■004――刺客の影
最近村人が俺のことを影で“おしゃれカラス”って呼んでるよってオルトにからかわれた。
ムカつくより先にカラスがいるのかと意識して空を見るようにしたら日の入り時に森の方に尾の長い黒い鳥が飛んでいくのを見た。そのシルエットは三本足だった。ヤタガラスかよ。
ダンジョンでレベリングを始めて以来、朝はジョイスに剣の訓練を受けている。
冒険者を続けていれば英雄の域に達していたかもと言われていただけあって、その剣筋は鋭く、一撃は重かった。
「いや、英雄は無理だよ。俺はその域に行けるほどのポテンシャルはない」
「でも、今でも自警団長だろう?」
「実際行って見ないとわからない高みがあるのさ。俺は全力を出し切った結果、無理だと悟った。この世界は剣の腕だけでは通用しないとな。俺の剣ではクオート族が作ったゴレムにもエルス族の魔法騎士にも通用しない」
ジョイスは他の国にも行ったことがあるようだ。
「メガロクオートは事実上鎖国しているから行ったことはないが、偵察部隊とちょっともめたことがある。護衛のゴレムに軽くあしらわれたよ。エルスはいけ好かない連中だったな。頭はいいらしいが、やたらプライドが高くて、自分たちは優れているから何をやっても許されると思っている」
それは、正直あんまり関わり合いになりたくないな。
「関わらないに越したことはない。奴隷売買に人体実験、他にも口で言えないような外道な魔術に手を染めてるという噂だ。世界の全てを見たわけじゃないが、この龍王国が一番だ」
□
EDKがベータ公開された。誰でもダウンロードできるというものではなく、INTとCOMのパラメータが一定以上じゃないと使えないらしい。
オルトと研究に励んでいると、村の中でも最新技術に目がないすなわちオタの者が噂を聞きつけて質問してきた。その数は次第に増えていき、結果数人で講習会が開かれることになった。
「ほう、メソッド内でそのメソッド自身を呼び出すのか。」
「そんなことをしてもいいのか?」
「この処理速度は魅力だな。応用も利くし、今までの魔法式も書き直ししたいな」
「でも無限ループには気をつけないと」
彼らはスポンジが水を吸い込むように知識を得ていき、俺もエンチャントの法則や属性の性質を知ることができた。
俺は前から気になっていたマギアについて聞いてみたが、存在を知っていたのはオルトだけだった。
「エンチャントはシステムの許可を得て使用できる魔法で、マギアは精神力で使う魔術らしいね。どちらも同じものだけどエンチャントがシステムとの契約と関係性――つまり職業とCOMとレベルで使える種類、回数が決定するのに対して、マギアは個人の才能が全てらしい」
俺が感心していると、オルトは苦笑しつつ言った。
「ライブラリの文書で読んだ受け売りだけどね。僕には才能がないよ」
「えっ?文書があるのか?」
「何冊かあったな。眉唾なオカルト書も少なくないけど、公益文書なら真面目な研究書があるよ。でもマギアの適正がある人は少ないからコアな情報は期待できないよ」
俺は早速ライブラリを検索してみると俺でも読めそうなのは『マギア初級』『抄訳マギア大全』の2冊だった。他にもあったが閲覧禁止マークがついて読めないようだった。
俺はその2冊を購入して貪るように読んだ。
『マギア初級』はマギアの証をすでに所有しているものを対象にマギア理論の概略を十代でもわかるように書いてあって助かった。
上位存在が余剰次元と呼ばれる我々の住む世界に隣接する空間に作り上げた魔源回路という構造体がある。
エンチャントがシステムとの契約を通して魔源回路にアクセスするのに対して、マギアはその才がある者の体にマギアの証という印をつけることによって直接使役者と魔源回路を接続するものらしい。エンチャントは魔源回路を動かすためのコストをシステムが肩代わりしてくれるが、マギアは使役者自身が――MPを消費する必要がある。そしてその代償はエンチャントに比べて大きく、割りにあってるとは言い難い。それでも、マギアはエンチャントにはない効果を持つものが多く、無用のものと斬って捨てることはできない――この文書はその後具体的な運用の仕方に話は及んでいて、初級者向けの指南書としては十分なものだった。
もう一冊の『抄訳マギア大全』は判明しているマギアを羅列・解説している目録のようなものだった。しかし、マギアは個人差の大きい能力のせいか、体系としてまとめるのが難しいらしい。だが、その傾向としては補助系のものに寄っている。
俺が最初から使えるウィルパは念動力で、込めるMPの量によって威力が変わるらしい。こないだ覚えたインバーは罠や鍵の解除に使う、と書いてあった。
□
