第40話 マルチエンディング?友情エンド?
目が覚めた時、私は生まれて初めてその白い灯りを見た。
火を使わないのに、こんなに明るくて、眩しい。
「…ふぁ」
なんとも言えない声が口から漏れた。
「あ、起きないでねー」
女の人の声がした。
看護師さんだ。凄い。デジタル機器が沢山並んで、よく見れば私にも何かが刺さっている。透明な液体が、細い管を通して私の中に入っているようだ。
知識としてはあるけれど、実際に目にすると興奮が抑えられない。
看護師さんがなにかを慌ただしく動かしている。ピッって聞こえるのが電子音?あれはタブレットって物かしら?
どうしよう、私、嬉しい。
「今、先生が来るからねー、診察したらご家族と会えるよー」
ニコニコと微笑む看護師さんは、とても優しそうだった。裏表のない本当の笑顔とはこういうことなんだと思う。
「まさかとは思うけど、お腹がすいた。とか言わないよね?」
「え? いえ、そんなことは」
私は慌てて否定した。
ああ、でも、こちらのお食事はとても興味がありますね。でも、私は上手にお箸が使えるかしら?
新学期が始まって、私は制服を一人で着てみた。
凄い、朝起きるのも何もかも一人でやるんだ。退院して初めて一人でお風呂に入った時は、頭ではわかっていてもシャワーに、感動してしまったけれど…
一般家庭でもこのクオリティの衛生状態で、美味しい食事があって、安全な居室。
申し訳ないけれど、私は自由を手に入れてしまった。自分の未来が決まっていないなんて、なんて素晴らしいのだろう。
自室にあるスマホとゲームに夢中なりすぎて、お母さんに怒られたけれど、あとは概ね順調に馴染んでいる。あとは、家庭の外、学校に上手く溶け込めるか。
たしか、学校は幼なじみの井上貴志と行くのだったはず。
さて、外は寒いと言うので、制服の上にコートを着て、手袋をして、マスクを付けていざ学校へ!
玄関に行くと、お母さんがとても嬉しそうにみおくってくれた。
「行ってきます」
って、この言い方に憧れてました。ああ、凄い。言葉使いを厳しくされないなんて、なんて自由なんでしょう。
玄関前の小さなアプローチを抜けると、小さなもんがあって、それも自分で開けて閉める。こんなことでさえ嬉しい。
「美和!?」
門を出た私に、突如声が降り掛かってきた。
「貴志」
ああ、幼なじみの井上貴志。私が目の前にいることに驚いている。その顔を見れたことがまた嬉しい。
「美和、もう、大丈夫なんだ」
コートを着てマスクをしている。似たような格好だけど、これがこの世界の男子高校生のテンプレなのかな?とか考えるとつい笑ってしまう。けれど、この、マスクのおかげでバレないからありがたい。
「うん。もう大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
私は、今まで通りに貴志と一緒に学校へと向かった。通学路はちゃんと覚えていた。貴志とは退院してからのことを話しながら歩いた。
あの横断歩道まで来た時、貴志が一瞬身構えたのが分かった。私の記憶にはないけれど、貴志の、記憶にはある。
あの事故。
「大丈夫だよ」
私は、貴志の腕に抱きついた。幼なじみの、ちょっとしたおふざけ、という体にしてチラリと辺りを見渡した。
いた。
貴志と似たようなコートを着て、やはりマスクをしている。背は貴志より高そう。背筋が伸びてたいそう品の良い歩き方をしている。あちらの世界でもモテそう。
「先輩、来たよ」
しがみついたままそう言うと、貴志はそちらを見てくれた。
「おはようございます」
私は先手必勝とばかりに口を開いた。今までなら、こんなことはしなかった。はしたないと怒られるから。けれど、今は、この世界ではそんなことを言う人はいない。
「ーーっ、お、おはよう」
動揺しているのが分かって気分がいい。
「先輩、おはようございます」
貴志が、何となく目線を合わせないのが面白い。
「お昼ご飯ご一緒しましょう?」
今日は始業式、3年生は受験の関係で午後は授業がないはず。私と貴志は軽いカウンセリングを受ける予定だ。
「ああ、わかった」
先輩は、マスクの上から口を抑えながら返事をして、青になったら先に行ってしまった。
