ナンパで連れてこられた喫茶店

tada

ナンパ

 二千十八年、一月七日、日曜日、午前十時。

 二十歳になって初めての一人で行った初詣の帰り道、私は人生初めてのナンパというものを経験した。

 それも特異なことに、ナンパをしてきた方は、男性ではなく、女性の方だった。

 女性は、メガネをかけた黒髪ロングのいかにもなインテリ系の見た目をしていて、とてもナンパをするようには見えなかった。

「ねぇねぇ、お姉さんちょっとそこのカフェでお茶しない?」

 いつもならば、絶対に断るところだけど、今日はなぜかついて行ってもいいかなという気持ちになる。

 なんでだろう、もしかしたら一目惚れ、もしかしたら女の人だったから、もしかしたら友達に様相が似ているから。

 まぁ、どんな理由でも私が首を縦に振った結果は、変わらない。

「いいですよ、少しだけなら」

「やった」

 女性は嬉々としながら、私の手を握った。

 ナンパって了承したらここまで一気に距離が近くなるものなのだろうか、ナンパなんてされたことがないからわからないけど。

 女性に体を預けていると、少し街から外れたところにある新しめの喫茶店に到着した。

 名前は──

 〈みーちゃんとひーちゃん〉

 どんな名前だよと、少し笑いが溢れる。

 たまたま私と友達の名前も、頭文字がみとひだったな、なんて思い出してクスリと一人で笑う。

 店内に入る。

 店内を見渡しても私たち以外の客は、誰もいなさそうだった。

 もとい、客以外の人も私の目には見えない。

 この店内には、今私と女性しかいないのではと思わされる。

「ここ、私と私の彼女の店なんだ」

 女性は、私の顔から判断したのか、声に出してはいないことに返答した。

 彼女?

「まだオープンはしてないんだけどね。だからナンパで人を連れてくるには、もってこいってわけ」

 じゃあ、私はお客第一号ということになるのだろうか。

「そうだね、可愛いあなたがこの店のお客様第一号」

「なんだか、嬉しいです」

「そう? ならよかった。どこでもいいよ好きなとこ座って」

 女性は、手を大ぴらに広げてどこかの席に座るように、促した。

 どこでもいいけど、と私はなんとなくで、窓際の席に着く。

 すると女性が、ふふと笑った。

「私の彼女も、そこの席が好きっていってた」

「いいんですか? 彼女さんがいるのに私なんかナンパして」

「いいのいいの、私の彼女はおおらかで、寛容だから⋯⋯一回のナンパぐらい許してくれるよ」

「そうですか」

 彼女にみつかって、運悪く私が標的になって半殺しにされるなんていう展開は、無さそうなのでホットして胸を撫で下ろす。

 あ、と一つ聞いていないことを思い出した。

「名前⋯⋯教えてくれませんか?」

 ん? と女性は一瞬止まったけれど、すぐに頭の回転を元に戻した。

「名前ね、私の名前は──────だよ、ひーちゃんって呼んでね」

 ひーちゃんが口にしたその名前は、私の大学でできた友達と頭文字だけでなく、他の文字までもが全く一緒だった。

 私はこんな偶然もあるもんなんだなぁと、なんだか気持ちが嬉しくなる。

「えっと私の名前は──────です」

 人にだけ名乗らせるわけにはいかないので、一応私も名乗っておく。

「みーちゃんだね」

 女性は、私のことをそう呼んだ。

 あだ名で呼ばれたことは今まで生きてきて、一度もなかったけれど、何故だかしっくりきたのでそのままスルー。

「ひーちゃんは──」

 その後、ひーちゃんに色々と聞いてみた。

 それでわかったことは、歳は私より三、四歳上ということと、最近まで私と同じ大学に通っていたということ、それから女の人が好きということぐらいだった。

 そのぐらいのことを聞くのにずいぶんと時間を要してしまったようで、窓から私のことを指す光がオレンジ色になっていた。

 その色を見て、私は奢ってもらった飲み物を飲み干し、お礼を告げる。

「今日はありがとうございました、楽しかったです」

「私も楽しかった──凄く楽しかった」

 どこか寂しそうな表情のひーちゃん、私はもぞもぞしながら頬を赤らめる。

「また逢えますか?」

「その内ね」

 言ったひーちゃんは、私のことを抱きしめた。

 暖かい。

 気持ちがいい。

 このままでいたい。

 ずっとこの人と一緒にいたい、そう思わせるひーちゃんの温もり。

 私はひーちゃんの胸の中で、涙を流していた。

 

 店を出る際にもう一度、お礼を言った。

 その時見えたレジ前の写真には、私の長い髪とは対照的に、短く切り揃えられたボブカットの女性が写っていた。

 あの短い髪もいいな──と私はなんとなく思った。

 

 

 次の日。

 大学の講義に向かう道程で、私は友達の──────に提案をしてみた。

「ねぇ、──────のことひーちゃんって呼んでもいい?」

「どしたの突然」

 友達は、突然のことで驚いているようだった。

 それもそうだろう、だって私たち出会ってからあだ名で呼び合ったことなんて一度もないんだから。

 そんな奴が突然あだ名で呼んでいいかなんて聞いてきたら、驚いて当然な気がする。

 けれど流石そこは友達の適応力。

「別にいいけどさ」

「やった、改めてこれからよろしくね──ひーちゃん」

 頬を掻きながら照れ隠しをするひーちゃん。

「けど、一つだけ条件、私のことひーちゃんって呼ぶなら私も──────のことみーちゃんって呼ぶから」

 んーあの人以外にそう呼ばれるのは、なんかムズムズするけど、まぁその内慣れるかな。

「うん、いいよそう呼んでも」

「そ、ならこちらも。改めてこれからよろしくね──みーちゃん」

 少しの間の後、お互い気恥ずかしくなり、笑みが溢れる。

「ひーちゃん」

「なんだい、みーちゃん」

「なんでもない」

「なにそれ」

 ははは。

 ふふ。

 講義室に向かう短い道程で、私とひーちゃんは、さらに仲良くなったということは、これからの長い道程、私たちはどれくらい仲良くなってしまうのか。

 少しだけ楽しみになった。

 

 

 付記。

 あれから、しばらく経ってからひーちゃんに連れて行ってもらった喫茶店に行ってみると。

 確かにあったはずのその喫茶店は、なくなっていた。

 この喫茶店に来れば、またひーちゃんに逢えると思ったのに──残念だ。

 

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