昏睡した幼馴染と過ごす最後のデート

どこにでもいる小市民

昏睡した幼馴染と過ごす最後のデート

 俺は井口裕太いぐちゆうた。まぁ、どこにでもいる高校二年生だ。顔はブサイクではないと思うが、イケメンだとも思わない。彼女は当然居ない。でも今は、近所の幼馴染に恋をしてる。


 そんな俺は現在、病院の緊急治療室の前の長椅子に座っていた。何故かって? その理由は1時間ほど前にさかのぼる。


***


 1時間ほど前、俺は学校からの帰り道に信号が赤から青に変わる時を待っていた。


「なぁ、行きたいとこってどこなんだよ?」


 俺の隣に立つ、先ほど話した幼馴染の石川茜いしかわあかねに尋ねる。茜は同じクラスの高校二年生。勉強はできるが運動が少し苦手な、どこにでもいる女の子だ。


「えっとね〜……着いてからのお楽しみっ!」


 そう言って、茜は話をはぐらかす。この先には小さな公園が1つと、俺の家と茜の家があるだけのはずなんだが……?


 そう考えていると信号が赤から青に変わった。俺と茜はおしゃべりを続けながらも、横断歩道を渡り始める。


「ところで〜、裕君て彼女居たっけ?」


 すると突然、茜がそんな事を聞いてきた。ちなみに裕君とは、俺の小さい頃からの愛称だ。


「……居ねぇよ。でも、そういう茜だって彼氏居ねぇじゃねーか」


 俺がそう言うと、茜はステップしながら少し前に出て、俺の方へ振り返りそして……。


「そうだよ。ホッとした?」


 と言ってきた。


「なんでだよ!?」


 俺は急にそんな事を言われ、驚いて反論の声が大きくなってしまった。今にして思えば、図星だったのだろう。そんな、何気ない会話をしていた時だ。


 ブブッーーー!!!


 とっさにクラクションの音が聞こえた方を見る。一台の軽トラが俺たち2人に向かって突っ込んで来ていた。


 早く避けないと! 俺はそう考えるが、足が動かない。せめて茜だけでも! そう思って、茜の方を見た瞬間……。


 ドン!


 茜が俺を突き飛ばした。茜の力じゃ俺を突き飛ばすのは大変なはずなのに。


 ……ちょっと待て! 俺を突き飛ばしたと言うことは、茜はどうやって軽トラを避けるんだ?


 そう考えて茜を見る。すると茜はにこっと笑い、「良かった」と一言、そう言った。


 俺はそのまま突き飛ばされて地面に背中をぶつける。その拍子に思わず目をつぶってしまった。


 ドン! ……ガシャーン!


「きゃーーーーー!!!」


 とても大きい音が二回と女性の悲鳴が聞こえた。背中が痛むが我慢して起き上がり、目の前の光景を視界に捉える。


 俺はその光景が信じられなかった。茜が軽トラに跳ねられて、血を流して倒れていたのだから。


「あかねぇーーーーーーーー!!!」


 俺はそう叫んだ。その後の事は覚えていない。ただ、先ほどの女の人が救急車と警察を呼んでくれたらしい。


 運ばれた茜は今、俺がいる病院で緊急手術を受けている最中だと言う事だけは覚えていた。そして現在に戻る。


***


 タッタッタッタッ!


 病院なのに走る音がする。その方向を見ると、茜の両親だった。


「裕太くん!茜は⁉︎茜は無事なのかい⁉︎」


 酷く動揺し、汗まみれの茜の父親に肩を掴まれ、激しく前後に揺さぶられる。いつもは優しいおじさんって印象だったが、人はこうも変わるらしい。


「あなた! 落ち着いてください!」


 後から追いついた茜の母親がそう言って、俺から茜の父親を引き離す。


「あかねぇ〜!」


 茜の父親はそう叫ぶが、茜の母親はそれを無視して俺に苦しい話を尋ねてくる。


「裕太君、茜が事故にあったって聞いたけど? 今は治療中なんでしょ? 茜は、茜は無事なの?」


 茜の母親は落ち着いてはいるが、聞いてくる事は茜の父親と同じだった。そして、俺が見た事を話すと、崩れ落ちて泣き出してしまった。


「うぅ、ううう、うう……」


***


 それから三ヶ月後、茜はなんとか一命を取り留めた。だが、茜は昏睡状態が続いていた。軽トラの運転手は居眠り運転だったらしい。


「なぁ茜、今日はミッチーが学校で新作のギャグを披露したんだぜ。それがめちゃくちゃ面白くてさ。クラスみんなと教科の担当の先生も授業中なのに笑ってやんの。もちろん俺も大爆笑したよ。でもさ、全員じゃないんだよ。……茜、お前が居ないからな。だからさ、絶対起きて、学校来いよ」


