口に指を置いてジョイスに何かをアピールしている。

 ジョイスは深くため息をついていった。

「何しにきたんだ、ゲンマ」

 ジョイスがそう言うと背後で息を飲む声がした。俺が後ろを振り返ると村人は皆平伏していた。

「あーもう、こういうのが嫌だから黙ってて欲しかったのに。相変わらず気が利かないなー」

「言わないと話が進まないだろ!だいたい来るんだったら前もって連絡くらいしろ!!」

「本当に誰なんだ?」

「ゲンマ様はガーラ様の弟君だ。“友人龍”の二つ名を持っている人間の守護者だ」

 オルトが小声で教えてくれた。

「えー、なんで教えてくれなかった?龍と知り合いだなんて絶対面白いじゃん、あの話に書きたかったなー」

 そんな面白エピソード伏せるなんて……機会があれば是非詳しく聞きたい。

「言えるか馬鹿。こんな天然が、あの慈悲深き人間の友、叡智の友人龍だったなんて幻滅にもほどがある。子供が泣くぞ」

「酷いなぁージョイス」

 ゲンマは嬉しそうにクスクスと笑った。

「俺がそれを知った時どれだけガッカリしたか……!子供時代からの憧れが一瞬で崩れ去ったぞ!」

 ジョイスは声を荒げ、それに反応するようにサリシスが動いた。

「ん………………お父さん……?」



 俺たちは一旦村長宅に移動し、今後の作戦について話し合うことになった。

 ゲンマは長椅子に足を組んで座ってくつろいでいた。

「ドミニス村長から姉さんに救援要請通知が来てね。それで一番身軽なボクが馳せ参じたってワケ」

「……本当にありがとうございます。感謝の言葉もございません」

 村長は頭を下げた。

「国境線上の問題はこの村だけの問題ではないよ。国全体の問題に等しい。だからかしこまらなくていいよ。それよりいざという時のために覚悟してほしいかな」

「覚悟だと?」

「最悪この辺一帯が焼け野原になるかもね」

 部屋の空気が一気に重くなった。

「そこまで事態は悪いのか……」

「君が考えてるよりはるかにね、ジョイス」


「作戦はいくつかあるかな。まず普通に今ある戦力で屍兵と戦う。犠牲はたくさん出るけど」

「それ以外にあるのか?」

「数が少なければそれでもいいけど、楽観はできない。何より屍兵に倒された者も屍兵になる」

 ゾンビのお約束だな。白兵戦は不利だ。

「他の作戦は?」

 ゲンマは目を閉じ、人差し指を立てくるくる回しながら言った。

「ボクのブレスで全部焼き払う。ただ森とこの村が巻き込まれるかな」

「却下だ。それじゃ助かっても村のダメージが大きすぎる」

「オススメはできないかな。ボク的には楽でいいけど。でも彼らの持ってる手段が他にある可能性は高いし。切り札は取っときたいかな」

「じゃあ、オススメの作戦はなんだ?」

 ゲンマはくるくる回していた人差し指を不意にこちらに向けた。

「君。英雄になる気はあるかい?」


「俺が?」

 ゲンマは緑色の瞳の瞳孔だけを赤く輝かせてこっちを見ている。

 その目で見つめられると、まるで自分の底まで見透かされてる気分になる。

「君、持ってるんでしょ。カンナヅキ君?エンダー君?どっちだっけ?」

「神無月だ。俺に何ができるというんだ?」

「マギア。ボクが君のマギアの証にちょっと細工すれば、全体攻撃のマギアに繋げる事ができるけど、どう?」

「お前!まさか、カンナヅキを眷属にするつもりか!」

「人聞きが悪いな、ジョイス。ボクはそんな事しないよ」

「どういう事だ?」

「……マギアの証は自然にできるモノじゃなく上位者に刻まれるモノなんだ。マギアの素質があるものが魔源回路に通ずる代償に上位者への忠誠を永劫誓うことになるって……」

 オルトは心配そうに言った。

 ……えー?そういう仕組みなの?マジで?上位者とか全然知らんけど……。

 俺は露骨に嫌そうにゲンマを見た。

「すぐに終わるよ。条件付けを全部上書きするほどの時間的余裕はないよ」

「正直、俺、この人信用できないんですが……」

 周囲の村人がギョッとしている。……うん、不敬なんだろうな、間違いなく。でもこればっかりはなぁ……この人のことよく知らないし。

「そんな大した変化はないよ。そうだねぇ、さっきから虫でも見るような目でこっちを見てるけど、処置後は一緒に飲みに行って盛り上がるくらいの関係にはなるよ」

「……それ結構大きい変化だろう?」

「……これが大きい変化に思えるって……普段から相当心を閉ざしてるんだね……」

