幼馴染のTSオレっ娘ロリとデートに行った話

須山ぶじん

幼馴染のTSオレっ娘ロリとデートに行った話

「うぃーっす、おまたせー」


「よう、来たか」


 都内のとある駅前。高校二年生の少年、風見拓斗は、一人の少女と待ち合わせていた。午前十一時に駅前噴水広場で、という約束に対し、拓斗が十分前で、少女のほうは時刻ちょうどの到着である。


「ふぃ~、今日あっちぃな」


 そう言いながら片手を団扇のようにして自身を扇ぐ、この少年っぽい口調の美少女は日下部由宇。ややウェーブがかったショートボブのヘアスタイルに筋の通った鼻筋、そしてどこか気の強さを窺わせるキリッとした目付きをしている。拓斗と同い年のクラスメイトかつ幼馴染という関係だが、背が百五十センチに満たない小柄さのせいか、よく兄妹に間違われたり。ついでにいえば、胸部や臀部も小学生レベルだ。


「もう五月も半ばだからな。夏本番ほど暑くないとはいえ、春は完全に終わってる」


 そう拓斗が返すと、彼女はため息をついた。


「はぁ~。暑いの嫌いだから、オレ的には永遠に春秋のローテがいいぜ」


「残念ながら、地球は個人的な要望は受けつけてない」


「ったく……。早く映画館行こうぜ。今日みたいな日ならクーラーつけてるだろ」


「そうだな」


 確かに暑いのは苦手なのだろう。薄手の白色ノースリーブブラウスに臙脂色のミニスカートと、すでに格好はほぼ夏向けだ。


「なんだよ、こっちジロジロ見て」


「……あ、いや、お前、最近女の子の格好すること、ほんと多くなったよな。下着もガチだし」


「そりゃ、いつまでも男の服装ってのもな。サイズも合わねーし。……つか、往来で下着の話すんな!」


 と、由宇は薄っすら頬を赤く染める。


「あ、悪い……。つい、お前とだと軽い感じで話してしまうな」


「ったく、そのまんま持ってくんなっつーの。オレが〝男だったとき〟のノリをよ」


「そうだな……」


 ――そう、何を隠そう、由宇は〝元男の子〟である。


「デリカシーってのを持ってもらわねーとな! 頼むぜ?」


 この世の中には男性がある日突然女性化してしまうという、俗に〝TS病〟と呼ばれる病気がある。一度かかったら治らない不治の病で、それに彼――いや、今は〝彼女〟だが、罹ってしまったのだ。


 この病気に罹りやすい人の特徴として、決まって生まれつき背中に小さな天使の翼のような痣があると言われており、拓斗にはなかったが、由宇には小さい頃からそれがあった。ただあくまで〝そのうち罹りやすい〟というだけで一生何事もなく終える人もいる。そのことから、特に由宇自身はずっと意に介していなかったのだが、ついに先月罹ってしまい、朝起きたら背丈や体型、顔付きが元の容姿の特徴を残しつつ、女性化していたのだ。


 ちなみにだが、女性になったあとも背中の痣は消えていない。


 当然といえば当然だが、女性化してすぐは由宇もかなり混乱していた。しかし本人の元々の性格がポジティブなこともあり、このとおりすでに前向きに受け入れている。


「ちなみにだけど、最近ケッコーこういうの、可愛いって思えるようになってきたんだよな。価値観って言えばいいのか、物の見方もどんどん女になってるみてーだ」


「確かに、可愛いな……」


 と、ついポロッと本音が出てしまった拓斗だった。元男の子といえど、正直容姿はどこからどう見ても美少女。そんな子が意識してオシャレしてくるのだから、可愛くないわけがない。


「……ふっ、毎度そう言ってくれる誰かさんがいるから、ってのもあるかもしれねえな」


「お、おう……」


 そんな返しをされると、思わず照れてしまうというものだ。



     ×    ×    ×



「ん~! 冷てぇー!」


 と、由宇はバニラ味のアイスクリームを口に含み、そのひんやり具合の幸福感に浸っていた。


 あれから映画を見終えた二人はその後昼食も食べ終え、適当にモール街を歩いて散策中。このアイスクリームはさっき移動販売車で購入したもので、拓斗も同じ店でチョコ味のを購入している。


