ひまわり38 星の囁き

 もう、虫のお喋りも今日はお休みになった。

 まだこの別荘地に他のお客様は集まっていないようだ。

 那花荘でも愛壽さんと美愛さんに太翼は布団に入っている。

 ついでを言えば、志一くんはおばあちゃん子になったようで、高乃川様に甘えて、わんこのベッドに落ち着かない。

 両親達は、静かに食堂でワインを嗜んでいる。

 多分、私達の話もしているのだろう。


 私達は、どちらから声を掛けた訳でもない。

 シンクロしているのだろうか。

 玄関から三段降りて、芝を踏む。

 枕木材を組んで作った集いの場へ、壽美登くんが七歩で私が九歩で着く。

 やはり、男の子なんだと降参した。

 吸い寄せられるように腰掛けた。

 冷たいけれども澄んだ空気は気持ちがいい。

 壽美登くんが面白いものを持って来てくれた。

 彼のリュックから飛び出したのは、真夏だけれども、サンタクロースの入れ物。


「流石は那花の別荘だけあって、食器はいいものばかりね。この蓋物も益子焼だわ。壽美登くんって、つくづく器用ね」


「下手の横好きです」


 いいなあ、実力があるの。

 つーん。


「壽美登くん」


「はい」


 つーん。

 静か過ぎる。


「菊江ちゃん。どうぞ、中から取ってください」


 帽子の蓋を取ってくれた。


「や、やはは。静か過ぎると思って。何かな? サンタさんのプレゼントは」


 ミニチョコだった。

 ほっとする味がした。

 ほろっと溶けてしまったら、次も勧められた。

 多分、噛んだらガリガリするキャンディーだ。

 静かに頬張らなければ。


「菊江と命名される前は、静江しずえにするつもりがママにあったらしいの。でもね、もう帝王切開をしたので二度目は厳しいとの話があり、自分の菊の字を一字付けたいとパパがお願いしたと聞いたわ」


 彼は静かに頷く。


「だから、ここは、菊江ちゃんよね」


「最初に香月さんと呼んで欲しがったのは、自分ではありません」


 むきい。

 屁理屈か!


「頭を柔軟にしないと、芸術系の大学なんて入れないわよ。壽美登くん、そこで陶芸の囲碁盤いごばん碁石ごいし碁笥ごけでも作りそう」


「僕が藝大や美大ですか?」


 長いこと夜空のきらきらを眺めているわ。

 ファン・ゴッホの絵にも似ている。


「そうよ。そう」


 他に考えられない。


「僕は――」


 彼が星に手を伸ばした。

 夢か。

 夢を食べるのか。


「理系大で絵の具の研究をしたいと思いました。特にゴッホの好んだような」


 な!

 何と?


「それなら、美大でできないの?」


「できなくもないですが……」


 おでこの旋毛を掻く癖が出た。


「はな……。離れたくありません。僕は」


「はあ?」


 誰のことだ。


「菊江ちゃんは、理系大学を受験しますよね」


「いいえ、美術史を専攻しに、美大も検討しているわ。造形学部とか」


 どうなっているの?


「んー?」

「えー?」


 二人で口を揃えた。


「クロスしているわ」

「クロスしています」


 お互いの目と目を合わせた。

 夜でもよく分かる。

 私達の将来、ファン・ゴッホのお陰で、混戦模様よ。


 ツツ――。


「頭に映写機があるみたいだわ」


 壽美登くんが、リュックからテオの本を二冊出す。


「一冊ずつ持ちましょう」


「うん。星空に本を」


 私は腕をぐんと天に伸ばす。


「星空に本を」


 彼も同じく本を高くする。


 ひまわりが一輪。

 大きく太陽を吸っている。


 ひまわりが二輪。

 倒れないように、すくすくすくと、太陽への階段を刻んでいる。


 私達は、一つの太陽を目指している。

 ひまわりは人生の船だ。

 ゆらゆらと緑の流れを漂って行く。


 もう、入江だよ。

 ひまわりは、一輪、二輪、三輪と広い海へと飛び出した。


 どの流れでも、彼と私は離れられない絆がある。



 親愛なるファン・ゴッホへ。


 私達は、きらめく星々に誓う。



 星の光が届くまで、遠い年月が掛かろうとも。

 お互いに大切に思い続けたい。




「菊江ちゃん、今度、花火大会でデートをしてください」


「手を握るのは、百年早くない?」


 きらきらきらきら……。

 星が私達を祝福してくれる。

 さっきのお願いのせいだろうか。


「きらーん! 新婚旅行は、縁もあった棟方志功記念館、陶芸もあるし美術史としても興味深い三内丸山さんないまるやま遺跡いせき、しっぽり浸かれる浅虫あさむし温泉おんせんへとルートを決めたわ」


「渋い趣味が合います。僕もご一緒してよろしいですか」


「誰と行く予定なのよ? 誰と――!」


 きらら、きらきらきらきら……。

 私は、アッパーを構えた。


「ははは」

「あははは」


 きらきら……。



 彼は、ゆっくりと私の髪を抱いて何かを囁いた――。


 ――その刹那。

 テオの本がゆっくりと落ちてしまい……。



 ……しゃぼん玉のように天へと消えた。





『幸せな家庭を築きましょう――』












Fin.

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ひまわりの氾濫 ―ゴッホの芸術と人に迫る― いすみ 静江 @uhi_cna

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