東京の記憶

猫田

護ってくれた姉さん

 だいぶ風も暖かくなってきた今日この頃。まだ幼い私は姉に頼まれたようにおつかいに出かけていました。…といっても、1人で行くのは怖いということで姉も一緒でしたが。

「アズマもそろそろ1人でおつかいに行けるようにならなきゃだよ?」

「…だって寂しいんだもん」

 このアズマ、というのが私のこの時の名前です。東京都の東を取ってアズマになりました。まあ、幼名は仮の名前ですから。齢13になればその地の土地神となり、その地の名前が自分に付けられるのです。

「僕、お姉ちゃんと一緒がいい」

「…もう、可愛いなあ!アズマは!」

 そう言って姉は私の白い髪を優しく撫でてくれました。まだその時の感触が残っています。

「でも、もし私が居なくなったら…」

「お姉ちゃん、あそこ?」

「は、話を遮られた…うん、あそこだよ。あの文房具屋さん!」

 姉は文章を書くのが好きで、私もその姉が書いた作品が好きでした。とても語彙力があって、美しい表現がされてある…私もその姉が書く文章に圧倒され、書いてみるのですが、やはり上手くは書けませんでした。姉のように、語彙力のある人になりたいといつも思っていました。もちろん、今も。

「ここで売ってる消しゴム、すっごく消しやすいんだよ!」

「そうなんだ…でも、種類いっぱいあるよ?」

「えーとね、これよ、これ!これ消しやすいの!」

「へー…」

 この時の私はまだ消しやすい、消しやすくないの違いが分からなかったので微妙な反応しか出来ませんでしたが、自分が欲しかったものを手に入れた時の姉の笑顔が好きでした。

 事件はこの日起こりました。

「それにしても、もう春だね~暖かい!」

「うん…」

 そんな話をしていた時、けたたましいサイレンの音が聞こえてきました。これが空襲です。

「うわ!空襲だ!アズマ、逃げるよ!」

「あっうん…」

 私の勘は他の土地神よりも鈍く、この時はまたか…という思いだけでした。

 しかし、その空襲は予想を遥かに上回り、様々な建物が燃えて倒れていきました。

「何よこれ…今までと違うじゃん!」

「…お姉ちゃん…………」

 私は怖くてずっと姉に引っ付いていました。しかし、少し私たちが離れたすきに

「きゃあぁぁぁああ!!??」


_姉の悲鳴が聞こえてきました。


「!お姉ちゃん…!?」

 私が後ろを振り返ると、そこには下敷きになった姉の手が伸びていました。

「お姉ちゃん!!!!」

「…アズマ、よく聞いてね」

「お姉ちゃん…?」

「…ここからいつもの防空壕に逃げるの…それからはなんとかなるから…」

「お姉ちゃんは、どうするの…?」

「…………」

 その後、姉からの返事はありませんでした。その時の私は姉が死んでしまったと泣いてしまいましたが、あの時、きっと姉は生きていんだと思います。そのまま、姉に構わず私が早く防空壕に辿り着けるようにと…

 …すみません、今泣くだなんて…情けないですよね…

 その後、私は無事泣きながらも防空壕に辿り着けました。少し火傷は負ってしまいましたが…姉が受けた傷とは比になりません。

 やっと空襲が終わりました。その日はそのまま眠ってしまいましたが…何日か後、外に出ました。

(………何これ)

 まず、間違いなく私の知っている東京ではありませんでした。家は焼けて倒れて…もう火は消えていましたが、恐ろしい光景でした。

 私は帰る場所もなく、そのまま防空壕の中で過ごすことになりました。…しかし、お金も底をついた…食料も…

 ここで死んでしまうのかな、と。その時はむしろ、姉のところに行けると歓喜するくらい気が動転していました。

 数日後、私はもう餓死寸前でした。何も考えられずボーっとしていると、外から声が。

「神都アズマくんは…居ますか…」

「アーーーズマーーーー!!出ーてこおおおおおおい!!」

「まさか…もう…」

「神奈川!!変なこと言わないで!アーズマー!生きてんでしょ!?」

 二人の声が聞こえました。何処かで聞き覚えのある二つの声が。しかし、その時の私は自分が呼ばれているなど思う暇もなく、返事すらできませんでした。

「…え?ここ?」

バンッ

「アズマくん…?」

 勢いよく防空壕に入ってきた二人。黄土色の髪が美しい少年と、透き通った綺麗な白い髪の少女でした。

「あ………アズマッ!!!!!」

「辛かったねアズマくん…もう…大丈夫だから…」

 そう言って二人は私を抱きしめてくれた。幼かった私には理解ができませんでしたが、とても嬉しかったのは覚えています。

 そして、その二人が誰なのか…はっきりとすぐに分かりました。優しくなだめてくれる神奈川県の土地神に、強く苦しい程に抱き締めてくれた埼玉県の土地神。私が大好きだった二人でした。

「事情は何も言わなくても分かってる…分かってるから…僕のところへおいで。」

「ほら!行くよ!!アズマ!!!ご馳走が待ってるわよ!」

「え…」

「はは、遠慮しないで、アズマくん。大人なんだね…でもそんなに弱っていたら、東京都の土地神、できないよ?」

 その後、私は関東基地へ連れていってもらい、ご馳走を頂きました………えー、神奈川さんの作る中華料理は、絶品でした。

…神奈川さん、これで良いんですよね?(小声


神奈川「…うん!東京!おけぃ!」

東京「神奈川さん…最後の一言要りました?」

茨城「其れにしても、懐かしいな。東京が未だ東だった頃の話か。」

埼玉「私が一発芸披露したことも言ってくれたらいいのに」

群馬「あんなん平気で見てられる訳ねぇだろ」

千葉「あれは寒すぎた。草も生えんわ」

埼玉「えなんか冷たくね」


東京「皆さんのおかげです。ぎこちない私が東京都を背負えているのは…」

栃木「東京さんは最近頑張りすぎです…たまには休んでください…」


栃木「そちらの方が、お姉さんも喜びますよ」


 …栃木さんの言う通りですね。姉もきっと、元気な私が好きなのでしょう。


 姉さん、今は何をしていますか。私のこと、覚えていますか。貴方が大事にしていた弟です。あの時、貴方が守ってくれたこと、一生、いえ、永遠に忘れません。

 貴方が護ってくれたお陰で、私は今の仲間と巡り会うことが出来ました。

 ありがとう、姉さん。

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東京の記憶 猫田 @kantory-nekota

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