「 《 マシンガン 》 !!ヒャッハ――――――!!」
俺はブレをカスタムして一度に八発の弾を高速で打ち出すエンチャントに改良した。
ブレは消費コスト0なんで連射できれば、かなり強力な武器になる。ダンジョン中盤の難敵である大ねずみ10匹が瞬く間にドットに還っていく。
「こっちに向けて撃つなよー」
「そのエンチャント……チートすぎるもん」
「絶好調だねー。今日はクリアできそうかな」
前回はボスの直前でエンチャントが尽きたので大事をとって引き返したのだった。
「転移罠で途中のフロアすっ飛ばせばもっと楽なんだもん」
「理屈としてはわかるけど、初見は普通にクリアしたいんだよ。見落としとかあったら嫌だし」
「わかる。マップは全部埋めないと、なんか気になるんだよな」
「本当にオルトとは気が合うなー」俺は指を鳴らした。
あ、クインがむくれてる。ま、クリアするまでは我慢しろよ。明日以降はダンジョンRTAに付き合ってやるから。
「約束だもん!」
ダンジョンのボスはアペレクスという猪の頭部を持った巨人だった。
耐久力が他の敵とは段違いに多い上に、必殺技的な火力の高い広範囲攻撃があって苦戦した。
「大変だったらいってね」
無理を言ってみんなには見学に回ってもらっている。
だが、しばらく打ち合ってるうちに必殺技が出る前に目が光るのがわかってからは、だいぶ避けるのが余裕になった。この辺はかなりゲーム的だな。
「相手の体力減ってきてるから動きが変わるよー」
お、初見殺しな攻撃もあるのか?警戒して遠距離からマシンガンを撃ち込み近づかないようにする。
ヒビが入っていた装甲が破壊された瞬間、体が赤くなってこちらに向かって突進してきた。間一髪でかわした。あぶねー。近かったら食らってたな。
「もうHPほとんどないよー、そのまま撃ち込んでたら倒せるもん」
「りょーかい。ありがと」
ボスを倒すと一際大きな宝箱が出現した。
俺はまだ使ったことのないマギアを使ってみることにした。
《 インバー 》
MPが減る感じがする代わりに、罠が解除されて箱が自動で開いた。
「便利だな。罠解除と鍵の捜索って地味に面倒なんだよ」
オルトは羨ましそうに言った。
中身は豚の貯金箱という謎アイテムだった。
「それはシステムに売るとランダムで銀貨か経験値がもらえるよ。結構当たり。ウチの店で引き取るなら1万Cかな」
「これでクリアだね」
■
ダンジョンは翌日から、ひたすら最短ルートでボスを倒す作業ゲーになった。
おかげでクインは上機嫌で俺のレベルはサクサク上がり、もうじきこのダンジョンでの上限であるレベル15になろうとしていた。
――――――――――――――――――――――――――――――
名前:神無月 了 職業:小説家 レベル:14
AGE:18
STR:18+4
CON:19+4
DEX:21+4
INT:37+4
MND:36+4
NOB:85
COM:35
HP:296(46+250)
MP:322(72+250)
C:3,250,480
スキル:
【体術Lv5】【剣術Lv8】【射撃Lv3】
【エンチャントLv4】【マギアLv3】
【礼儀作法】【舞踊】【音楽】【瞑想】【芸術】【騎乗】
【電脳】【記憶】【言語】【目星】【精神分析】【心理学】【言いくるめ】
【アイデア】【図書館】【説得】【詩作】【神話】【オカルト】【天文学】
【考古学】【法医学】【数学】【科学】【薬学】
【管理者の祝福*】
エンチャント:
ブレ(0/0)、フラ(55/55)、サジ(50/50)、ハス(25/25)、オービチェ(15/15)、グラビタ(3/3)
マギア:
ウィルパ(0〜36MP)、インバー(4MP)、キャロール(12MP)
カスタム:
マシンガン(0/0)、バリアシールド(10/10)、ジャベリン(10/10)
――――――――――――――――――――――――――――――
共有階の五階層の通路を駆け抜けようとした時、突然殺意を感じた。
上半身裸の青白い肌の男が通路の真ん中に立っていて俺たちをみると、ゆらりと近づいてきた。男の足元には他のパーティのメンバーが瀕死で倒れている。
「みぃつけたぁよ、マギアのにいちゃん」
相手はいつか大風呂で会った男だった。手に持った赤い短剣から血が滴っている。
「誰?」
「この村の人じゃないよ、冒険者だ」
「冒険者殺しか……」
男の形相は風呂であった時より荒廃が進んでいて、短剣の刃をねぶる様は悪鬼のようだった。
「……なんか1発でも食らったらやばそうなんだけど……」
男は瞬間移動のように距離を縮めて襲いかかってきた。
「おじさん、キモいもん!」
