第34話 アンネローゼも婚活しますか?

 思った通り、私は夢を見た。

 アンネローゼの世界。たくさんの階段と扉。これは多分、アンネローゼの行き場のない気持ちのあらわれなのかも、しれない。12の時から頑張って、頑張ってきたのに、認めて貰えない。もっと、もっとと急かされる。両親には褒められるけど、肝心の王子がまったく褒めてくれなかった。甘い言葉を囁かなかった。

 だから、この扉はアンネローゼの心。誰かに開けてもらいたい。

 でも、まだ、開けるのは私だけ。

「待ってたわ」

 今日のここはどこだろう?私には見覚えのない景色の中に、テーブルと椅子がセッティングされている。

「ここは?」

 見覚えの無い景色に、私は尋ねた。

「ここは、夏に行く避暑地の別邸よ。今年の夏は行くのかしら?」

 アンネローゼが優しく微笑んでいる。きっと、ここでの思い出が素敵だったのね。

「学校があるからあれだけど、今年は王子のことがあるから婚約者選抜大会がそのまま避暑地に移るのかしらね?」

 私が笑いながら言うと、アンネローゼもわらって「そうね」と答えてくれた。

 まぁ、私には関係ないんだけれど、ヴィオレッタ様とアンヌマリーは、家柄もあるので参加させられているみたい。

「アンネローゼは、誰か気になる人出来た?」

 私は思いきって聞いてみた。学校の授業だけど、王子以外とパートナーを組んで踊ってるし、廊下で声をかけられたりもする。私は名前を知らないけれど、アンネローゼは知っているかもしれない。

「ごめんなさい。王族の婚約者として過ごしてきたから、ほとんど男性と接点がなくて、学校の、生徒もよく分からないわ」

 アンネローゼが首を振る。うーん、だいぶ重症だったのねぇ。

「えーっと、じゃあ、ロバートとリリスとミュゼットの三角関係は?」

 これは最新の話題でしょう。

「そうね、ミュゼットさんの本音と、ロバートの中に、貴志さんが入っていることとか、そういうことを知ってしまうと、リリスを、贔屓しずらいわ」

 アンネローゼが困ったように微笑んだ。あー、やっぱりそうだよねぇ。

「じゃあ、見守る。ってことよね?」

 私がイタズラっぽく、微笑むと、アンネローゼもそれに答えるように微笑んだ。うん、今回はこれでいいよね。アンネローゼの気持ちの進展はなかったけど。夏に避暑地に行けたなら、あの景色を見なくては。




 夏に二週間の休みがあったけれど、王子は避暑地に来なかった。王子の婚約者に興味が無い(失礼だとは思うけどね)ご令嬢とご令息はこぞってやってきたので、年頃の皆様でプチ社交界は開かれたりはした。

 貴族の避暑地なので、残念ながら平民の主人公は来られなかった。多分、好感度の高い攻略対象から誘われて来られたはずなんだけど、ロバートルートを攻略中の主人公は、誘いを断ったのだろう。(多分王子だよね、誘うのは)

 アンネローゼが見せてくれた景色より、もっとずっと空の青が心地よかった。やっぱり貴族凄い!避暑地とか別荘なんて、前世の私では考えられないことだもん。

 楽しんでいる私の横で、リリスがどす黒いオーラを放っている。うう、知ってるの、分かっているのよリリス。避暑地に行くのに、ロバートは留守番だったのだ。道中の警備は、たくさんの貴族が移動するってことで、国の兵士たちが騎馬で見回っていた。もちろん、現地にも兵士はいるし、公爵家ともなれば現地にもメイドや侍従はいるのだ。いつものメイドを1人連れていけば、あとは現地の使用人で何とかなるのである。

 って、ことでリリスだけが連れてこられてしまったのだ。ごめん、リリス。

「あの、リリスも楽しんでね」

 私は、一応リリスのご機嫌を伺った。これじゃあ、立場が逆だけど、リリスの機嫌が悪いのは良くない。夕飯に嫌いなものばっかりだされちゃう。

「お気になさらないでください、アンネローゼ様。公爵家に使えるものとして、こうして頼りにされるということは名誉なことでございます」

 ああ、リリス。女の幸せより仕事を取るのね。キャリアウーマンなのね。私には分からないけれど。

「ここで出会いとかあるのかしら?」

「そうですね、歳若い方や、政治にはあまり関与なさらない方が大勢いらしておりますから、出会いはありますが、要職に着いていない殿方はアンネローゼ様の結婚相手には相応しくないかと」

