七 忘却
……なんで、紫苑が消える話しになっている?
「相馬が言うには、記憶を奪われた人間はどこかへ連れ去られるっていう認識でいいのよね。言葉が怪しい相馬のいうことだから、これを念頭に置く」
「わたしね、ずっと消えたかったの。相馬が褒めてくれたいろんな言葉があったけど、どれも昔に意地悪に言われたことがあるの」
「小学生のときが一番酷かった。わたしだけ仲間の輪から外されてて、一緒に遊ぼうっていっても『お前は勉強してろよ』って。日本語だけじゃないけど、皮肉ばかり言われてると本当の意味が分かんなくなるのよね」
「疎まれ、妬まれ、蔑まれ……。何度もこの世から消えたいと思った。でもやっぱり死ぬのだけは怖いから、今、死なずとも存在だけが消える方法があるのなら、それをわたしに譲ってほしい」
しおんの目は腫れていた。鼻があかくそまり、頬もほんのりと熱をおびている。
紫苑はそのままつうがくかばんからペンを取りだした。
「なにを……」
俺は止めようとしたが、ズキズキとのうがひめいをあげるせいでうまくうごけなかった。
「所有権を持つものの記憶が奪われる。そして、メモリーノートの所有権は簡単に譲渡が可能。現代セキュリティならありえないわね」
そうしてしおんはメモリーノートの表紙をみせた。
――『相馬灯哉』の上に二重線が引かれ、その上に『小野原紫苑』と書かれていた。
「他人ですら簡単に所有権が奪えるんだから」
そういった瞬間、紫苑は膝から崩れ落ちた。
「そんな! 紫苑!」
ハッと立ち上がり、目の前に倒れている女の子のもとに駆け寄った。
誰だか分からないが、こんなところで倒れていてはいけない。
すると、その場に一人の男がやってきた。
「おお、おお……まさかこんなことになるとは……!」
灰色のフードに身を包んだ、怪しい男だった。
「紫苑……お前まで、こちら側に来ようというのか……!」
「すまない……寂しい思いをさせてしまっていた。不甲斐ない父親で、すまない……!」
その男は女の子の身を抱いておいおいと泣きわめいた。
▲▼▲▼
今回も駄目だった。
返却された一学期末考査の点数を思い出すと、口の中が苦い。
頭から勉強したことがすっぽり抜け落ちたような感じで、テスト中はボーっとしてしまっていた。部活漬けだったからかもな。あんまりバスケのせいにはしたくないが。
飯島と点数を見せ合うと、「結局大したことないやん」と笑われた。おのれ。
何だかイラついたため、家には帰りたくない気分だった。
俺はそこら辺の通りに入った。
路地裏の奥には、奇妙な文房具屋があった。
「いらっしゃいま……」
店主らしき若い少女は、俺を見ると凍り付いてしまった。
そんなに人が来るのが珍しいのだろうか。
「相馬……元気で良かった」
灰色のフードを被ったその子からは、ラベンダーの懐かしい匂いがした
Memory Note 酢と鶏卵の逢引 @EggAndVinegar
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