第35話 やることやって、次に行きましょう

 王宮にティアラを返しに行く頃には、既に秋になっていた。手続きの関係があるから、簡単にはいかないらしい。一応、ティアラは公式にプレゼントした品なので、王宮の記録簿に記載されているらしい、それを返却となると、またそれを記載しなくてはならず、そのための場所と時間と書記官と、準備が大変なのだそうだ。

 私には分かりませんけどね。

 王宮の中をお母様と一緒に歩いた。ティアラは箱がないので、リリスがお盆のようなものにのせて運んでいた。

 途中、王子の婚約者候補らしいご令嬢たちがお作法の訓練を受けていた。私もやっていたけれど、なかなか厳しいものなのだ。通りすがりにごっそり覗いたら、ピンヒールを履いたご令嬢三人が、ひたすらお辞儀の角度を注意されていた。

 決まらなくて、三人を鍛えるのか。根を上げずにやり遂げた令嬢が婚約者になるのかな?なんて思いつつ、私はお母様と指定された部屋に行くのであった。


「候補が三人もいるのですね」

 ソファに、座るなり私は口を開いた。私に決めた時と様子が違う。

「年齢的に、ゆっくりとしていられないもの。行儀作法だけで振るいにかけるのでしょう」

 なるほど、お母様の言うことは分かる。人の上に立つものとして、また、国の代表としての立ち居振る舞いが出来るかどうかで決めよう。と、そう言うことですか。

「家柄はともかく、ミュゼットよりも劣る方たちでどうなさるおつもりなのかしら?」

 私はここぞとばかりに鼻を鳴らして言ってやった。王族の婚約者舐めるなよ。

「どれほど基礎がなっているか、疑わしいものね」

 お母様は、アンネローゼの努力を知っているからこそ、のうのうとご令嬢として生きてきた候補者たちが、そう簡単に王族の婚約者としての礼儀作法を身につけられるとは思っていないのである。

 大変なんだから、人前に出たら行動の全てが見本となるように振るまわらなくてはいけないんだから、どこで誰が見てるかも、分からないのに。

「見られる側に回れば、水面下の苦労が分かるのではないかしら?」

 本当は本人たちに言ってやりたいけれど、とりあえず我慢しておく。でも、悪役令嬢だから言ってやりたいんだけどなぁ。



 手続きが終わって、王宮の廊下を歩いていると、なぜか王子が待ち構えていた。

「少し話がしたいのだが」

 王子は、さも当たり前の様に声をかけてきた。

 が、私は応じず、代わりにお母様が答える。

「申し訳ございません、アラン王子。既に娘とは婚約者を、解消しております。故に二人で話をするのは承諾出来かねます」

 お母様がそう言うと、王子は眉根を寄せて不満げな顔をした。

「俺に指図をするな」

「指図ではございません。進言です。人の上に立つお方が、婚姻前の娘と二人きりなるなど醜聞がよろしくございません」

 お母様はピシリと、言ってのけた。

 もう、婚約者でもないし、婚約していた時だって、二人で話をした事なんてないのに、何を今更話すというのか?

「なぜ、お前は婚約解消を申し出た」

 王子の苛立った顔が醜悪だった。

「なぜ、俺から離れるのを良しとした」

 声を荒らげて、半ば怒鳴っているようにも聞こえる。

「なぜ、俺を見ない」

 喚き散らす度にポーズをつけるので、さながらヅカか何かの劇団のようで、目を閉じれば推しのイケボが耳に心地よい。ああ、自分の手から逃げてしまったアンネローゼを今更ながらに惜しいと思っているのだろうか?

「失礼ながら、婚約者である間、一度たりとも我が邸に来られなかったのはアラン王子ではありませんか?」

 私は扇で口元を隠しながら答えた。

 声は推しのイケボなのに、声は推しのイケボなのに!

「なぜ、俺が?俺のために動くのが家臣たるものの務めだろう」

 ああん?何言ってんだ、こいつ?婚約者を家臣だと?

