最終話 失恋
今日は、付き合い始めて十年目の記念日。
そして――結婚式当日でもあった。
チャペルの扉が、軋みと共に開かれる。
その音は、私に計り知れないほどの年季と重厚さを感じさせた。
互いの親族一同の熱視線を浴びながら、ゆっくりと進む。
バージンロードを挟むように、ガス灯を模した灯りが定間隔で設置され、仄かに辺りを照らしていた。
隣で手を繋いでくれている父の手は、微かに震えている。
「…………」
私は、視線を正面に戻した。
そうして見た前方。そこにあったものは、背に翼を生やした女性たちを描く――ステンドグラスだった。
日光をまばらに受けたそれは、その光で会場を優しく包み込んでいる。
そして――その下。
祭壇前で、タキシードに身を包んだ彼が、私を待っていた。
彼はこの姿を、ベールダウンを済ませた私を見て、どう思うのだろう。
そんな分かりきった事を考えながら、私は思い出に浸り込む。
目の前から、『美しさ』が歩いてきた。
その姿に心は虜にされ、形容しがたい感情が胸から溢れてくる。
彼女の足音を噛みしめ、俺は一度、思い出を想起することにした。
あの日――私たちが出会った日から、恋人としての関係が始まった。
でも、それは恋なんかじゃない。きっと、彼も知っているはず。
俺は知っている。彼女が俺に、好意を寄せていたわけじゃないって。
俺たちが十年続けてきたのは、決して恋なんかじゃないって。
彼氏に振られてから、恋の理不尽さを知った。
彼女に振られてから、別れを知った。寂しさを知った。
ならば、と。私たちは自分なりに考えたんだ。
私が
――幸せでいられる方法を。
俺が
そうしてあの日、俺たちは選択した。
――恋心を忘れ、打算を取ることを。
私は、彼の前で足を止める。
ベールで薄く覆われた顔を上げ、周囲に聞こえない声で彼に話しかけた。
「お待たせ、ダイチ」
「綺麗だよ、カエデ」
朗らかに微笑む彼は、いつも以上に良く見える。
だからこそ、私は、
「――バカ」
と、悪戯ぽっく笑ってみせた。
「では、新郎。誓いのキスを」
牧師からの言葉で、俺は彼女のベールを上げる。
交わす言葉は特にない。なくたって、大体のことは分かる。恋愛関係でなかろうとも、十年という時を共に過ごしているからな。
「ふふっ」
彼女は軽く笑い、そして静かに目を瞑った。
私たちの『恋』は、あの日――出会った日まで存在していた。
俺たちの『恋』は、あの日まで、失われても失敗してもいなかったんだ。
けれど今日、あの日から始まった『失恋』は正式なものとなる――
失恋 雪海 @yukiumi
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