 ほっといてほしい。マジで。日陰者をなめないでほしい。というか哀れみの目で見るな。

「他の手はないのか?」ジョイスは聞いた。

「今打てる手はこんなところだね。ボクの使える魔法でこの状況で使えそうなのはないし。カンナヅキ君が全体攻撃でフラを使うのが一番だね」


 作戦会議が終わり、俺、ジョイス、オルトの3人が部屋に残った。

 ゲンマは村長たちと別室に行った。

「すまん、カンナヅキ……」

「いいよ、この件もだいたい俺のせいみたいだし」

「でも、お前は何も知らないんだろ」

「……信じてくれるのか?」

「人を見る目はそれなりにあるつもりだ。お前はこれまで嘘はついてない。ただ隠してることはありそうだがな」


 俺はここで、全てを打ち明けた。

 自分が異世界から来たことを、こことは全く違う理の世界から、気がついたらこの村の転移門に、このエンダー・ル・フィンの体で瀕死の状態でいたことを。

 二人は信じがたいという顔をしたが、なんとか飲み込んでくれた。

「だったら、ますますカンナヅキは関係ないじゃないか!」

 オルトは自分のことのように憤ってくれた。

「エルス共和国で異世界から人間を大量に召喚しているという話は聞くが……それが関係しているかもな……でも、今はそれどころじゃない」

 ジョイスがポロッと気になる事言ってるけど、確かにそれどころじゃない。あー気になるぞ。それ。


――――――――――――――――――――――――――――――


 扉が開き、ゲンマが戻ってきた。

「心の準備はできたかい?」

「ああ、さっさとすませてくれ」

 ゲンマは上着を脱ぐように指示し、俺は上着を脱いでマギアの証を晒した。

 彼は俺のマギアの証を軽くなぞると、唐突にその中央に指を突き刺した。

「ぐっ……?!」

 俺は体の芯まで響く苦痛に身を捩ろうとするが体は動かない。彼は指を体内でこねくり回したあと引き抜いた。不思議なことに血は出なかった。

「はい終わり。早かったでしょ」

 俺は苦痛の余韻に負けて膝をついた。息を整えて見上げたゲンマの目は珍しいものを見たという好奇心に溢れていた。普段の俺なら湧いて当然の嫌悪感が出てこないのが不気味でならない。

 オルトが俺の横にしゃがみ肩に手を置いて心配そうな目で見ている。

「人間って本当に面白いね。いくら見ていても飽きないよ」

「ゲンマ、そろそろ日が暮れるぞ」

「わかってるよ。シグレ!」

 ゲンマの傍の空間が歪み、忍者っぽい女が唐突に現れた。え?忍者?なんで?

「念の為、村人たちの避難と警護をお願い」

「御意」

「シグレも来ていたのか……」

「久方ぶりです、ジョイス……昔話をしたいのは山々ですが急ぎますので、失礼します」

 そういうと彼女は残像を残して消え去った。

 ジョイスは俺を向いていった。

「あいつは昔の仲間だったが……ゲンマが友人龍と知って自ら望んで眷属になったんだ」

「根に持つねー。合意に基づいてたのにさ」

「合意か、物は言いようだな……カンナヅキ、こいつは支配種族としては例外的に善良な奴だが、時々人間を誘惑するんだ。絶対に油断するなよ」

 そういうのは先に言えよ。もう遅くない?手遅れとかじゃないよね?



 外に出ると夕日に赤く照らされたサリシスが近づいてきた。

 「カンナヅキ、大丈夫?顔色悪いよ?」

 今ひとつ何を考えているのかわからない娘だが、そばにいるだけで心が落ち着くのは不思議だ。考えてみたら彼女がいなかったら、俺は今こうして立っていることもなかっただろう。あの必死さにどれほど救われたか。

「一つ聞きたいんだが……」

「うん」

「この世界では死んだ人は生き返らないのか?」

 その問いを俺が口にした瞬間、彼女は目を見開いて、微かに震えた。

「サリシス?」

「……今……この村ではできない……」

 彼女は伏せ目がちに絞り出すように言った。

「そうか」

 それ以上言葉が続かないのを見て、俺はつぶやいた。

「じゃあ、気軽に死ぬわけにはいかないな」

「……ダメだよ、ダメに決まってる」

「だよな」



 日が沈んだ森の方から地の底から響くような怨嗟の声が近づいてきた。

 村はずれに集結した自警団に緊張が走る。

 《 フーガ 》 

 ゲンマがエンチャントを唱えると俺の体が軽くなり足が地面から浮いた。

「んじゃ、行こうか」

 彼は俺の襟首を掴み一息で上空まで移動した。

 一足早く訪れた冬の空気で息が白くなる。

 一言声かけてくれないかな?わざとやってるよね?

