第7話 まだケリつけてなかったんだ
「ふぁぁぁ~……」
「……ちょっとルース君。もうみんな行っちゃったよ」
次の日。すでに昼近い時間になってから、ルースは寝巻のまま、のこのこと宿の食堂に現れた。あくび、寝ぐせ、ケツぽり(ケツをぽりぽりかく)と、だらしないの極みで現れたルースは、宿の看板娘の非難もどこ吹く風と、食堂の一席に座ると、朝だか昼だかわからないご飯を注文した。
嘆息し、しょうがないなぁとぼやく姉のようにふるまう彼女は、看板娘のアリエルというルースと同じ18歳。15で冒険者を始めたルースたちが初めに決めた定宿をそのまま今でも使用しているので、かれこれ3年程度の付き合いがあった。
ある程度の時間がたった後、少し多めの昼メニューを持ってきたアリエル。朝と夜だけ食事を出す宿が多い中、ここ『月の宿木』は利用者の声が大きかったのもあって、メニューを日替わりのみに絞ることで、ランチを出すようにもなっていた。
まだ昼時ではないので、いるのはルースだけだがもうしばらくすれば、宿の利用者や、町で仕事をしている人たちでごった返すことになるだろう。売り上げのパーセンテージもなかなかのものだと、アリエルの母『ユリエル』も言っていたことを、ルースは思い出していた。
食事に手を付けようとしたルースだったが、目の前に椅子の背にもたれかかるように行儀悪く座ったアリエルに気づき、口に運ぼうとしたフォークを止めた。
「どうした?」
「で?」
「……」
「何があったの?」
「……」
言いたくないわけではないのだが、なんというか好奇心でキラキラした目を向けられると、ルースとしてはジト目を向けるほかない。
だが、向けた圧力が弱かったのか、アリエルにひるむ様子はない。溜息一つつき、「食いながらでいいか?」と確認のような、しかし返事を期待しないセリフを呟くと、目を合わせないまま昨日のことを話し出した。
「何それ」
「僕のほうが聞きたい」
「まだケリつけてなかったんだ」
「あ、そっち?」
「それはそうでしょ。ここはそういうことしてもいいように、防音には気を使ってるの。なのにそれを乗り越えるような声出してるんだもの。ブルー君とダフネちゃんがそういうことしてるって、宿のみんなが知ってるわよ」
てっきりパーティ追放の話に食いついたのかと思ったら、どうやらブルーにダフネを寝取られていた話のほうが聞きたいようだ。
ルース君もそうでしょ、と言われるとそうっすねとしか言いようがないルース。初めてダフネの不貞を知ったときは、ご飯の味がしなかったのだが、今でははっきりと宿の恩恵を感じる。客からランチを要求されるのは伊達ではない。
「まぁ、他のお客さんからも苦情が出るくらいだから、何とかしてほしかったんだけれどねぇ……もうルースくんには頼めないわね」
「あ、お母さん」
「面白そうな話ね。私も混ぜてよ」
いつの間にか傍にやってきていた、アリエルの姉と言っても通じそうな若々しい女性が、そう言ってアリエルとは逆にお行儀良く座った、アリエル母ことユリエルは娘同様、期待で輝く目をルースに向けた。どうやら聞き耳を立てていたようで、一から話をしなくても済んだが、代わりに続きを要求されるルース。
「そもそもなんだけど」
「うん? 何?」
少しのどが詰まったルースは水を、一緒に持ってきてくれていた水を一口含む。
「ルース君童貞なの?」
「ぶふっ」
「……やってくれるじゃない」
「あらあら。それはアリエルが悪いわよ」
そういうとユリエルはテーブルを拭いた布巾で、アリエルの顔をごしごしと拭く。
「何すんのよ! お母さん!」
「何よ~、拭いてあげたんじゃない」
「布巾じゃなくてもいいでしょ!」
「他になかったんだもの~」
ぎゃいぎゃい吠えるアリエルに、困った子ね~と暢気に構える母ユリエル。ルースは袖口で口の端についた水を拭くと、アリエルの疑問にきちんと答えた。
「童貞じゃないよ」
「あら、じゃあダフネちゃんと経験済みなのね」
「へぇ……やることやってんのね」
「いや、まぁ……」
「「?」」
どうにも歯切れが悪い。だてに客商売をやっているわけではない二人は、ルースの返事から本当のことを言っていると確信していた。だが気になるのは後半部分だ。ルースの正面に座っていたアリエルは、ルースに詰め寄る。乗り出した姿勢ゆえに、襟元からそれなりに育った果実が見えそうになるも、渾身の力を以て視線をそちらに向けまいと頑張るルース。紳士である。
「誰なの?」
「え……っと」
「ははぁ」
またも歯切れ悪い返事にピンと来たのか、得意げなユリエル。知りたい欲求を視線に乗せて、母を見る娘。若干顔を引きつらせ、やめてくれと懇願するルース。
だが、世は無常。
「商売女でしょ」
「……もうちょっと言い方ありません?」
あっさりと看破されてしまった。アリエルのほうはピンと来ていなかったようだが、ルースの態度を見てそれが正解だと判断したようだ。視線に冷気が乗り始めた。
「でもねぇ……」
「……恋人がいながら、商売女に童貞食われるとかサイテー……」
二人とも、納得がいかないようである。というより意味が分からないのだろう。すぐそこに手を出しても怒られない女性がいるというのに、どうしてそちらで済ませないのか、と。
答えを求め、どちらもルースを見る。その視線はやや険しい。
だが、ルースには立派な動機があった。なので、威風堂々と話すことにする。どうせもう取り返しはつかないのだ。別に言ってもかまうまいという心持ちである。
(あぁ、そうか。いったん村に帰って神父のじっちゃに話しとかないとなぁ……)
あとは、ダフネの両親と自分の家族と……とやや思考が横にそれたところで、アリエルから催促があった。
「言えないことならいいんだけど……」
「まぁ、ここだけの話にしといてくれる? 変な奴が周りをうろついても困るし」
「なら、やめておきましょう」
「お母さん?」
変に間延びした喋り口が、急にしっかりしたユリエル。毅然とした態度で、拒絶を示す。
「ルースくん。そういうことなら、黙っておきなさい。私も宿を預かる女将として、ここに被害を出すわけにはいかないわ」
「え? あぁ、まぁそうですね」
(別にそこまでの話じゃない、よなぁ……?)
故郷の神父から聞かされた『聖女』についての話。呪いだのなんだのと色々あるので、不穏と言えば不穏。だが、眉唾物の話とも思っていたルースは、とりあえず手を出さなければいいという判断を下していたのだが、知らないほうがいいこともあるということも知っているので、ここはだんまりを決め込むことにした。
アリエルちゃんは全然納得いかない顔をしていたが、ユリエルに逆らうということは考えられないようだ。「ぬぐぐ」とか言っていた。
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