第05話 インスタントコーヒー

 牟田むたは、喪主を勤める友人の肩を叩いて振り向かせると、

朱里さんの傍についていてやりたいお前の気持ちも解るが、一旦、横になって、休んで来い。朱里さんも、寝不足でフラフラなお前じゃなく、しゃんとしたお前に見送られたいと思ってると思うぞ。心配するな。蝋燭と線香の番は、俺がやっといてやるから。な」

 と言い、葬儀場へ来る前にコンビニで買った袋を、喪主の目に映る高さまで掲げて揺らして見せた。中身は、インスタントコーヒーの小瓶だった。


 喪主は、真っ赤に腫らした瞳のまま薄く笑い、牟田の胸板を裏拳で軽く叩くと、

「すまん。頼む」

 と、遺体のある座敷の控室から出ていった。


 牟田が葬儀場にかけつけた時、通夜はとっくに終わり、大方の客も帰っていた。最後まで残っていた一人も、ざっと室内を片付けると

「牟田先輩。それじゃあ、後、お願いします」

 と、言い残して帰っていった。


 牟田は、残った料理に箸をつけながら、買ってきた珈琲を飲んでいたが、2時を過ぎた頃から、波のように襲って来る睡魔と戦っていた。珈琲に眠気覚ましの効果は無い。と、聞いた事はあったが、牟田に限って言えば、その効果は絶大だったので、船を漕ぎそうになる度に、カップの中に粉を入れて、ポットの湯を注いだ。


 すっかり水っ腹になっていた頃、喪主が起きて来た。

 彼は、控室の中に入ると、控室内を見回し、牟田が、全員を帰らせた事を知り、

「サンキューな。一人で、大変だったろう」

と、労った。


「いや、そうでもない…が、すまん。大見え切っといて何だが、どうも、俺は、体調が悪いらしい。今迄、こんな事は無かったんだが、お前が起きてきてくれて助かった」


喪主は、首を傾げた。


「いや、な。俺はコーヒーを飲めば、本当に徹夜なんか屁でも無いんだ。…だが、どうした訳か、さっきから眠くて仕方ない」


喪主は、そう言って首を回す牟田の対面に座ると、牟田が買ってきた瓶を持った。


「牟田。お前、これの表示、見たか?」


「いや、でも、コーヒーなんてどれも同じだろ?」


「あのな。これ、カフェインゼロだぞ」


喪主は、首を傾けたままの牟田に、『カフェインレス』の文字をつきつけた。


「は?」


牟田は、喪主の手を両手で握り、瓶のラベルをまじまじと見つめた後、天井を仰ぎ

「意味ないやん!!」

と、小さく叫んだ。


珈琲好きの妊婦さん達にとって、それは、とても意味のある物だが、自身が妊娠する事の無い牟田にとっては、当に、無用の長物であった。

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