第11話 グロリアの物差し

 ―――ルースの決闘宣言から数日後。ギルド内地下鍛錬場は、大勢の客や屋台、そしてルースとブルー、どちらが勝つかという、賭けの胴元の大きな声でにぎわっていた。ギルドの地下は人いきれで、外気よりやや温度が高く感じられる。


 地下鍛錬場は、元々地上にあった鍛錬場を、町の人間の『うるさい』『危ない』、そして『怖い』という苦情に対応するためにできた施設である。


 舞台を中心に鍛錬場を柵が囲い、その周りを後ろの人も良く見えるように、すり鉢状に座席が設置。最上段には様々な屋台が並べられるように、広くスペースがとられていた。ときどきバザーの会場となることもあったり、闘技会を開いたりと名前のわりに多目的な使い方をされている。


 そんな屋台が並ぶ最上段から舞台を見下ろす強面と、覇気が薄い支援魔術師が並んで会話をしていた。


「やりすぎじゃねぇ? おっちゃん」

「そう言うなよ。祭りの理由にはちょうどいいだろ?」

「それはわかるけどさ……」


 売り上げを想像し、にやけ面が止まらないジェイソンの言葉に、呆れと同時に出たため息とともに、横目でとある場所を見るルース。そこには、同じく最上段に並び立つ栄光を掴む手の面々が、それぞれの表情を醸し出していた。


「何だこのバカ騒ぎは……」

「いいじゃない、ね? 人前でルーズをぼこぼこにできると思えば。そうよね? ダンク!」

「えっ? 俺? あぁ、うん。ギャラリーの前でルーズを完膚なきまでに叩きのめせると思えば、これはむしろルーズにとっては地獄だぜ」


 あまり見ないブルーの怒りの表情に、おたつくダフネと、いきなり話が降ってきて、何の用意もできていないのが丸わかりのダンク。以降も二人はヨイショを繰り返していた。付き合いの薄いフレイヤは、なんとも言えず黙ってその場にいるだけだ。


 この程度のことが許容できないとは、さすがヒーロー。勇者を目指す正統派は、自分が見世物になることが我慢ならないようである。もっとも偉業をなした勇者は、子供に読み聞かせる絵本の英雄になったりだとか、本当かウソかわからない出来事とともに吟遊詩人によって語り継がれるため、結局は見世物になってしまうのだが、そこいら辺のことはすっぽり抜け落ちているのは、なんともブルーらしかった。


 まぁ、他にも原因があって……


「アタシはルースに賭けたからな。頼むぞ!」


 並んでいたのはジェイソンとルースだが、その後ろにはグロリアが赤い札をズラリと持って、笑顔で立っていた。「全財産だ!」と言い放つ豪快な女性は相変わらず体にぴったりした服を着て、色気を無造作にまき散らしているが、意図的ではないため、本人の顔は爛漫なものである。それがまた視線を集めるのだが、気にした様子はない。


 ちなみに赤い札はルース、青い札はブルーを示し、倍率はなんと5対5のイーブン。ブルーのいら立ちはここらへんにも原因がある。


 購買層に関しては見事に分かれ、ルースのほうは現役冒険者、それもそこそこ生き残ってきた中堅からベテランが多く、他には現場仕事を生業とする町衆など、ルースに関わったことがあるものが多い。


 対してブルーのほうはと言えば、甘いマスクに若い女性たちがほれ込み、無償で人助けをするような英雄行動に、若くない女性もほれ込みということで、ほぼ顔、そして聞こえてくる噂だけでブルーの方がいいと、青い札を購入しているようだ。ただし、そこにはできる女性冒険者の姿はない。伸び悩む若手女子や、ルーキーたちはこぞって購入しているようだが、こういう偽善的な行動をとるブルーを、毛嫌いする女性冒険者もいるのである。


 冒険者として高みに立ちたいブルーにとって、この差は屈辱的なものだった。誰でも知っているような異名を持つ冒険者は、ルースが勝つと思っているのである。これでは、自分の見る目が全くないと、口ではなく行動で示されているようなものだ。


「くそっ」

「あっ、待ってよ、ブルー」


 苛立ちを言葉にし、ダフネのそれに返事をすることなく、どこかへと歩き去るブルー。パーティメンバーは、目配せすると、誰からともなくブルーを追う。ここに残ったのはグロリアだけである。


 ブルーたちの後ろ姿を見届けると、グロリアに聞いてみるルース。


「いいのか? 行かなくて」

「いいよ、別に」

「さよけ」


 微塵も興味がなさそうに、そっけなく返事をするグロリア。それを見て、いつか聞かされた、部族の掟とやらを思い出す。


 グロリアはどこかの辺鄙なところに住む少数部族の出身で、その一族は一つ、大きな問題を抱えていた。それが『女系一族』というものである。


 理由は全くわからないのだが、誰が、どれだけの数、子供を産んだとしても、生まれてくるのは必ず娘。なので、近くの村の次男三男以降の余った男子と、合同お見合いという形で、婿に来てもらうという風習であった。もちろん、村にも配慮し、精々半々といったところであったが。


 しかし、そのような女だらけの里、おかしな連中に狙われないわけもない。下碑た欲望を持った男どもが、力でもって里を支配しようと企んだりしたのだが、それを防いでいたのが、純粋に『強さ』というのだから、どんだけだという話だ。

 数多い襲撃をしのぐうち、やがて里に手を出すことはアンタッチャブルとなり、里には静けさが戻ったのだが、今度は里の女の強さにビビり、婿に来てくれる男もいなくなるという風評被害が重なったため、自ら伴侶を探す旅に出るようになったという。


 そんな女たちの物差しはやはり『強さ』。それはグロリアも例外ではない。昼行燈として動く中、初めはやはりブルーに付きまとっていたはずなのだが、いつしかそれはなくなっていった。


 豪快さが表に出るグロリアだったが、意外と繊細な部分も持ち合わせており、ルースとダフネがいい仲であった頃は、決して付きまとうことはなかったのだが、いつの頃からかルースに近づき、コミュニケーションを交わすようになったのだ。


(今から思えば、アイツが周りをちょろちょろするようになったのは、ダフネとギスギスし始めた頃だったか……)


 ただ、伴侶に強さを求める部族出身のグロリアが、ブルーではなくルースのほうに興味を示すということは、ルースのほうが『強い』と思っているに他ならない、何よりの証明だった。

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(未完)ブルース&ブルース ~優雅なスローライフを望む支援魔術師と歴史に名を残したい勇者~ お前、平田だろう! @cosign

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