第38話 エンディングは誰のものでしょう?

 成績優秀者を発表して、今年の最後を締めくくる学校行事、いわゆる修了式にあたる催しが開かれるのは、ダンスホールだった。

 生徒たちの父兄も参加しての一大イベントだけあって、それはもう盛大に飾り付けられている。

 生徒専用入口から中に入ると、アンヌマリーに手を引かれて、テーブルについた。立食パーティー形式なのはゲームと同じだった。

 壇上で、校長が挨拶をし、それに合わせて手に持ったグラスを高く掲げた。

 習わし通りにそのままグラスの中身を飲み干すと、

「アンネローゼ、あなた、お酒飲めるの?」

 主人公が慌てている。

「え?」

 綺麗な色の炭酸水、ではなかったようだ。

「乾杯用のシャンパンよ。子どもでも飲めるわ」

 アンヌマリーが笑っている。

 そうだった、ここの世界では16歳で成人で社交界デビューして、お酒も飲めるようになるんだった。

 けど、私は日本人なので、まだ16歳では本来お酒は飲めないし、飲んだこともない。

 乾杯用のシャンパンをうっかり飲み干してしまったけど、これが、この世界に来て初めての飲酒だった。

 アンネローゼ本人は、お酒に強いのだろうか?


 特に、気持ち悪いとか、そんなことは起こらず、私はそのまま参加し続けることごできた。

 校長の話の後は、理事を務めるどこかの貴族とか商人のすごい人とか、多額の寄付をしてくれているお偉いさんがなんか喋ったりしてそんなのを聞きながらの立食パーティーで、サロンと同じように女子の楽しいおしゃべりを満喫出来た。

 卒業式も兼ねているらしく、生徒会役員でもある王子が、学校生活の思い出とかそんなのを喋っていた。うっとり聞き惚れる女子生徒もいれば、険しい顔の女子生徒もいる。恐らく婚約者候補のご令嬢は、今日が正念場なのだろう。未だに決まらない状態は、蛇の生殺しのようなもので、婚約者候補のご令嬢たちは、落ち着きがなかった。もちろん、そんな態度は婚約者として失格なのだけれど。



 時折、給仕がやってきて飲み物を渡してくれる。甘い口当たりのぶどうジュースだと思っていたのがお酒だった。というのは、また主人公から教えられた。

「匂いで分かるでしょ」

 主人公は、お酒をうっかり飲んでしまった私を叱りつける。前世で先輩だったもんね。交流はなかったけど、後輩の私の面倒をついつい見ちゃうのね。優しい人だ。

「あら、大丈夫よ。子どもの飲み物よ」

 アンヌマリーは、笑いながら私にオレンジジュースを渡すのだけれど、それもリキュールのお酒だった。

「匂いじゃ分からないわよ」

 甘いオレンジの香りが強くて、アルコールの匂いが嗅ぎ分けられない。

 楽しくおしゃべりをしているうちに、本日のメインイベント、成績優秀者の発表となっていた。


 主人公は、もちろん自信満々の顔をしている。その自信の表れがドレスなのだとしたら、それはそれで大したものである。私でさえ遠慮したカクテルドレスを着ているのだ。恐ろしい、体のラインがこんなにも分かるものを着るなんて。成績優秀者に選ばれれば、まず最初にみなが見ている前でダンスを踊るのだ。

 男女の数が合わなければ、教師が相手を務めるのだけど、たった10人しか選ばれない。上手く行けば5組しか踊らないのだから、注目度は嫌でも高まる。

 私は、冬なのでファーや鳥の羽をあしらったドレスにした。私の銀の髪が映えるように濃いめの青に銀の刺繍を施した生地で、上品にまとめあげてある。

 名前を呼ばれて、順番に中央に集まっていくのだが、3年生から呼ばれて、あたりまえのように王子を筆頭とした生徒会役員、マリアンヌ様は主人公に負けていたと聞いたけど、踏みとどまれたようだ。

 10人しか呼ばれないのに、もう6人、7人…主人公はゲーム補正があるから絶対に呼ばれるだろう。多分、一番最後に。

 と、思っていたら、主人公が呼ばれてあっさり言ってしまった。

「お先に」

 って、ヨユーの顔をしている。少しは緊張するべきなんじゃないの?

 お腹が痛くなりそうになったところで、最後の一人、私が呼ばれた。

 が、緊張の顔などしていられない、私はニッコリ微笑むと、

「では、行ってまいりますね」

 と、アンヌマリーに告げて、完璧な貴族の令嬢の立ち居振る舞いの如く、背筋をただし優雅に中央へと足を運んだ。


 淑女の礼をして、成績優秀者の証であるメダルをかけてもらうと、会場を落ち着いて見渡すことが出来た。なぜだかまるで緊張していない。不思議な気分で司会の声を聞くのだけれど、私はふわふわした足取りでなぜか王子の前に立っていた。

「お約束通り、私と踊っていただけますわよね?」

 凛としたつくしい声で私は言った。けど、なんで私はそんなことを言っているの?