「あ、風見くん!」


 ふと後ろから聞こえた声に、拓斗と由宇は振り返った。


「お、中川か」


 こちらに駆け寄ってきたのは、中川早苗。拓斗や由宇と同じクラスメイトだ。長めの髪を茶色に染めており、ややギャル寄りの外見をしている。


「それと、日下部……〝さん〟? いや、〝くん〟? ごめん、未だに慣れなくてさ……」


 中川は由宇の呼称に悩んだ様子を見せる。もちろん周囲の人間は由宇が男性だったときも知っているので、時折どちらで呼んでいいのかわからない人も出てくるのだ。


「べ、別に好きなほうでいい。まだ〝くん〟付けのやつ、他にもそこそこいるし。面倒なら呼び捨てでも構わん」


「そうなんだ?」


 と言いながら、なぜか拓斗と由宇を交互にしげしげと見つめると、


「じゃあ、日下部〝さん〟って呼ぶことにするわ!」


「お、おう」


 少し気圧されたような反応を見せる由宇。実は彼女、こういうイケイケなキャラが苦手だったりする。意外と人見知りする部分もあり、拓斗のようなよく知る相手以外だと一線を引いてしまうのだ。

 拓斗のほうは特に苦手というわけでもないので、普通に中川に対して会話を始める。


「中川、一人なのか?」


「いや、カレシとデートだし! ……と言いたいとこなんだけど、普通に三坂っちとブラブラ。でもあの子、さっき家の用事で帰っちゃってさ。あたしもしゃーないから、これから帰るトコ」


 〝三坂っち〟とは、同じクラスの女子、三坂さんのことだ。中川と仲がいい。


「なるほどな」


「で、そっちはもしかしてデート?」


 ニヤニヤとイタズラっぽい笑みで、中川は詮索してくる。

 それに慌てて即レスしたのは、由宇だった。


「ち、ちげーし! ただ映画観て、飯食って、ブラブラしてるだけだ!」


「いや、それデートじゃん……。つか、付き合ってんでしょ? いつも一緒だし」


「ハァ!? 付き合ってるわけねーだろ! オレ、元々男だぞ!?」


 どう見ても、一番嘘だと思われやすい否定の仕方に、隣にいた拓斗は苦笑を浮かべる。懸命に否定したいんだろうが、客観的に見れば〝事実をドンピシャで指摘され、焦って嘘で否定している〟ようにしか見えない。


「あーはいはい、わかったから!」


 中川は彼女があまりにすごい剣幕で迫るので、これ以上突っ込んでは面倒だと思ったのか、適当に彼女の主張を受け入れることにしたようだ。


 そのとき、ふと拓斗はあることに気づく。由宇の唇のすぐ横に白い粘液状の物体がくっついていた。バニラ味のアイスクリームだ。どうやらさっきの中川との問答に意識が割かれたせいか、まだ自覚していないらしい。


「おい、由宇。アイスついてるぞ」


「ふぇ?」


 と反応を寄越す由宇。拓斗はそんな彼女の唇横のアイスを指で拭うと、そのまま自分の口に持っていった。


(お、バニラ味もなかなか美味いな)


「あっ、オレのアイス、ネコババした!」


 と、突然心外な抗議が飛んできた。


「は? たったのひと舐め分くらいいいだろ? ケチケチすんな。それよりアイスつけたまま歩いて恥をかくのを、俺が未然に防いでやったんだぞ。感謝しろ」


「うっせ。オレの大好きなバニラ味を取った事実は変わんねえだろ! オマエのチョコもよこせ!」


 と言って、拓斗が回答する前に強引にアイスを持つ手を引っ張ると、すでにかじられていた部分にぺろりと舌を這わせてチョコアイスを持っていった。


「おい、今取った量、お前の口についてたやつより明らか多かったぞ」


「オマエこそケチケチすんじゃねーよ。ったく、小せえオトコだな~! ナニはそこそこあるくせに」


「〝小せえ〟だと? お前の〝まな板〟を見て言えよ」


「あー! 今オレのタブーに触れたな! 気にしてんのに!」


「別に気にすることじゃないだろ。俺はしてないし」


 ――なんて、言い合っている二人に対し、それを眺めていた中川は一人呆れた目を向けてボソッと呟くのだった。


「〝付き合ってるわけねーだろ〟……ねえ」


 と。



     ×    ×    ×



 中川と別れたあと、拓斗と由宇はしばらくカフェで時間を潰し、その後電車に乗って家の最寄り駅まで戻ってきていた。


 物心がついたときから何度も通り、すでに見慣れたいつもの歩道を二人並んで歩く。空は夕日のオレンジによって綺麗に染め上げられていた。


 ふと拓斗はポツリと切り出す。


「さっきのさ、言ってしまっても良かったと思うんだよな。いろいろ恥ずかしいとか気になるとか、わかるけど」


「んあ? 何の話だ?」


 ぽかんとした様子の由宇。どうやらピンときていないらしい。いつも二人でいるとたくさん何でも話すので、話題の履歴が常にパンク寸前。その中から過去のことを振り返っても、発掘するのは大変だ。


「いや、なんでもない」


 話題が続かないなら、この話はここで終わりだと拓斗は首を横に振った。

 それから歩いていると、ドラッグストアが見えてくる。この横の道から住宅街に入ると、それぞれの家はもうすぐだ。


 そう、拓斗と由宇はご近所同士でもある。それなのに今日わざわざ待ち合わせなんてしたのは、まあ、単純にそれっぽい雰囲気がするからという、しょうもないけど、二人にとっては大事な理由からだった。