クインがとっさに男の攻撃を棍棒で跳ね返し、男は弾き飛ばされたが、人外じみた動きで床を這ってきた。
「 《 バリアシールド 》 !」
俺はとっさにカスタムエンチャントで防護壁を貼り攻撃を防いだ。男は唸り声をあげて見えない壁に短剣を何度も刺した。
「 《 マグ・フル 》 !!」
オルトは電撃のエンチャントを男に浴びせる。男は激しく痙攣し、動かなくなって、その場から消えた。
「……え?」
「どうやら、奴は死んで入り口に戻ったようだ。一旦外に出よう」
サリシスに治療された瀕死の冒険者とともに俺たちはダンジョンを脱出した。
入り口に戻ると、通報があったのかギルドの職員と自警団がすでに到着していた。
俺たちは事情聴取を受けて、一方的な被害者であること、また、この冒険者殺しは正当防衛であることを説明した。
職員たちは処分はシステムが履歴を確認した上で行われるが、ほぼペナルティはないだろうと語ったのでホッとした。俺のせいでオルトが罰を受けるなんて考えたくもなかった。
数時間後、ジョイスから話を聞いたところ、男は正気に戻ったらしい。
彼はレンジャーの冒険者で、ここ数日の記憶がなく、最後に憶えているのは森で採取をしていた時に誰かに話しかけられたというものだが、それが誰だったのかはわからないとのこと。男が持っていたのは呪いの短剣で、刺されたら大幅にレベルダウンする迷惑な代物だった。
「多分、ダンジョンで死んだことによって状態異常が解除されたんだろうな」
不気味な事件だな……しかし、レベリングしていて良かったな、俺。じゃなければ最悪死んでたかもしれない。
「安心するのはまだ早いぞ。ちょっと気になることがある」
ジョイスは機密情報を教えてくれた。
「もうじき冬が訪れる。冬は外敵の攻撃が激しくなるので、行政が強力な結界を張り国境を守る。そのため、この村は冬の間、誰も出入りができなくなる。そうなる前に人間領域から行商隊がやってきて市を開くのが毎年の恒例行事になっている。だが、いつもは4部隊くるはずが、斥候によると例年通りに来ているのは2部隊だけだ。1部隊はひどく遅れてきて、もう1部隊は確認できていないとのことだ。こんなことは今までにはない」
「どういうことだ?」
「行商隊に見せかけた人間領域の戦士集団が村を襲撃するかもしれない」
「!」
俺は胸の中に黒い塊が重く沈むのを感じた。さっきの操られていた男の殺意は間違いなく俺に向けられていた。
「俺のせいなのか……?」
「わからん。それに奴らの考えなんて知ったことか。占いで生贄を選ぶような連中だぞ。理解する方がどうかしてる」
「市を中止するわけにはいかないのか?」
「今からじゃ無理だな。交易しないと冬ごもりに必要な素材が集まらない。この市で生計を立てている村人も多い」
「俺が今からこの村を出て……」
「それ以上言うな。まだお前のせいと決まったわけではない。だいたい連中はごちそうを前にして素通りできるような奴らじゃない。どのみち奴らの攻撃は強まっていた。こうなるのは時間の問題だった」
俺は市でどんなものが交易されるのか聞いた。
「多いのはポーション、あるいはその材料だな。次に多いのは、ストレージを稼働させるための魔石、これは冬ごもりにはどうしても必要だ。それと鉱石類と魔獣から取れる素材。あとは魔術……マギアを使って作られた道具や武器が掘り出し物としてたまに出てくる。今この村にいるベテラン冒険者もそれを狙っている」
「国から援助してもらうわけにはいかないのか?せめて魔石だけでも……」
「この村は税を免除してもらっている代償に援助が少ないんだ。ダンジョン以外の産業が育っていないからな。なんにせよ今からじゃ手続きが間に合わない」
八方塞がりだな。俺がこの村に来て十日は過ぎている。『担当者』がくるのが早くてもあと四日か……ちゃんと会えるのか不安になってきた。
「ともかく警戒はしておいた方がいい。俺たちはできる準備をしておく」
□
俺は悩んだ末に、お問い合わせフォームに現在の状況と心情を書き込んでみた。オルトの話ではリアクションがくる見込みは薄いだろう。そもそもこの心配自体が取り越し苦労なのかもしれない。それでも何かがあってからでは遅いのだ。俺に何かあった後でも、この村に迷惑はかけたくない。俺は収益で溜まりまくってたキャッシュの半分を寄付をしておいた。
短い期間なのに俺の中で、オルトやサリシス、ジョイスたちの存在が大きくなっていることに我ながら驚く。以前の自分だったらどうだったろうか……脳裏にモモとつぐみの姿が浮かぶ……なんだか元の世界のことがとても昔のことのように思える。
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