「声ならかけたよ。ほら、下を見てごらん、マギアを使って敵を定めて」

 村と森を一望のもとに見下ろすと、森から村になだれ込むように黒い人影がわらわらと押し寄せてきた。この数はやばい。

 《 マサ・パルマ 》 

 マギアを唱えると証が微かに熱を帯びて俺に敵意を持った対象にマーキングされていく。

「ざっと数百ってところかな。十分ひきつけてね、取り漏らした分はジョイスたちがなんとかしてくれるだろうけど……まぁ、戦力はあれだけじゃないでしょ」

 俺はできる限り敵の姿を視界に収めようとした。

「なんでわかるんだ?」

「あの魔術師の態度に余裕がありすぎるってのと、この辺りの魔力濃度が高すぎる。よっぽど君のことをどうにかしたいようだね」

 エンダー君は一体何をしたんだろうなぁ……でも、あんな安い悪役魔術師に俺の大事な人たちがいる村を蹂躙させるわけにはいかないのだ。

 森から出てくる人影が途切れる。

「いいよ、とびっきりの火炎魔法撃っちゃって」

 《 マグ・フラ 》!!

 マーキングした敵影は一斉に青い炎に包まれのたうち回り徐々に消えていった。

 やった!と思ったのもつかの間、眩暈とともに世界が反転して急速に意識が遠ざかっていく。

「あ、あれ?」

 大幅にレベルアップした旨のメッセージを聴きながら俺は気絶した。



「カンナヅキ!目を開けて!」

 オルトが俺を揺さぶって叫んでいる。彼の体は怪我をしているのか所々出血していた。

「屍兵の後に魔獣の群れがきたんだ!ジョイス達が応戦してるけど押されてる!起きて!!」

 俺は目を開けたが朦朧とする意識を纏められずにいた。

 目の前で自警団が大型の猟犬に似た魔獣に追われ襲われてる様を見るが、起き上がろうにも気力が尽きていた。

「……起きなきゃ……くそっ……何か……何か……!!」

 俺は何かを思い出しかけていた。必死にその何かを記憶の底から手繰り寄せ、一つの単語を思い出した。


 ――ソウルモンガー!!