 確かに以前そんな約束をしたけれど、それは婚約者出会った時の話で、今は……

 会場がざわめくのを感じながらも、私は優雅に微笑んだまま、王子の前立っている。

 どうしてこんなにも堂々としているのか、まるで分からない。けれと、確かに私はしっかりと立っているし、なぜだか断られないと言う確信があった。

 王子が、突然に膝をつき私の手を取った。そして、口付けをして、

「どうか、私と一曲踊っていただけませんか?お嬢様」

 見上げる目線に射抜かれた。

 返事は極上の微笑みだった。



 私と王子を、中心に成績優秀者がダンスを披露する。

 主人公は、他の成績優秀者である男子生徒とペアを組んだらしい。どちらかと言うと、したの方がリードしているようにも見える。

 王子が耳元で何かを囁いて、それに返事をする。けれど、全く話の内容が頭に入ってこない。

 一曲どころか、二曲三曲と、私は王子と踊り続けた。普通なら、他の男性から誘われて、曲が変わる事にパートナーチェンジするはずなのに。

 なぜだか、誰も近づいてこなかった。

 けれど、王子は微笑んでいるし、私も微笑んでいる。何を話しているのか、まるで分からない。

 それでも、踊り終わったあと、当たり前のように私は王子に、手を取られて会場を、後にした。




 ダンスホールの熱気は、まだ続くのか、帰路に着く人はあまりいないようだ。

 控え室で、リリスに用意してもらった違うドレスに着替えると、なぜか主人公が部屋に入ってきた。

「そのドレスも似合ってるわ」

 主人公が、なぜだか、とても嬉しそうに笑っている。

「スチル絵と同じだわ」

 じっくりと私のドレスを見て、そう呟いた。

 どうやら、私の知らないルートエントで、アンネローゼが着ていたドレスらしい。スチル絵でしか見られなかったから、どんなものかものすごく興味があったそうだ。さすがは社交ダンスをされていただけはある。

「クリスマスの鐘が鳴るわね」

 主人公がそう言って、学校の大きな時計を指さした。

 ああ、エンディングで見た景色だ。

 そうか、これはゲームのエンディングなのか。

「ねぇ、私が前に言ったこと覚えてる?」

「え?」

 唐突に言われて、私は頭が真っ白になった。

「このゲームの主人公は誰でしょう?」

「そ、それは、あなたじゃないの?」

 慌てる私の返事を聞いて、主人公はクスクスと笑っていた。

「教えたじゃない。悪役令嬢ルートが配信されるかも。って」

 聞いた、確かに聞いた。

 ネットで呟かれていたとか、そんな話だった。

「アンネローゼが、主人公?」

「そうね、ハッピーエンドを迎えたら、その人が主人公なんじゃない?」

「ど、どういう、意味?」

 突然、心臓がバクバクしてきた。変な緊張が沸き起こる。聞いてはいけないことを聞かされている。

 とても、危険な言葉を聞かされている。

「ねぇ、アンネローゼを身近に感じてた?」

「え? う、うん」

「そう、いっぱいお話出来た?」

「ええ、夢の中だけど…」

 なんで?なんで、主人公はこんなことを今聞くの?

「そう、じゃあ、大丈夫かな?」

「な、なにが?」

 私は、主人公の微笑みが怖かった。凄く優しそうなのに、悲しそうな、そんな影のある笑顔。

 私が一歩前に出て、主人公の手をつかもうとした時、部屋の扉が開いてなぜか王子が入ってきた。

 ロバートが、扉を持っているのが見える。

「アンネローゼ」

 割と大股で王子が近づいてきた。私は反射的に笑顔を向けた。

 なんだっけ?さっきダンスをしていた時に、とても重要な話をした気がするのだけど…

「アンネローゼ、私を許してくれてありがとう」

 王子がそう言って、私の肩を優しく抱いた。

 ああ、推しのイケボが耳元で甘く囁いている。何たる幸福だろうか?私は自然と笑みが溢れてしまった。

 そのせいで、さっきまで主人公と話をしていた重大なことを失念してしまったのだ。


 王子にエスコートされて、バルコニーに出る。

 夜風が寒いな、なんて思っていたら、王子がさらに私を抱き寄せた。もはや、胸に抱かれている状態で、この状態を自覚した途端、私はどうにもならないぐらいに心臓がバクバクして、耳まで赤くなっていることを自覚してしまった。

 ど、ど、どうしよう、推しの胸に抱かれている。完全に恋人同士の雰囲気になっている。こんなの、こんなのは人生で初めてで、対処ができない。

「アンネローゼ、改めて言うよ、私と結婚して欲しい」

「…はい」


 え?


 ゴーン ゴーン ゴーン


 鐘がなり始めた。


 この鐘は、エンディングを告げる鐘だ。

 そして、いまこの状態はスチル絵になっていることだろう。

 私は、エンディングを迎えてしまった。

 途端、全身に鳥肌がたった。

 ぶるり、と身震いをすると、王子が優しく抱きしめてくれた。

「寒そうだね」

 王子のイケボが、私の推しの声。

 私は何も答えず、王子の胸に頭をもたれた。



 そうして、そのまま王子と共に新年を迎えたのだった。

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