第10話 沙汰
どことなく口を開きにくい空気が漂う中、皆が最も聞きたいことをブルーが聞く。こういう所は非常にリーダーっぽい。
「……それで? 俺たちはいったいどうなるんです?」
「しばし待て。まだ役者がそろっていない」
ブルーの諦めの混じった、抵抗する気のないセリフに対して、ここにはまだ人が足りていないという意味にとれる言葉を告げると、再び黙り込むギルド長。動きが少なく、変化があるのは、葉巻の長さと灰を落とす動きだけである。
沈黙が空気を支配する中、それをかき回す存在がやがて現れる。それは三度のノックをもって訪れを示した。
「……誰だ」
「ギルド長。ブルースさんをお連れしました」
「入れ」
「—――ではブルースさん、どうぞ」
「何だよ、全く……おっちゃん、入るぞ」
そう言って気安い感じで入ってきたのは、二人目のブルースことルース。栄光を掴む手が一番会いたくない相手だった。ただ、全員がギルド長との関係を気にしていた。「おっちゃんって何!?」と。
それに答えたわけではないのだろうが、ルースが一同をぐるりと見渡し、グロリアの姿を認めると、グロリアが「よ」と手を挙げて軽い挨拶をし、「よ」と気安く返事をするルース。この二人に別にわだかまりはないので、いたって普通に挨拶を交わした。他は無視である。わだかまりありまくりだ。
それに対して、身勝手にも苛立ちを感じるグロリア以外のメンバーだが、やったことを考えれば、筋違いもいいところであった。
元メンバーへの対応もそこそこに、ルースはギルド長『ジェイソン』に軽く手を上げ、要件を尋ねた。
「どうしたのさ、おっちゃん」
「いや、こいつらから詫び受けてねえだろ。頭下げさせようと思ってよ」
「いらないいらない。詳しく聞いたら、僕のほうに罰則ないし。こいつらの頭にそんなに価値ないよ」
まるで親戚と話すように会話を始めるルースとギルド長ジェイソン。そもそもこんな強面相手に『おっちゃん』呼ばわりするほうもそうだが、されるほうも気分を害した様子はない。普段からこんな感じという、何よりの証拠である。
それよりも驚いたのは元メンバーである。曲がりなりにもそれなりの期間、付き合いはあったが、ジェイソンとこれほどたやすく交流ができるところなど見たことがない。ついでに言うなら何のために呼ばれたのかもわかって、ヨカッタヨカッタ、なんてなるわけもなく。
誰もが困惑する中、やはり口を開いたのはブルーだった。
「あの……」
「ん? なんだ? ブルー」
やはりギルド長とて二人ともブルースなのはややこしいのか、愛称でブルーのことを呼ぶ。それがなぜか、気安く思えてうれしく感じるブルーだが、今現在は自分たちの断罪の場であることは、ルースに対する言葉を聞けばすぐに分かる。そしてやったことに対して、素直に反省できるのもブルーの気質と言える。助けたいから助け、いらないからいらないと言う。悪いことをしたと思ったら反省する。
良くも悪くも正直な男なのだ。
それはともかく―――
「二人は知り合いなのですか? 随分と仲が良さそうですが……」
「む……勘違いするなよ。確かにこいつの婆さんとは知り合いだが、だからと言って依怙贔屓するつもりはない。今回の件は単純にお前たちが、そこのバカな女の提案に乗ったことが原因だからな」
そう言うと、首だけを動かして受付嬢のほうを見る。さすがにやったことが悪いことだと理解できるからか、それともジェイソンが強面だからか。受付嬢が小さく「ヒッ」と悲鳴を上げる。それを見てジェイソンが視線を逸らすと、再びブルーのほうへと顔を向けた。内心は密かに傷ついていることを知るのは、ルースだけである。
「メンツは揃ったから、処分を発表する」
平静を装い、ジェイソンは続けて処分を告げていく。パーティランク及び、個人ランクの二階級ダウン。自主的なクエスト受注不可。パーティ財産の全没収。賠償金の支払い。次やったら冒険者資格の抹消等々が、ブルーたち栄光を掴む手に課せられた。だが、グロリアには課せられなかった。
