第9話 ブルーの気質

 ルースが無事、金を取り戻したその日の夕刻。『栄光を掴む手』の五人は、冒険者ギルドのとある部屋に呼ばれていた。その中には、何故か受付嬢の姿も。


 五人プラス一人は、煌びやかではないが、質と品の良いデスクの前に、立たされていた。


「……で? お前たちが呼ばれた理由はわかっているか?」

「「「……」」」

「無言は肯定ととるが構わないな?」


 腹に響くようなダンディボイスに、凶悪な眼力。顔にはずいぶんとシワがあるが、右目には大きな傷。目が塞がっているところを見ると、もうつぶれているのかもしれない。短く刈り込んだ真っ白な髪。同じく白い立派な口ヒゲ。デスクの上から見える腕は、今でも力だけは現役を感じさせる。


 そんな強面が、妙なプレッシャーをかけながら、確信をもってブルーたちを咎めている。


 口には葉巻をくわえ、苛立ちを表すようにポッポポッポ煙が立ち上り、返事を急かしているようだ。


 身に覚えがありすぎるので、下手な反論が命取りになりそうと迂闊なことが言えない一同。ただ一人、グロリアだけは全く関係がなかったので、目の前のダンディ、ギルド長に対し、全くプレッシャーを感じていなかった。よって当然の疑問を口にする。


「……ええっと、何をそんなに怒っておいでで?」

「……そうか、お前には関係なかったな。運がない冒険者は早死にするぞ」

「はぁ……?」


 なんのこっちゃとさらに疑問を深めるグロリア。その他一同は、「やはり」と警戒を露にする。グロリアは追放の場にはいたが、不正の場にはいなかったのである。心当たりがありすぎる残りの人員は、あのことだと確信した。


(なんてことだ……)


 ブルーは受付嬢の提案に軽々しく乗ったことに、激しく後悔していた。


 以前、ブルーはルースから口うるさくたしなめられたことを思い出す。


『もう少し考えてから動け』


 事ここに及んで、初めて実感したのだ。











 ブルーの性格を一言で言うならば『直情的で短絡的』である。思ったことは即実行、後先構わず動くのだ。例えばゴブリンの討伐依頼。割と頻繁にあちこちに現れるこのモンスターの特徴で脅威なのは『数』である。『一匹見れば三十匹はいると思え』などという格言も残されている。


 ある時受けた仕事は、被害を受けた村の傍に居付いたゴブリンを追い払うというものであった。実際、紙面上のクエストはすぐに片付いたわけであるが、その際取り逃がした数匹が、森の奥から群れを連れて再び現れたのである。


 数からして、付近の森には巣があることが予想されるわけだが、ここで意見が二つに割れた。


 ―――あくまで受けた依頼は達成したのだから、ここで撤退すべきという意見のルース


 ―――このまま放っておいては、村が危ないので報酬は出ないかもしれないが、きっちり原因まで取り除くという意見のブルー


 別にルースもこのまま放置すると言っているわけではない。話が大きくなりすぎているし、そこまで自分たちがハイランクの冒険者というわけではないし、こちらの数が心もとない。やるからには確実に潰さなくてはならないのだから、ゴブリンを上回る数でもって片をつけるというのが定石である。そもそもの前提条件が狂っているのだ。そのためにはいったん引いて、ギルドの指示を受けるべきだという意見である。


 反対のブルーの意見はすなわち、ロクな準備もないまま、『森の奥まで行って、ゴブリンの巣を殲滅する』というものである。文字にすればわずかなものだが、口で言うほど簡単なものではない。数が不明、巣の位置が不明、おまけにそういった巣には、一味を率いる強力な個体がいたりする。


 確実性を必要とする事案である。情報は何より大切だと言えた。


 ところが外聞的に良い方なのは、ブルーの意見だったりする。村人たちからすれば、うまくいけば余分な金をかけずに安寧が約束されるわけだし、ブルーたちからすれば、美談として一般に広く伝わるものであるからだ。逆に同業者からすれば余計なことをしやがってとなるが、ルースのように周りや後々のことまで、ブルーは考えていない。ただ、この時のブルーの心境としては、『ここでなんとかしなくては、村が危ない』と心から思っており、そこに打算は一切なかったとは言っておく。


 多数決で一対四。ルースに味方する者はいなかった。


 結果としては、ルースがうった保険(こんなことがまかり通ったら、今後この村の仕事は受けてもらえなくなる、と村長にし伝言を頼むことに。事態を重く見たギルド長が討伐部隊を編成。追加人員を派遣された)が功を奏し、数を捌ききれずに右往左往する羽目になった昼行燈を、あと一歩のところで討伐部隊が救出。怪我だけで事なきを得ることになったのだ。


 これで懲りればいいものを、ブルーは綺麗ごとを発しては、次から次へと厄介ごとへと飛び込み、これまで紙一重で切り抜けてきたのである。


 陰ではもちろん、後のことや周りとの関係にひびを入れないために、ルースが走り回ったことを付け加えておく。ついでに言うなら、ルースのそんな苦労を、ブルーは知る由もない。


 いつの間にやらルースとグロリア以外、つまりダフネとダンクはブルーのイエスマンと成り下がり、それがそのままルースとダフネの関係の亀裂へとつながっていくことになるのだが、それはさておき。


 このまま行ったら『勇者』に選ばれるんじゃないかという流言を真に受けて、勇者になりたいと思っていたブルーだが、よりによってしょぼい詐欺行為で罰を受けようとしているのだ。


 ちょっと考えればわかることなのに。

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