第02話 Another Day

『合言葉は消えちゃいました』


 歌と歌の間にそんな台詞の入る曲がある。

 アトランダムに編集したMDミニディスクには、その曲が入っていた。


 一人暮らしをしていた私は、座布団の上で胡坐をかき、折り畳みのできるミニテーブルの上に置いたノートパソコンに向かって、なにがしかの趣味の作業をしていた。

 合間で、直に床の上に置いた1Lパックの牛乳を、注ぎ口から直接、口の中に入れ、流れる音楽を聴き、時に、口遊む。


 そんな感じの事を繰り返していた午後3時。


 バツンッ


 そんな音と共に、画面が真っ暗になった。


「へっ?」


 パソコンが唐突に落ちたのだ。

 真っ白になった私の耳に届いたのは、コンポのスピーカーから流れた

『合言葉は消えちゃいました』

 だった。


 窓を開けているわけでもないのに、一陣の風が吹き抜けていった気がした。


 午後4時30分。

 あらゆる手立てを試してみたが、パソコンが直る見込みは無く、電化製品の大型量販店に向かった。


 その曲にも、MDにも、コンポにも何の罪も無い。

 しかし、スピーカーが、呪いの言葉を吐いたが如く、私のデータは消えた。


 誰もいない部屋で、私は、頭を抱えて叫んだのだ。

「Oh! My GOD!!!」

 と。


 数多ある曲の中から選び、わざわざMDに録音して聞いていた曲である。しかし、好きな曲には違い無いのだが、これがトラウマになって、この時以来、聞かなくなった。



 ◆


私は、『カクヨム』で公開しようと思っている小説の設定資料を作成していた。どうしても細部に齟齬そごが生じ、何度も作り替えたそれであったが、ようやく、

(これなら)

と、いう形になりつつあった。


 バツンッ!

 ブンッ!

 そして、暗転。


「へっ?」


 パソコンが落ちた。

 扇風機が止まった。

 そして、部屋の電気が消えた。


 時計の時間は1~2分だっただろうが、心の時間は15分程であった。

 私が、呆然と口を開け、ゆっくりと立ち上がると、部屋の明かりは灯った。


 落ちたパソコンは、立ち上がろうとしていた。

 私は、その画面をボーッと眺めていたが、彼女の脳の中では、もう、何年も聞いていないあの曲が、大音量で、賑やかに再生されていた。


『合言葉は消えちゃいました』


 私が、作成していた設定資料は、消えていた。


 私は、もう資料を作り直そうとはせず『カクヨム』を開いた。


(ふははっ。

 この口惜しさ。情けなさ。

 万人が経験している事だし、私にとっても初めての事ではない。

 しかし、まさに今、経験したのだ。


 これを公開したら、私、今日は、もう寝るんだ)

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