これは、白昼堂々の犯行であったうえ、比較的建屋内は静かで、退屈な時間帯であったことから、目撃者は多数。彼らは知らないことだが、あの場は非常に注目されていたのである。
後の要因としては、この受付嬢、生まれの良さをやたらとひけらかす女性であったらしく、機嫌を損ねていた同僚が、全く庇護に回らなかったことが原因である。
このようなことがあって、正しく沙汰が下されたわけだ。
受付嬢は、賠償金の支払いが終わるまで無給で強制労働。労働時間は今まで通りだが、俸給はギルド最低ランク。払い終われば、そこでクビという、素晴らしい(笑)未来予想図を受付嬢に描かせることに成功した。
魂が抜けているという表現がぴったりなくらい、口が半開きの受付嬢。ルースは「ザマァ」と心でギルドを絶賛した。
そんなルースに、ジェイソンは水を向ける。
「……こんなとこでどうだ、ルース?」
「……まぁ上等でしょ。グロリアには罰いってないし」
こういうところでは、相手の権力如何によっては、冤罪を吹っ掛けられたりすることがある。一番それがありそうなのが、受付嬢の親御さんなのだが、非常に良くできた貴族で、なんでこの親からアレが育ったのか、理解できないとギルド長は語る。
元メンバーにそういうのはないのは分かっているので、ルース的にはこれで完全決着である。
ルース的にはだが。
やはりといってはなんだか、納得できない者もいる。新メンバー、フレイヤである。仕事もしないうちに、犯罪者扱いである。あの時、口を出していればいいものを、今となっては後の祭りだが、今頃口を挟み出した。
「ちょっとお待ちください」
「ん……なんだ貴様。確か、フレイヤとか言ったか」
「はい。フレイヤ=ディ=クーパーと申します」
「クーパー……」
「はい」
名字持ちということは、フレイヤは貴族の係累である。こういう名乗り方をする場合、『ちゃんと考えて発言しろよ』という意味が込められる。冒険者ギルドのように、実力が物を言う組織であっても、全く影響を廃することはできない。
少し上から見下すような態度で得意満面。犯罪に荷担したのは不覚だったが、なかったことにしてしまえば、何の問題もない。そう考えての発言だったが、この強面。中々のタマだったようで……
「知らんな。で? それが何だ?」
「なっ! ワタシの父は……っ」
「貴族なんだろうな」
「ですからっ」
「ここでは権力なんぞ、何の意味も持たん。権力は森に入ったとき、モンスターの襲撃から助けてくれるのか?」
「うっ」
「討伐対象が加減してくれるのか?」
「ううっ」
「黙って命を差し出してくれるのか?」
「くっ」
正論で三連続で言い負かされ、フレイヤはアッサリと膝をついた。どうやらギルド長ジェイソンは、忖度する気なぞ全くないようだ。
小気味良く言いくるめられて、ルースは非常に気分が良い。顔を青くしてオロオロしているところなんか、元カノがブザマに堕ちていくようで、いい気味とすら思える。。
とはいえ、である。
ルースにとって、ジェイソンは色々面倒を見てくれた恩人だ。受付嬢やフレイヤ本人、あと御当主たちは押さえられるかもしれないが、周りに侍る者たちが暗躍しないとも限らない。
そこで一つ提案をすることにした。
「おっちゃん」
「何だ? ルース」
今日はやたらと「何だ?」といっている気がするジェイソン。ルースに話の続きを促した。その一言は、結果としてブルーたちをドン底に貶めることになるのだが、今の彼には命綱にしか見えないものだった。
「決闘でケリつけない? あと腐れなくさ」
―――――――――――
弁償の単位は『ペリカ(笑)』
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