第36話 フラグのたてかたがわかりません

「まだまだお母様の足元にも及ばないわ」

 帰りの馬車の中、私は深いため息をついた。隣に座るお母様は、楽しそうに笑っている。

「当たり前に享受しすぎて、麻痺してしまったようね」

 お母様は、とても上品に笑ってそう言う。口角も添える手のひらも、貴婦人として完璧だ。絵になる動作というのだろうか、私が入ってしまったせいで、今のアンネローゼにはちょっと、マネができない。

「私はそれを伝えられませんでした」

 ちょっと落ち込む。

 私が廊下で王子とやり合ったことについては、不敬とは処罰されずに済んだ。あの3人のご令嬢とほの講師が一部始終を見ていた(お行儀は悪いけど)おかげと、婚約解消した令嬢に王子が声をかけたという醜聞も加わって、王子が国王陛下の元に連れられていく。という何ともお粗末な終わり方となったのだった。

「でも、困ったわねぇ」

 お母様が眉根をよせながらそういった。

「なにが、でしょう?」

「あの一件で、ますます王子の婚約者という立場が嫌悪されるでしょうね」

「え?」

「ただでさえ王族の婚約者は面倒臭いというのに、アラン王子はその中でも郡を抜いて面倒臭い考えの方だからねぇ」

 ああ、お母様の、言わんとすることが何となく分かってしまった。王子がヤンデレなのを自覚していないのが厄介で、その上俺様だから令嬢たちは怖がっているのだ。何をされるか分からない(いや、うっすらと分かってはいる)だけに、王子の婚約者という地位は欲しいけど、二の足を踏んでいる。と言った所なのかな?

 まぁ、ヤンデレ好きでM寄りなら、俺様王子のヤンデレは美味しだろうけど、普通は無理だよねぇ。


 ん?


 いや、まてよ?


 アンネローゼはどうなんだ?





 そして、私は案の定夢を見た。アンネローゼの世界だ。沢山ある階段が随分と減っていた。扉の数も最初と比べたら随分と減っていて、数えるぐらいしかない。

 私は、目の前にある扉を開けてみる。

 そこは王宮だった。

 いつかに聞いた王宮の客間だ。王子とお茶をして、お喋りをしていたとう。

「待ってたわ」

 アンネローゼの声は、鈴の音のように軽やかだった。何やらご機嫌がいい。

「お待たせ」

 私は貴族の令嬢らしからぬ仕草で、アンネローゼの向かい側に座った。

「おぉ」

 座った途端に、程よく沈み込み背もたれに心地よくホールドされる。さすがは王宮のソファだ。

「もう、すっかり秋も深まっているわね」

 アンネローゼはそんなことをいいながら私にお茶を出してくれた。夢の中といえ、アンネローゼの入れるお茶はとても美味しい。

「どうしたらいいのかな?」

 私はアレコレ問題がありすぎて正直困っていた。

 公爵令嬢として、アンネローゼとして振る舞わなくてはならない。学校の成績は、元からのポテンシャルと家庭教師のおかげでなんとか成績優秀者に名を連ねてはいる。けれど、破滅エンドを、迎えたくないがために王子との婚約解消イベントを巻き起こし、王族の婚約者という枷を捨ててしまった。暫くは自由に出来て楽しめるけれど、最終的には誰かと結婚するわけだし、恋愛結婚できるのかも、不明だし。実際アンネローゼは政略のコマとしてはかなり有効なんだろうし…

「そうね、どうしましょうか」

 アンネローゼも、カップを手で弄びながら言葉を探す。

「成績優秀者にはこのままなるつもりよ。でも、宣言通りに王子を指名するべきか考えちゃう」

 婚約解消したし、主人公はロバートルートだし、王子は俺様なヤンデレで、せっかくの推しのイケボがなんだか残念…でもなくもない。それを2人っきりの時に出してくれたら最高なんだけどなぁ。

「この間の一件で、アラン様も変わられたかしらね?」

「……っと、あ、あの王宮での口喧嘩、ね。でも、私、言いたいことが上手く伝えられなかった」

「気持ちは伝わったと思うの。アラン様は、その」

「ヤンデレだもんね」

「…そ、そう、それね」

「でも、浮気したわ」

「そうね」

「秒で振られたけど」

「そうね」

「王子なのに、非モテだわ」

「そうね」

 アンネローゼは、ただただ相づちを打ち続ける。

「アンネローゼは、王子のこと」

 私は、大きく息を吸って吐いた。

「王子のこと、本当は好きなの?」

 私が勝手にやっているけど、本体のアンネローゼは?

「考えたことがなかったわ」

 アンネローゼは、小さくため息をついた。

「前にも話したけど、婚約して毎日王宮に通ったのは退屈だったからよ。楽しみを見つけたかったの。アラン様に会いたかったわけじゃなかったわ」

 アンネローゼは、考えては言葉に出来ずにいるようで、口を開きかけてはそれがため息になる。

「王族の婚約者として、恥ずかしくないように、どこからみられてもいいように、常に完璧な私を作るために自分を律して生きてきたわ」

「うん」

「でも、アラン様はそれを当たり前として褒めてはくれなかったのよね」

「うん」

「浮気されちゃったね」

「そうね」

「でも勘違いだった」

「そうね」

「婚約解消しなければ良かった?」

「そうね」

 ん?

「あっ…」

 ちょっと誘導尋問っぽかったけど、10回クイズみたいにしたら、アンネローゼは普通に引っかかった。素直なんだと思う。擦れてないっていえばいいのかなぁ。

 アンネローゼは顔が真っ赤になっていた。可愛い。

「でも、どうしようか?」

「そうね、婚約は家どうしの繋がりだから、決めるのはお父様だわ」

 そうか、そうだ。そうだった。

「気持ちを確かめあう。って出来ないのかなぁ」

「そうね。お相手選びの夜会には招待されそうもないから…」

 アンネローゼは思慮深くて、私が破滅エンドしたくない。ってだけの理由で突っ走ってしまって、本当に申し訳ない。って思う。

「なんか、ごめんね」

「いいのよ、アラン様には少しお灸を据えなくちゃいけなかったでしょうから」

 でも、そう言い問題でもないけど、フラグを立てて回収って、ゲームみたいにはいかないみたいだ。

 私とアンネローゼは、ただ見つめ合うだけだった。

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