第04話 最後の冒険

「さて」


 お母さんは、そう言うと、僕達を抱きしめる腕を緩めた。


「もう、私の育児はおしまいよ。それじゃあ、ね。みんな、さようなら」


 僕達が、不安そうにしている事も、気づいているだろうに、お母さんにとって、そんな事はどうでもいい事のように、僕達を置いて、椿の木の向こう側に、振り向く事もなく、去っていった。


「ねぇ、僕達、これから、どうしよう」

「お母さん、行っちゃったよ。御飯、どうするの?」

「寒いよう。お母さん」


 そんな事を、口々に言ってはみたけれど、僕達には解った。

 お母さんに追い縋っても、無駄だという事を。

 お母さんは、完璧に僕達と決別したのだという事を。


「ちっ、せいせいしたぜ。これからは、俺は俺の道を行くぜ」


 お母さんに置き捨てられた場所から動けない僕達を後目に、血気盛んな一番上の兄さんは、そんな捨て台詞を吐いて、お母さんが去っていったのとは、逆方向に向かって、僕達から離れて行った。

 それを皮切りに、兄弟達は、それぞれバラバラに動き始めた。


最後まで、そこから動けなかったのは、僕達5人。


「ねえ、どうするの?」


末っ子の弟が、泣きそうな顔で僕を見上げた。

他の三人も、不安そうな顔をしている。


僕は、お母さんが去っていった椿の木の横にある、高く聳える木製の塀を見た。目をこらすと、塀には穴が開いており、その向こう側には、違う世界が広がっているようだった。


「あの向こうに、行ってみないか?」


僕は、弟妹に提案してみた。

何はともかく、お腹が空いた。

僕は、そこに僕達の食べられる物があるような気がした。


僕達は、頷き合い、初めての冒険に出発したんだ。


塀をよじ登って穴を抜ける。

「なんだ、ここ?」

穴の向こう側には、細い通路があり、通路の向こうは、崖になっていた。

僕達は、キョロキョロと周囲を見回しながら、その細い通路を渡った。


「あっ!」


通路はツルツルしていたので、僕達は滑って足を踏み外し、崖の下に滑り落ちた。

崖の下は、巨大な水溜まりになっていた。


「おかあ…」




「キャーーーーーッ!!!」

朱里は、叫び声をあげた。


昨夜は、夫と一緒にお風呂に入っている内に、そういう雰囲気になってしまった。だから、網戸は閉めていたものの、風呂の蓋は開けっ放しでバスルームを後にしたのだ。そして、今しがた迄、その事をすっかり忘れていた。


二人で浸かっていたので、浴槽の中の残り湯は少ない。

だが、その残り湯には、5匹の白いようなムカデが浮かんでいた。

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