 空に向かって力の限り叫んだ。

 夜空を切り裂くように黒い剣が飛来して目の前に突き刺さる。

 俺はその剣の柄にしがみ付き、引き抜いた。


 魔剣の歌声が辺りに響き渡る。

 俺は沸き起こる歓喜に身を任せて、声を張り上げ剣と共に歌った。

 自警団の傷ついたメンバーは回復し戦意を取り戻し、反対に猟犬たちは生命力を奪われ弱々しく鳴いた。

「敵の力が弱まったぞ!今だ!反撃だ!」

 自警団は劣勢を反転し逃げ惑う魔獣を狩り尽くした。


 俺たちは勝利を確信した。

「さあ、もうお前一人だぞ!」

 ジョイスは魔術師に駆け寄った。


 だが、魔術師は不敵な笑みを浮かべ言った。


「勝ったと思ったか?つかの間の勝利の味はどうだ?」

 魔術師の足元の光る魔法陣から何かが現れようとしていた。

「時間稼ぎに間に合わなかったな。私の勝ちだ」


 召喚されたのは巨大なツノの生えた牛のような魔獣だった。

 体長六メートルはあろうかという黒い巨体は禍々しいオーラを周囲に振りまき、爛々と輝く複数の眼は狙った獲物から――つまり俺から決して目を離さなかった。


「魔獣ベヒーモス!?」

「うわー、これは大変だねー」

「強いのか?」

 俺が二人に尋ねるとジョイスは渋い顔で黙り込んだ。

「まぁ、無理。勝てないね。僕が元の姿に戻ったら余裕……だけど……」

 ゲンマは一拍溜めて言った。

「村の事は諦めてね」


 ベヒーモスは黒い波動を伴い突進してきた。

 俺はとっさにバリア・シールドを展開して止めようとするもあまりの衝撃で吹き飛ばされそうになる。オルトが支えてくれなかったら吹き飛ばされていた。

 ジョイスは自警団に撤退命令を出し、副団長のデュオたちは躊躇いつつも後退した。


「ジョイスも二人を連れて撤退してくれないかな。はっきりいって足手まといだからさ」

「断る。俺がこの村の自警団長だ。俺が逃げるわけにはいかない」

 俺は必死に魔獣の攻撃を防ぐも時間経過でエンチャントの効果が切れそうになる。が、オルトが咄嗟に代わりの障壁を展開する。

「頼むから一回くらいボクのいうこと聞いてよ」

「お前、相変わらず演技が下手だな」

 ジョイスはポーションを飲み干していった。

「勝てないんだろ。一人じゃ」

「……死ぬよ。ジョイス」

「戦って死ぬのなら本望だ」

 俺はソウルモンガーで障壁越しにベヒーモスを攻撃するが、傷をつけても即座に回復する相手の底なしの生命力に苦戦する。

「死なれる方の身にもなってよ。何も感じないとでも思ってるの?」

 ゲンマの言葉に初めて俺にも理解できる感情を見た。

「お前が何と言っても俺は残る」

「……勘弁してよ」

「オルト、カンナヅキ、引け!」

 俺はジョイスに言い返そうとしたが、オルトに強引に引っ張られた。

 《 マグ・フル 》 !!

 オルトは魔獣の顔面に雷のエンチャントを叩き込むが、まるで効いてなかった。

 魔獣が咆哮し、その衝撃波で俺たちは一瞬金縛りになった。

 怯んだ隙を突くように突進する魔獣の横面をゲンマが槍で突き、ジョイスは足を狙って剣を振るが効いているようには見えなかった。

 オルトは硬直から逃れ俺の手を引き駆け出すと同時に魔獣は二人を蹴散らしてこっちに向かってきた。

 どう考えても人の足では逃げきれないよな、と俺が思った時、頭上を何かが過ぎった。


「天昇流星脚!!」


 突然乱入してきた何者かは、格闘ゲームのようなド派手なエフェクトを伴った攻撃をベヒーモスの顔面に繰り出した。

 それまで熟練の戦士の攻撃をものともしなかった魔獣は激しくのけぞった。

 乱入者はそれと同時に両手を前に突き出した。

「破山雷光掌!!」

 白い光を放つ両手を魔獣の体に押し当てるとそこが大きく凹み、衝撃が反対側に突き抜け魔獣は血反吐を吐いた。


「つ、強い……人間の力じゃない……」

 ジョイスは呻くように言った。

「あれは幻獣種だね」

「!幻獣?!絶滅したんじゃなかったのか!!」

「そのはずだけど……」

 ゲンマは首を傾げた。


 俺たちはただみているしかなかった。


 魔獣はよろめきつつも必死に体勢を整えようと足を踏ん張る、が、容赦無く連続攻撃を加え魔獣の体は宙に浮いた。

「はぁ――!!光輝聖拳乱舞!!滅殺!!」

 乱入者はまるで踊るように魔獣に攻撃を叩き込み続け空を登り頂点に達した時、固めた拳をベヒーモスごと地面に叩き込んだ。


 ズシィ――――ン


 地響きを上げてその巨体が地に沈むと魔獣ベヒーモスはゆっくりと黒い霧となって散っていった。


 俺たちは唖然とした。そして召喚した魔術師も同様に呆然としていた。

 乱入者が魔術師をキッと見ると、彼は慌てふためいて懐から巻物を取り出した。それを見て駆け寄ったが、タッチの差で巻物は燃え男は光るパーティクルを残し消え去った。

「……ちっ!」

 乱入者は舌打ちをし、こちらを振り返り近づいてきた。

 俺たちは礼を言うべきか逃げるべきか冷や汗をかきながら迷いに迷った。


 乱入者は俺の目の前に立った。


 間近で落ち着いて見ると、乱入者はクリーム色の制服のようなスーツに身を包んだ女性だった。

 ボディラインがはっきりわかる襟の高いジャケットに、コーヒー色の巻きスカートから見える長い足は黒のレギンスに包まれ、実にナイスバディだなと我ながら場違いな感想を抱いた。

 アッシュブロンドのセミショートの髪の側頭部からマスチフ犬を思わせるフサフサした黒いたれ耳が生えていた。


 彼女は胸ポケットから四角い白いものを俺に向かって両手で差し出しお辞儀した。

 受け取るとそれは名刺だった。


「てる・むーさ?」

 俺はそこに書いてあった名前を棒読みした。


「はい!」

 彼女は顔を上げ、にっこり微笑んだ。それはまさに女神のような輝きを放っていた。

「システムより派遣されて来ました!本日よりカンナヅキ先生を担当することになりました、テル・ムーサと申します!先生がピンチとのことで予定を早めて駆けつけて参りました!不束者ですがよろしくお願いします!!」

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