第39話 スタッフロールが流れたのは誰ルート?
あんなことがあったのに、私はアンネローゼの夢を見なかった。
それだけじゃなくて、私は物凄い違和感を感じていた。
「日本語じゃないんだ」
今まで何も感じていなかったけど、この世界の文字は日本語ではなかった。けれど読めるし、書ける。
「なんで、いままで気にならなかったんだろう」
今更ながら、部屋にある一つ一つを確かめると、日本語なんてひとつもなくて、英語のような横文字だらけだった。縦書きなんてひとつもない。
これ、なんだろう?
ナイトテーブルに、見知らぬ小瓶がしまわれていた。錠剤ではなく、粉薬がそのまま入っているのは、とても奇妙だった。しかも、何のラベルも貼られていない。
「これじゃあ、何の薬か分からないじゃない」
小瓶をマジマジと眺めながらそう呟くと、背後から穏やかじゃない視線を感じた。
振り返るとリリスが立っていた。
リリスは、なんだか、怖い顔をしていた。
「ええと、どうしたのかしら?」
私は、恐る恐るリリスに尋ねた。主従関係としてはおかしな話だけど、リリスの様子が変すぎて、私は若干逃げ腰だった。
「そちらのお薬がご入用になりましたか?」
リリスは、いつもより声のトーンが低かった。怒っているのだろうか?
「え?別に、そうじゃなくて、これは何かしら?って、思っただけよ?」
なんだろう?凄く空気が不穏になってる。なんかまずい薬だったのかな?
「お忘れでいらっしゃるのですか?」
「え?」
「ああ、そうなんですね。それならばよろしいのです」
リリスは、素早く私のそばに移動してきて、私の手からその小瓶を取り上げた。
よく分からないけれど、リリスは凄く納得してくれていた。
「ええと?」
私は訳が分からなくて、小首を傾げた。
「失礼致しました」
そう言って、リリスは頭を下げた。私はよく分からないまま、リリスにとりあえず微笑んでみた。
「ご学友様よりお手紙が届いておりました」
リリスはそう言うと、小瓶を持つのと逆の手で、私に手紙を差し出した。
私信らしく、封筒は可愛らしいものだった。記憶にない蜜蝋で封をされていて、そこに書かれている名前は、
「ミュゼット?」
主人公からだ。ちゃんとこちらの言葉で名前が書かれていた。
休暇に入ったから、1週間ほど会えないけれど、王子と違って同じ学年。学校が始まればまた会えるのに、なんでわざわざ手紙を書いたのだろう?
私は不思議に思いつつ、封を開けた。
「ーーーーっ」
中にあった便箋を見て、私は悲鳴をあげそうだった。便箋に、びっしりと書かれていたのは日本語だったのだ。
「……う、そ…」
私は主人公からの手紙を読んで、嗚咽した。
私の知らなかった真実、教えて貰えなかったこと、そして逃げられない現実が書いてあった。
《拝啓 佐藤美和様
あなたがこの手紙を読めてしまっているということは、あなたがアンネローゼとして生きていくことになったからです。残念ですが、エンディングを見てしまったのはあなたなのです。
私も貴志くんも、この世界の本人に事情を聞いていたので、あなたも聞いているものだと思っていました。けれど、この世界のアンネローゼはあなたに真実を教えてくれなかったんですね。
私ミュゼットは平民なので、貴族の方々の噂話をよく耳にしていました。その中でも、あなたアンネローゼの噂は平民にとってとても楽しい事だったのです。常に流れていた噂は、アンネローゼは精神を病んでいる。婚約者の王子に虐げられておかしくなった。そう言ったものでした。
だから、アンネローゼは精神安定剤のようなものを服用していたはずなんです。その事を聞きませんでしたか?おそらく、ですが、アンネローゼはその薬を飲みすぎて意識が飛んだのでしょう。そこにあなたが入り込んだと思います。
持ち物にそれらしい薬はありませんでしたか?
