送り

きこりやし

第0話 自称大妖怪とただの人

「あの馬鹿!今回もこのお札全然効果ないじゃん!」

時刻は夜中の2時、シャッター街とはいえ一般人を巻き込まないようになるべく人気のなさそうな通りを選んで駆け抜けていく。

もう10分近く全力疾走をしているせいで疲労もピークになり、全身から汗が噴き出してもうとにかく休みたかった。

しかしながら今休むという事はつまりは永遠の休みを享受することになりかねないので止まるどころかこのペースを緩めることなどできるはずもなく

「なんで仕事するときは喪服限定なんだ・・・」

走りにくいし毎回クリーニングに出さないといかんし。

とイヤホンから抑揚のない声が響く。


「文句言ってるとこ悪いけど突撃してきてるよ」


その声が聞こえると同時にとっさにわき道にダイブする。

すると元々自分がいた通路に突風が吹き荒れ、石でできたタイルも街路樹も鋭い刃物で切り裂かれたようにズタズタに切り裂かれていく。

ぞっとする暇もなくまた駆け出す。


「そーら目的地まであとちょっと。」

他人事のような抑揚のない声が続くのだが

もうちょっと感情込めて言ってくれませんか!


何とか立て直して目的地の建物のドアを開き、獲物を誘い込むと見事にソレは僕に続いてドアの中に侵入してきた。

建物の中がどうなっていようと中の物ごと僕をズタズタに切り裂くつもりだったのだろうがもう遅い。


建物の中には巨大なサーキュレーターが何台も設置されていた。


いかに突風を生み出す妖怪カマイタチだろうと自分たちが生み出せる以上の気流があった場合その流れには逆らえない。

ましてやカマイタチは風神などではない。生み出せる気流など知れている。


カマイタチがうまく身動きが取れなくなっているのを確認するとそのビルから脱出しながら叫ぶ。

「頼む!」

倒れるように転がり出る

と空から建物をずっぽりと覆うほどの禍々しい巨大な鬼の手が落ちてきて先ほどまで僕がいた建物を圧し潰していく。

もちろん霊的攻撃であるその手は建物自体には傷をつけずにカマイタチのみを圧し潰した後スーと消えていった。


ぜぇぜぇと息をいくら吸っても呼吸が整わず、過呼吸のせいで手足がしびれていたが

回らない頭でどうにか手を合わせ拝む。考える力はなくともやるべきことはどうにかできたようだった。

そんなことをしていると建物の上からスタッと黒髪ショートカットの美少女が飛び降りてきた。まるで高さを感じさせないきれいな着地だった。

喪服の僕とは対照的に大きめのパーカーに緩めのパンツと何というかthe/大学生という感じだ。

加えて今日は【命】と書かれたキャップ帽をかぶっている。

「よーし飲みにいくべ。」

開口一番がそれかよ。

「いや・・・ぜぇ・・・・俺明日1限・・・あるし。大学にサーキュレーター・・返さんと。」

そんな俺の言い分も聞かずに脇に顔をロックさせられズルズルと引きずられていく。

いやおっぱいが顔に当たってるんですけど。

「ふふふ」

思わず笑みがこぼれてしまった。

「なに笑ってんのキモイな。」


こうして今日のバイト代もこいつの酒代に消えていく。

あと1限も遅刻した。


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