授業の内容がイマイチ分からなかった。こちらの世界の歴史をきちんと学び直す必要がある。
あと、漢字。なんて難解なものでしょう。けれど使いこなさなくてはいけません。美和の記憶だけでは乗り越えられないようです。
学食というものがあり、私は初めてきつねうどんを食べた。お安いのにボリュームがあり、出来たてで温かい。
一番端の席に座ったこともあり、周りには先輩と貴志しかおらず、ようやく私は二人の顔をじっくりと見れた。
傍から見れば、男子を二人も侍らせているのだから、ちょっと奇異な光景だろうな。
「この姿ではあはじめまして?ミュゼットさん?」
私がそういうと、先輩は目を丸くして驚いた。
「え?」
「貴志がロバートよね?」
「そう、だけど…」
二人が戸惑っているのが面白い。
「これじゃあ、あちらにいた時のミュゼットさん見たいね、私」
隣に座る貴志の喉がなるのがわかった。
私のことを今更ながらに頭の先からじっくりと眺めている。
「えっと、美和…だよな?」
貴志が私を見る目は、今朝の目と違っていた。
「はじめまして、私アンネローゼです」
前に座っていた先輩が、驚いて立ち上がったのが面白かった。
「カウンセラーに、変なこと言うなよ」
保健室に向かいながら、貴志に何度も釘を刺された。
そのくらい分かっている。転生とか、ゲームの世界とか、そんなことを真面目に話したって頭のおかしな人と認定されるだけ。よく分からない薬を処方されるのがオチなのも知っている。
「分かってます」
私はそういうと、くるりと貴志の方を向いた。
「でも、しばらくは私のことを守ってくださいね?」
いわゆる萌え袖で上目使いをしながら、貴志にそういった。
「え? あ、ああ、うん」
貴志は、うっすらと首元を赤くしていた。ずっと一緒にいた幼なじみに、突然こんなことをされて戸惑っているのがよく分かる。
私はこの、佐藤美和の体に入って、本人も気づいていない気持ちまで見つけてしまったようだ。
だから、それを、悟られないように振る舞うしかない。が、ミュゼットがいる。幸い、ミュゼットは3年生で卒業するそうだから、毎日顔を合わせない。そうなれば、断然こちらの方が有利なわけで…
ゆっくりこちらの世界に馴染むのに、高校生というのはなんて素晴らしいのかしら。
私は、貴志に向かってしまりのない笑いを見せた。
「アンネローゼが崩壊してるな」
ボソッと、言われるとなんだか情けない。
けれど、でも。
「これからもよろしくね」
私がそういうと、貴志は私の頭をクシャと撫でた。
「ああ」
貴志の顔は複雑そうだ。
彼らは、この世界に戻る際、佐藤美和を犠牲にしてしまった。と思っていただろうから、カラクリを教えて安心してもらった。それに、この世界に、不慣れな私を助けてもらう必要もある。
あちらの世界で起きたことが、こちらの世界でも起きただけ。
あちらの世界のことを伏せて話をしたら、カウンセリングはあっさり終わってしまった。
事故の後遺症なしと判断されたらしい。
あちらの世界では、薬を飲んでいましたけれど?
でも、この世界では心が晴れやかです。
「えーっと、あー帰ろうか? 美和」
貴志は、私のことを気遣ってかなんだかぎこちない。でも、そなんな所も好き。それは、美和の記憶にもある。
「うん」
私は貴志と、手を繋いだ。大きな手が暖かい。
「えっ! うわぁ…あ、ああ」
あえてこちらを見ない貴志の顔は赤くなっている。
「顔、赤いよ」
「きゅ、急にてなんか…」
うん。知ってる。幼なじみのくせに、手を繋いだことがないんだよね。女性の手を引くって文化がこの国にないだけらしい。ミュゼットは、当たり前にしていたけど、それは、社交ダンスをしているかららしい。
ふむ。
「聞いて」
「な、なにを?」
「私、ミュゼット 要先輩?には負けないから」
「え?」
「続きよ、続き。ロバートルートの続きよ」
「はぁ?」
攻略対象は譲れません。
だって、私がヒロインですもの。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます ひよっと丸 @hiyottomaru
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