第8話 強かなギルド
あれから少しすると、昼を食べに来る客がぽつぽつ現れ始めたので、部屋に戻って普段着に着替え、宿を出るルース。後ろから「後で聞かせなさいよ~!」とか言っていた気がするが、気のせいだと断定した。
宿を飛び出してきたはいいものの、特に今日やることもない。既にやる気の虫だったブルー達とは袂を別っているし、なんとなしやる気が今一つわかないのだ。元々、やる気のある方でもないが。
「あ」
と、昼行灯本体もとい、栄光を掴む手(ルースは名前を変更したことを知らないが)のことを思い出したルース。残しておいたパーティ資金のことをすっかり忘れていた。
(いかんいかん。ギャラはパーティ資金を引いた残りで等分だった。返してもらわにゃならんな)
パーティごとにルールは違うが、ルース達のギャラ分けは、半分をパーティ資金、残りを人数割りとなっていた。
なんだかんだで付き合いも長い。バカにできない金額になっているはずである。ギルドに引き取りに行かないなんて話になるわけもない。
だが、ルースには一つ、懸念があった。
「このカッコで行ってもいいものか……」
昨日の騒ぎは、自分のせいではないとはいえ、ソコソコ派手にやった。ただでさえ支援魔術師はナメられる職種という自覚はあるので、丸腰で行ったらどえらい目に遭う可能性は高い。そういう面倒はゴメンである。
自分のことを正しく知る者は、ちょっかいなどかけてはこないだろうが。
暫しの逡巡の末、もう一度宿へ帰り、装備一式を身に付けてから行くことにした。
「……どういうことだ」
「どういうことも何も。既に昼行灯というパーティは消滅。ブルースさんの冒険者登録は死亡届けの提出をもって、削除されております」
ルースは、あれから時間をかけずにギルドにやって来た。今日は仕事をする気もなかったので、依頼ボードを見ずに、すぐに受付に行ったのだ。
面倒があるといけないので、受付嬢のところには行かない。どの子もそれなりにファンがいるので、危険が寄ってくる可能性もあるからだ。
そういったトラブルは回避できたのだが、手続きをしようとしたところで出てきたのが、先程の台詞である。なら自分はいったい何なんだと問い詰めたところで、「さぁ……」と相手も困惑気味である。困惑しているのはむしろ、ルースの方だというのに。
持っているギルド証も無効となれば、今後の活動に支障をきたすのだ。町の出入りにいちいち税を取られたり、そもそも冒険者として活動できない。
のんべんだらりのスローライフは、早くも暗礁に乗り上げそうである。
どうしたもんかと悩む二人。ちなみに対応してくれているのは、生真面目そうで、少し白いものが混じり始めたメガネの男性職員であり、ルースが何かやらかしたとは、微塵も疑っていないようだ。
このように、ある一定数の人は、ルースをきちんと扱ってくれるのである。付き合いが長いほど、その割合は増えていく。
コケにしてくるのは、付き合いが浅かったり、ルースの怖さを知らない者たちだけだ。
いったいどこのどいつだと、苛立ちが募り始めたルースをよそに、何かの台帳をパラパラとやっていた職員は、何かを見つけたようであるページをルースに向けて付き出してくる。
「ブルースさん、こちらを」
言われたところを見ると、いくつかのパーティの金の出し入れが書かれており、指差された所は、『栄光を掴む手』と書かれている。見覚えがない名だったが、職員によれば、昼行灯の名を変更したと説明を受けた。
(あいつら名前変えたのか)
仕事が速い。自分の歩いてきた道を、たった一日で全て否定された気分になったルースは、些か不愉快なものを抱えたまま、数字の確認へと移る。
パーティ資金の五分の一が引き出され、半分はギルド職員によって実家へと送り届ける旨、残りはブルーたちが引き取ったとバカ正直に書かれていた。隠す気もないようである。
「……何だこりゃ」
「どうやら何者かが、というか……ウチの者が不正を行ったようですな」
申し訳ございませんと、頭を下げる男性職員。余りの杜撰な犯行に言葉もないルース。
ルースは蟀谷をグリグリやりながら、再度確認する。
「これギルド職員の仕業なの?」
「はい。こちらに担当のサインが」
確かに女性の名前で、サインが書かれていた。
「調べてみなければ分かりませんが、時々こういったことは有るんですよ。ギルド総長が先日変わって、こういったことはできなくなりましたが」
「先日?」
「はい。結局、こういったことが起こる原因というのが、される方が『弱者』側だという見解なんです。冒険者を名乗るなら、そのくらいの困難、自分で何とかしろという」
ギルドは悪くない。されるやつが悪いということらしい。ただし、それは今までの話らしく……
「これが犯罪者の増加に一役買っていると、偉い方が言い出しましてね。総長が変わったことをきっかけに、改革が進んだというわけでして」
「良く今までもったな、この組織」
「そうそうこんなことありませんよ。夜道が怖くなります」
職員によっては、冒険者あがりのものもいたりするが、現場を離れた『元』と、なめられるからといって、切った張ったの最前線に身を置いていた被害者を比べるなぞ、論外の話である。最終的に、犯人はろくな最後を迎えなかったらしい。成功例がほぼ皆無なのも、抑止に一役買っていたということもあって、是正までいかなかったと職員は言う。
全然知らなかった話がポロポロ出てくることに、驚きを通り越して、呆れが出てくる。
「……それで? 運悪く僕が引っ掛かったと?」
「左様で」
「……はぁ」
ため息が出るルース。幸せが逃げますよと、他人事のようにのたまう職員に、気分がささくれだつ。
とはいえ、自分の金がかかっているのである。ギルドのシステムはこの際置いておいて、どうにかして取り返さなくてはならないのだが……
「あ、不法な手段だった場合、お金は返金されますよ」
「え? 返ってくるの?」
「それはそうですよ。ウチの不手際ですから」
「ギルドの運営費から?」
「いえ。がっつりこれでもかと証拠が残ってますから、当人たちに貸付と言う形で。利子もたっぷり乗ります。ただの労働力ゲットですね」
「……」
制度の見直しが行われなかったのは、むしろこれが理由だろと、ギルドの強かさを嫌でも感じることになるルースだった。
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