「おっしゃる意味がわかりませんわね」

 私は扇で口元を隠したまま冷ややかに告げた。イケボなのに、イケボなのに、何言ってくれてんの?せっかくのイケボが台無しじゃないのよ。

「例え政略結婚であろうとも、誠意を見せるものです。誰が好き好んで王族の婚約者なんて重圧を選ぶというのですか?一族のため、国のためになるのです。そんな重荷を背負わせておいて、俺のためにやるのは当たり前と、思っておいででしたの?」

 ムカつく、アンネローゼの4年間の努力を認めないどころか、当たり前?しかも、家臣だと?忠誠を誓った覚えはないんですけど、私。

「ああそうだ、当たり前だ。俺は王子だぞ」

 ああん?イケボなだけのクセに、何言ってんだ?あんたの変な性癖は、貴族のご令嬢みんなが知ってるんだからね。それが嫌で婚約者の地位を御遠慮している人が結構いるって知らないの?

「それ以外の価値なんてないじゃない」

 私はバチンっと、勢いよく扇を閉じた。

「っ!」

 私の迫力に気圧されて、王子が息を飲んだ。私の推しのイケボで、最低な事を吐くな。推しのイケボが汚れるじゃない!

「王子の肩書きがなかったら、誰もあんたの相手なんかしないわよ」

 腰に手を当てて、やや胸を剃り気味に立ってやる。ピンヒールを履いているから、それなりに身長は傘増しされているはずだ。

「不敬だぞ!」

 王子が、辛うじて言ったのはそれ。

「あそこで、行儀作法を習っている婚約者候補のご令嬢も、あんたの酷い本音を聞いて逃げ出すんじゃない?」

「!?」

 王子が驚いて向こうの扉をみると、本当に三人のご令嬢がこちらを見ていた。

「俺を愛してあたりまえ、俺に膝を着いて当たり前、俺を見るのが当たり前、俺に尽くすのが当たり前、何でもしてもらって当たり前。で?あんたは私に何をしてくれましたか?」

 ほぼほぼ素の私が喋っている。アンネローゼに比べたら、ほんのちょっとしか努力していないけれど、この勘違い王子は、努力する主人公が俺のためにしていると思い込んだ。だから俺のものになる。ってそう決めつけた。

 アンネローゼが王宮に通ったのは、遊びたかったから、退屈だったから、自由が欲しかったから、なのに、王子は気づかなかった。アンネローゼの気持ちを汲まなかった。

「俺を愛するのは当たり前のことだ。なぜ、俺が何かをしなくちゃいけないんだ」

 私の推しのイケボで、そんな情けないことを言うな!

「それが人の上に立つものの、言うことですか?あんたのためにあるんじゃないの!国があるから王がいるのよ!別に王子はあんたじゃなくたっていいんだからね!」

 私がハッキリ言ってやると、王子は鳩が豆鉄砲食らったみたいに口と目を真ん丸ににしていた。

「アンネローゼ、はしたないですよ」

 ようやくお母様が、止めに入った。が、完全に遅い。私は不敬と言われてもおかしくないぐらい、王子に罵詈雑言を、あびせたのだ。

 だが、婚約者がありながら、他の女に手を出そうとした事実は事実だ。そこからアンネローゼに不信をかうのは当たり前のこと。主人公はロバート狙いであって、まったく王子に興味関心がなかったのにね。

「4年間、あんたから何もプレゼントされた覚えがないわ。けれど、私は毎年誕生日プレゼントを渡していたわ。それもあんたは当たり前だって言うのなら、国民が税を払うのは当たり前、だけど治安も何も守るつもりは無い。っていう王様ってことよ。高貴なるものは力なきものを守る義務があるの、それなのにあんたはその義務を全うするきがないってことなのよ!」

 ああ、イライラしてなんて言ったら正解なのか分からない。この勘違い王子は、なんて言ったら理解してくれるの?

「恐れながらアラン王子」

 お母様が、割って入ってきた。上品で凛とした佇まいはそれだけで迫力がある。私も王子も圧倒されてゴクリと唾を飲んだ。

「女という花は、愛されなくては咲き誇れませんのよ」

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