 リリスにそう言われて、背筋が伸びる。そうだった。お父様とお母様がわざわざ着いてこなかった(お父様は要職に着いているから)のは、私がのびのびと御相手を探せるようにだった。

 てなことを考えていたら、お約束のように帽子が風で飛ばされた。このイベントも、本来は主人公のものだったはず。ああ、イベントこなすのめんどくさいなぁ。

「あなたのですか?」

 爽やかな笑顔で私の帽子を拾っていたのは、ちょっと年上の感じがする青年だった。リリスが後ろに控えたままなので、どうやら安全な人のようだ。

「ありがとうございます。風に飛ばされてしまって」

 お礼を言いながら受け取ると、その青年は後ろに控えるリリスを見て、

「これは失礼をしました。僕はハイゼン伯爵家のジークフリートと、申します」

 メイドが控えているので、それなりのご令嬢と判断してくれたらしい。ありがとう、ジークフリート、俗な名前ね。お母様からの受け売りだけど。

「こちらこそ、私はリヒテンシュタイン公爵家のアンネローゼと申します」

 私が名乗った途端に、ジークフリートは固まった。予想外の出来事に頭がついてこなかったらしい。


 避暑地にある貴族の別邸は、王都とは違って密になっている。ちょっとした住宅街のようなものだ。前庭でお茶をしていると、散歩をしていたらしいアンヌマリーが入ってきた。前庭って言っても、外から見たところで、誰だか分からないんですけれどね。まぁ、ここが誰の別邸か知っていれば、私だって分かるのだけれど。

「あら、いきなり素敵な出会いがあって羨ましいですわぁ」

 アンヌマリーは、今日もバッチリ縦ロールだ。暑くないのか聞いてみたら、髪が首にかからなくて快適だそうです。

「ちょっと年上だったし、この時期にここにいるってことは働いていないのかしら?」

 要職に着いていない時点で、アンネローゼの結婚相手としては相応しくないだろう。まだ親が現役バリバリで、フラフラできる立場ならまぁ、いいんだけれど。

「ハイゼン伯爵なら、ご身分的にはよろしいのでしょうけれど、アンネローゼの場合は婿養子になってもらうのでしょう?」

 今更だけど、アンヌマリーに言われて思い出した。アンネローゼは一人っ子なのに、誰もリヒテンシュタイン公爵家に養子に来ていない。おかしい、よくある乙女ゲームなら、養子として見目麗しい義弟がいるはずなのに。

「そうね、そうだわ。いまさらだけど、どうして義弟が、居ないのかしら?」

 口に出してみると、この貴族社会にしては不自然だ。

 お茶は、リリスではなくこの別邸のメイドが入れてくれた。茶葉が違うからか、味が違う。それでも美味しいのだから、やっぱりメイドさんは凄いのだ。

「わたくしが聞いた話ですと、公爵家を継がせるのに相応しい人材が親戚筋にいなかった。ということらしいのですけれど?」

「相応しい人材」

 なるほど。よくある設定の親戚の貴族が愛人に産ませた子とか、後妻がきて前妻の子が邪魔だからとか、そういうのもなく、野心のある親戚もいなかったって事なのかなぁ?

 それとも、お父様はこうなることを予想していたとか?だとしたら、お父様は王子を信用してないってことなのかな?

 考え事をしていたら、なぜだか見目の良い青年が庭に入ってきていた。

「ごめんなさい。手を振ったら来てしまいましたの」

 小声でアンヌマリーが謝罪した。そうか、彼らはそれをお招きとたのね。

「はじめまして、僕はルイス。クライデン侯爵家の者です」

「はじめまして、お嬢様方。スール伯爵家のアレクと申します」

 2人揃ってにっこりと笑って挨拶してくれた。多分、私の警戒心を解くのに、爵位を伝えてきたのだろう。

 仕方が無いので席をすすめて、お茶を出してもらった。

「リヒテンシュタイン公爵家のご令嬢が来ていると、噂になっているので、誰よりも早くお声掛けをしたくてね」

 人の良さそうな笑顔をでそう言ってきたのはルイス。

「あら?どんな噂なのかしら?」

 私はわざとらしく聞いてみた。

「可憐なご令嬢が寂しそうにしている。と聞きましたよ」

「慰めに来てくださった?」

「よろしいですか?」

 うわぁ、すんごく見つめられてるよ。攻略対象じゃないけど、貴族の令息だけに、イケメンだわ。これは、気をつけないと私が攻略されちゃうわね。

 扇で口元を隠しながら、アンヌマリーが耳元で囁く。社交界慣れしていない私は、アンヌマリーを頼るしかないのかも。とりあえず、避暑地では年上イケメンでも眺めて目の保養としますかね。

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