「あ、そうだ」


 ドラッグストアの看板を視界に収めた由宇が、何かを思い出したように口を開いた。


「〝アレ〟……買って帰るぞ」


 少し恥ずかしそうに、声のトーンを落としながら。


「アレ……?」


 何の話をしているのか、まるでさっきの由宇のようにぽかんとしながら、拓斗は首を傾げる。

 すると、由宇はなかなかイメージが共有できない彼に、思わず声を荒げた。


「〝アレ〟だよ、〝アレ〟! この前丸一日、一切使わずにしただろ!」


 そこまで言われたら、具体的なキーワードを出さなくてもさすがの拓斗も把握。


「あー……〝アレ〟か」


「当たっちまってバレるとか、ハズいどころの話じゃねーしな。まあ、あんときはオレもオマエに夢中で、何も考えてなかったけどよ……」


「買っておくか。いくらくらいだっけ」


「……オレの調べによるとだな、必要なのは六千円だ!」


「え、そんなに高いのか!?」


 バイトもしていない高校生にとって、その金額は大金であった。


「ほらよ、半分出してやる。はみ出た分は、今回は拓斗持ちってことで。次回はオレが出すからよ」


 彼女はポケットから財布を出すと、千円札三枚を取り出して拓斗に押し付けた。どうしても買わせたいらしい。しかしそれは確かに必要なものであることは拓斗も理解している。特に由宇のために。


「わかった、買ってくるよ」


「んじゃ、オレは外で待ってるぜ。頼んだ」


「へいへい、行ってくる」


 特に彼女がついてこないことには文句を言わなかった。確かに〝女性〟が買う場に居合わせるのは、恥ずかしいだろう。特にプライドの高い彼女なら。



     ×    ×    ×



 店内に入るとポケットの中のスマートフォンがバイブの振動で揺れた。取り出すとチャットアプリに由宇からのメッセージが届いている。彼女から、ある通販サイトのURLが参考として送られていた。


「〝評判がいいからこれがいい〟……か」


 拓斗はそのURL先にあった商品の画像を見ながら、棚の前を歩き、画像内にある『幸運の0.01ミリ』と書かれた箱と同じものを探した。


「お、あった」


 一つあたり、だいたい税込みで千二百円弱だ。

 そして彼女が所望していたのは、確か六千円。つまり、一つあたり六千円なのではなく、一つ千二百円のものを六千円分まとめて買えということだった。


(って、どんだけ買い込むつもりだよ、あいつは!)


 と思いつつ、直後〝確かに使いそう〟と思い直した拓斗は言われたとおり六千円分買ったのだった。



     ×    ×    ×



 それから例の箱の入った買い物袋を提げた拓斗は、家を目指して住宅街を歩いていた。由宇はその数歩後ろで、うつむき加減に付いてきている。


「あ、あのさ。なんだかんだで、いつかは当たっちまうのかな?」


(え……?)


 昼間と違って、どこかしおらしい様子の由宇の声。

 そこにはこちらを慎重に窺うように、緊張の色合いも帯びていた。

 そして、その意味に気づかないほど、拓斗は鈍感でもない。


「……かもな」


 その返答に、次に聞こえた彼女の声には打って変わって安堵が満ちていた。


「当てちゃうのは……い、いろいろ準備ができてからにしよーぜ。オレはともかく、オマエはまだ十七だしさ……」


(それって……)


 つまり、互いのこの先について、一つの合意がされたわけでもあり――。


 拓斗は今の彼女の表情が見たくなって、立ち止まって振り返った。


「由宇……!」


「ちょっ! い、今はハズいからこっち見んな! と、とにかく、買うもん買ったし、帰るぞ!」


 そういうと、拓斗を抜かして先々一人で進んでいく。


 正直、〝付き合ってる付き合ってない〟は、とっくに過ぎ去った話。

 見ているのは、もっと未来のこと。


 どんどん歩いていく彼女の背中に拓斗は、


「帰るのはいいんだが、〝一緒〟に帰るのか? それとも今日は〝別々〟にするのか?」


 と、声をかける。

 その質問の意味にすぐさま気づいた由宇は振り返り、


「オマエ……」


 と半眼で睨みつける。その頬はほんのり赤い。きっとその赤色は、夕焼けのせいではないだろう。


「……ったく、い、〝一緒〟に……決まってんだろ」


 と言って、顔を背けながらも、明確な意思表示。


 こういうところがまた可愛いと、拓斗は思う。


「やっぱ気が合うな。俺も同じ気持ちだ」


 このあと二人は由宇の家へ向かった。この日、彼女の両親は夜遅くまで帰らないという――。


(了)

 

 ※すでに『小説家になろう』で公開済みの短編作品です。

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