第06話 果実の名
時は、昭和天皇が開腹手術をなされ、昭和の終焉の足音が俄かに迫りつつある頃であった。
敏和は、その果実があまりに美味かったので、一つ土産に貰った。
家に帰ると、玄関を開ける前から、妻の綾とキャラキャラと笑い合う、もう一人の存在が居る事が解り、げんなりした。
玄関のドアを開けても、二人は敏和が帰ってきた事には気づかず、リビングのドアを開けてようやく、
「「おかえり」なさーい」
と、それぞれの口が、彼を迎え入れた。
「お邪魔してるわよ」
ビールの缶を片手に不敵な笑みを浮かべるのは、智和の姉であった。
「姉ちゃん。また、来てたのかよ」
「もう、帰るわよ。いいじゃない。近所なんだし」
と、悪びれる様子もなく、手をパタパタと振り、喉を潤した。
綾は、キッチンから瓶ビールとグラス、それから春巻と麻婆豆腐をお盆に乗せて持ってきた。
「私は、嬉しいですよ。千津さんのお陰で、我が家の食卓が豊かになるもの」
綾は、料理の皿を敏和の前に並べた。綾の口ぶりから、それらのレシピを千津から教わりながら、一緒に作って食べたのだろう。
「そりゃあ、来るのはいいが…幹生はどうした?」
幹生とは、千津の息子である。
「いいの。今日は、婆ちゃんが見てる」
「…そうか」
千津が見合いで結婚した夫は、どうやら浮気をしているらしい。それにより、イライラの貯まった千津の鬱憤を晴らす為、敏和の母が、孫を預かったという事なのだろう。
(義兄さんにも困ったものだ)
と、ビールをグラスに注ぐと、綾が、敏和がテーブルの脇に置いた果実に気が付いた。
「ねえ、敏さん。なんです? それ」
それを指刺す綾に、その存在を忘れかけていた敏和は「ああっ」と軽く返事をして、
「美味かったから、一つ貰ってきたんだ」
敏和は、そういうと果実を持って台所に立った。それは切るのにコツがいったので、彼が切るしかなかった。
器に中身を盛ってテーブルに戻ると、向かい合わせで座る二人は、それまでヒソヒソと話していたのをピタリと止めた。
「あら? 美味しい」
「本当、美味いわね」
果実は、二人に好評であった。
後日、敏和は、百貨店に行く二人の運転手をしていた。
綾は、思い出したとばかりに地下1階の食品売り場に行きたがり、敏和と千津は、それに同行した。
綾は、二人を置いてウロウロと探していたようだが、果実ブースから、突如、声をあげた。
「千津さ~ん。マンが先だった? チンが先だった?」
と。
果実の名は、『マンゴスチン』といった。
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