第37話 悪役令嬢になりたくないんだってば

「楽しそうね」

 私は、厩舎から足取り軽くやってきた主人公に声をかけた。ちょっと前までは何を考えているか分からなくて怖かったけれど、ロバート狙いと分かってからは少し安心している。

 私が邪魔さえしなければ、私は悪役令嬢にはならない。はずだ。

「誰にも邪魔されないから、すっごく楽しいわよ」

 主人公は、嬉しそうに言った。が、背後から私はリリスの黒いオーラを感じずにはいられない。リリスとしては、アンネローゼのご学友であるミュゼットに嫌がらせが出来ない。できるわけが無い。そんなことををしたら、主人であるアンネローゼの名に傷がつく。

 だからこそ、アンネローゼに何とかしてもらいたいところだけれども、ご学友の恋を応援したいアンネローゼには頼めないリリスの葛藤が、黒いオーラになっている。そんなわけで、リリスが怖い。

「ロバートがダンスを踊れるのは、私のおかげですからね、感謝して欲しいわ」

 私は、ちょっとだけ鼻を上に向けて自慢げに言ってやった。

「ありがとう、お陰でルートが進んだわ」

 主人公はそう言いながらも、だって私が主人公なんだもん、当たり前じゃない。って言ってきた。それは、それでムカつく。私が主人公の、ルートの為のフラグを立ててしまったんじゃない。これもゲーム補正と言うやつだったんだろうか?

「私のロバートルートは、もう確定したから、大丈夫よ」

 主人公は、そう言うと、なぜか、頑張ってね。と私に囁いて立ち去って行った。

 私は、何を頑張るのか?そもそも、本当に悪役令嬢ルートってあるの?こればっかりは誰にも聞けなかった。



「アンネローゼ様」

 帰りの馬車の中、リリスは案の定不機嫌だった。

 分かってはいるけど、昼休みの自主練習でも主人公はロバートと一緒にいた。ダンスホールの外で踊っているのを見たから。もはや秋の終わり、どう考えても肌寒いはずなのに!私は、それとこれが相まって、背筋が寒くなった。

「リリス、怖いわ」

 リリスを、ちらっと、見たけど怖い。目が怖い。

「アンネローゼ様、この際です。王子の婚約者に返り咲きましょう」

 リリス、突然何を言い出す?

 私は悪役令嬢になりたくないのよ!分かってる?

「どーしてそうなるの?」

「はい。今現在、未だに王子の婚約者は決まっていません」

「で?」

「候補に上がっているご令嬢は、みなアンネローゼ様に比べればポンコツです」

 リリス、仮にも貴族のご令嬢をそう言っちゃう?

「私の情報によると、女王陛下が痺れを切らしている。とのことで」

「まぁ、そうでしょうね。言いたくはないけど、女王陛下の教育は厳しいもの。ついていけないと思うわ」

 私が主人公体験した訳では無いけれど、体が覚えているのだ。女王陛下の教育を!

「今年中に何とかするよう、王子の尻を叩いている。とかで」

 リリスは至極真面目にそう言うけれど、王族の婚約者になるにはそれはそれは大変な修行が必要なのよ。国民の代表として完璧に振る舞わなくてはならないわけなのよ。特に外交。他国の王族の前で、一部の隙もなく振る舞わなくてはならないのだから、貴族の令嬢として生きてきた下地だけでは女王陛下を満足はさせられないのよ。

「アラン様の尻を叩いても仕方がないじゃない。ご令嬢たちの努力次第だわ」

「そうではありません」

 リリスは、人差し指を立てて軽く左右に振った。

「アンネローゼ様にプロポーズしろと迫っているそうなんです」

「へ?」

 リリスのドヤ顔に対して、私は、だいぶ間抜けな顔をしただろう。




 モヤモヤとした気持ちのままベッドに入ったら、案の定アンネローゼの夢を見た。

 扉はもう一つしかなかった。

 そんなに、色々あったんだ。と感慨に耽りつつ、私はその、ひとつしかない扉を開けた。

 そこには、私が行ったことはないけれど、記憶にある庭園が広がっていた。

 ゲームの紹介ページにあった、王宮の庭園だ。作成中の画像だったから、 そこには誰も描かれてはおらず、ただ美しい庭園が広がっていたのだが、今目の前にはアンネローゼが立っていた。

「会いたかったわ」

 アンネローゼは、淑女の礼をして私を出迎えてくれた。だから、私もそれに習って淑女の礼をした。

「お上手ね」

「だって、私もアンネローゼだもの」

 お互い顔を見合わせて、ふふふと、笑った。


「この庭園は、王族の許可がないと入れないのよ」

 なるほど、道理でゲームを1周しかしなかった私には馴染みが無いはずだ。王子を攻略しなくては入れない場所であったか。

「それは、つまり?」

「私ね、ここが好きなの」

 アンネローゼは、艶やかな笑みを私にくれた。

「うん」

 私は、その笑顔の、意味が分からないまま朝を迎えた。




 それきりアンネローゼの夢を見ないまま、冬になり、最後の成績優秀者発表の日が迫っていた。

 学校でのその年最後の催しになるため、生徒はみな正装をする。貴族の令息令嬢は、自宅から馬車でそのままやってくるけれど、平民の生徒たちは、学校でレンタルの正装に着替える。大切な催しなので、レンタルの費用は学校持ち。すなわち、国が払うのだ。なかなかに大変なことである。が、平民だけがいるわけではなく、貴族の令息令嬢もいるため、お粗末な正装は持ち込まれない。当然、最新のデザインが盛り込まれた洗練された衣装が生徒たちに貸し出されるのだ。

 ナイショの話だけも、懐事情が寂しい貴族の令息令嬢もレンタルしたりする。

 もちろん、私はこの日のために最新のデザインを取り入れたとびきりのドレスを用意しましたよ!


 だって、悪役令嬢ですもの!

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