私は、お約束の石畳の道で転んで頭を打った拍子でした。貴志くんは落馬したそうです。
いいわけになりますが、ロバートルートを攻略していたのは本当なんです。でも、貴志くんに説得されて、元の世界に戻る事にしました。元の世界で、正々堂々と貴志くんに告白しよう。そう決めたんです。だから、エンディングを見ないように、ロバートルートの攻略をやめました。貴志くんにも意識をしてもらって、フラグが、立たないように気をつけました。エンディングを迎える日、ロバートルートのスチル絵のドレスをあえて選ばないようにしました。でも、あなたは令嬢だから、自分で選べなかったんですよね。
それから、私の正体ですが、予想はだいたい当たっています。けど、絶対に当てられなかったと思います。
私は確かに社交ダンス部に所属する3年生の双子です。
ですが、その双子は男と女の双子なのです。
要と綾芽という名前の双子です。
そして、私の名前は、要。
はい、男の子です。
だから、この世界でミュゼットになれた時、心の底から喜びました。さらに、ロバートの中に貴志くんが入っていると知った時は、嬉しさのあまり叫び出しそうでした。
なので、本気でロバートルートを攻略していたのです。あちらの世界では叶えられなかった夢を、こちらの世界では叶えられました。本当に、夢のようでした。
でも、貴志くんに説得されて、元の世界に帰る決心をしました。
てっきり、あなたにも貴志くんが話をしていると思っていたのです。
ネットに、呟かれていただけの悪役令嬢ルートが本当にあったとしたら、公開前のベータ版だとしても、あなたは悪役令嬢ルートに乗ってしまっていた。と言うことになります。
そして、エンディングを迎えてしまった。
本当にお気の毒ですが、あなた、佐藤美和さんはお亡くなりになってしまった。そして、アンネローゼとしてこちらの世界で生きていくことが確定してしまった。と、言うことなのです。
ごめんなさい。私と貴志くんはエンディングを告げる鐘がなり始めたとき、そっと部屋を出ることに決めていました。
もしかしたら、誰もエンディングを見ないで済むかもしれなかった。たぶん、そんな方法も見つけられたかもしれません。でも、このゲームの世界の主人公は私ミュゼットで、本来なら私がエンディングを見るはずでした。でも、私はずっと好きだった貴志くんと元の世界に戻ることを選んでしまった。そうして、あなたを犠牲にしてしまった。
本当にごめんなさい。
許してください。なんて、都合のいいことは言えません。私の心が悪役令嬢だったんです。あなたから、貴志くんを奪いたかった。
最後まで、黙っていたことを謝ります。
ごめんなさい。
そして、さよなら。
おげんきで。
ミュゼット こと 内藤 要より》
私は、軽いめまいを起こしていた。
私、転生しちゃったんだ。
今更だけど。
一人なんだ。
私、アンネローゼなんだ。
自覚した途端なんだか悲しくなって、涙が出てきた。
ベッドの上に手紙をひろげて、上半身だけをベッドの上に投げ出した。
「アンネローゼ様、家庭教師が来られましたよ」
リリスが私を覗き込んできた。少し不安そうな目をしている。多分、さっきの小瓶だ。ミュゼットの手紙にあった精神安定剤みたいなの、アレをまた私が飲もうとしているのかと疑っているのだろう。
「いけない」
私は、ガバァって起き上がった。令嬢らしからぬ動きだ。
「アンネローゼ様?」
リリスが私を見ている。物凄く不振な目で。
チラリとミュゼットの手紙を見たのに気づいた。でも、読めなかったから、不思議なのだろう。なんの外国語かと、訝しんでいるに違いない。
「頑張るわよ、私」
握りこぶしを高く掲げた。
「悪役令嬢、いっきまーす!」
私は、この世界で生きていく。
悪役令嬢がヒロインだっていいじゃない。
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