千文字のアングル

久浩香

第01話 未亡人朝美とその姉

 お父さんが亡くなって12年。

 平時であれば、お寺さんに連絡して、13回忌の法要を営むところなのですが、御存知の通り、今年は、コロナの影響で、お義兄さん方を自宅に呼んで…と、いう事ができません。


「で? 結局、私は、何時に迎えに行けばええの?」


 嫁に行った娘がイラついているのが、受話器越しにも解りました。


 そりゃあ、ね。私も、悪いんですよ。

 あの子が、13回忌の事を聞きに自宅に寄ってくれた時、法要はしないけど、お父さんの命日に、お寺さんに御経を唱えて貰うお金を持っていかなければならない事を伝えたら、原付の免許しか持っていない私の為に、お寺さんまで連れて行ってくれると言ってくれたのに、


「お盆が明けたら、お寺さんの都合を聞いとくね」


 と、言ったっきりにして、結局、娘からの電話がかかってくるまで、放っておいたのですから。

 ですけどね、私も、色々と考えなければならない事があったんですよ。



「そりゃあ、あんたが悪いがね」

 とは、娘のそっけない電話の対応を、愚痴る先としてかけた姉からの言葉。


「でも…姉ちゃん」


「ちゃんと13回忌を覚えてるなんて偉いやん。それに、ちゃんと連れてってくれるんやろ? ええ子やないの」


「それは…そうなんやけど…」


姉と私は10歳以上年齢が離れていますので、姉に育てられた様なものの私は、姉にそう言われてしまって「もうちょっと、優しくしてくれてもよくない?」という言葉を飲み込みました。


「それより、あんた。…あんたは、大丈夫な?」


 姉が聞いてきたのは、コロナの事です。

 最近になってついに、この周辺でもコロナにかかった人が出たのです。

 実は私、病院で働いているんです。そう言っても、お医者さんとか、看護婦さんとかではないですよ。


「その事よ」


 私は、姉が聞いてきた事が『コロナにかかっていないか?』という事だとは解っていたのですけど、私が考えていた“色々”の内の一つの事柄についても愚痴る事にしたのです。


「家の借金も返済かえし終わったしね。もう、辞めよう、思とったんよ。…それが、このコロナのせいで、今から病院で働く、なんていう人、おらんいないでしょ。やけんだから、辞めれんられないのよ」


そう言った私に、姉は、「あらあら」と言った後、


「働かせてくれる。と、言われてる内は働かなあかんのよ。あんたは、まだ若いんやけんね」


と、諭すように言いました。


若い?


誰が?


「姉ちゃん………私、もう77よっ!」


「え? あら? あんた、いつの間に?」


絶句。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る