 俺は昏睡状態の茜に、1人でそう喋りかけている。この三ヶ月間はずっとこうだ。学校が終わると病院の茜が入院している病室に来ての繰り返し。


 これを苦に思ったことなんて、当然一度もない。茜の顔が見られる。ただ、それだけで幸せだから。


 でも、どうせなら茜の声が聞きたい。一緒に喋りたい。そして、また、茜の笑顔が見たい。


 ガラガラ〜。


 不意に病室の扉を開ける音がした。振り返ると、そこには茜の母親が立っていた。茜の母親は、用意してあったもう1つのパイプ椅子に座る。そして俺に向かって話し始める。


「裕太君、私は君が毎日来てくれるのは本当に嬉しいわ。茜もすごく喜んでいると思うの。でもね、もう三ヶ月経っても一向に目が覚めないのよ? 辛くないの? このままずっと、もしかしたら何年も掛かるかもしれない。いいえ、最悪このまま一生──」


「茜のお母さん、俺は茜が喜ぶならいつまでも来ますよ。それに、茜に会うのが辛いわけないじゃないですか」


 言葉を重ねて、自分の意見を述べた。だが今のでわかったと思うが、茜の母親は俺が茜のお見舞いに来るのをやめさせようとしている。


 多分、俺の両親に言われたのだろう。両親はずっと寝ている人よりも、お前の人生を大事にしろ、そう言われたからな。


「そう……裕太君、ありがとうね」


 茜の母親はそう言って椅子から立ち上がり、病室を出る。その瞳には涙が浮かんでいた。恐らく外で泣くんだろう。


 それからしばらくして、俺は病院を後にする。と言っても、家に帰っても何もすることがないので、正直暇なのだ。部活はオフだし、バイトもしていない。


 どうせなら、長く読める小説でも買って帰るか。そう考えて、本屋に立ち寄る。久しぶりだったので、どれを読むかに迷い、結局30分もかかってしまった。本屋を後にする。


「さて、家に帰るか」


 そう呟き、家に向かおうとしたその時だ。後ろから誰かが走る音がする。軽快な足音、おそらく小さな子供か女性だろう。足音が止む。近くで立ち止まったのだろう。


「裕君、久しぶり〜!」


「なっ! あ、茜!? おまっ、なんでここに!?」


 気にせず振り返ると、そこに立っていたのは茜だった。病院でつい、小一時間ほど前まで眠っていたはずの……。


「えっとね〜、なんか起きたの〜」


 そう言って、茜はいつも通りみたいな感じで体を動かす。普通、三ヶ月も寝たきりだったら、体があんなに動くはず。だが、この時の俺はそんなことなど忘れていた。それほど、動揺していたし、嬉しかったのだ。


「そう、か。お前……心配させんなよ!」


「えへへ〜、へぇ〜、心配してくれたんだ〜?」


 俺が涙を浮かべながらそう言うと、茜はニヤニヤと口元を手で押さえながら言い返してきた。


「当たり前だろ!」


「えッ? ぁ…そ、そう? ふ~ん」


「……ここにいるってことは退院したのか? ……おかえり、茜」


 俺は嬉しくて、勝手にそう想像した。


「ふっふっふ〜、嬉しいからっていつものお触りは禁止だぞ?」


「嬉しいけどお触りなんて一回もしてねーよ!」


 茜の冗談にいつもの口調で答える。


「いつもの裕君で安心した」


「……そうかよ。……そっちこそ、いつも通りで安心したよ」


「ふっふっふ〜、残念だけど、いつも通りじゃないよ? 胸がすこ〜しだけ大きくなったんだよ?」


 両手で自分の胸のラインをなぞりながら、誇らしげにドヤ顔をする。


「……ふふっ、そうか? 全然そう見えないだけど?」


「んなぁっ!」


 久しぶりの茜との会話が楽しくて、そんな冗談を言ってしまう。そして三ヶ月ぶりの茜の笑顔が、とても嬉しかった。


 また、一緒にこんなくだらないことを喋れる。それだけで、とても嬉しかった。


「それでさ〜、退院祝いでこの前に話してたあの店のパフェ食べたいんだけど? チラッ、チラッ」


 茜はそういって、前話していた店を指差す。そして店をと俺を交互に見てきた。


「チラチラって、声に出てるぞ? ……まぁ、退院祝いってことで俺が奢ってやるよ」


「本当? やった~~!」


 茜は両手を上げてぴょんぴょん跳ねる。そんなに嬉しかったのだろうか? まぁ、甘いもの三ヶ月ぶりだしな。


 そう考える。ちなみに三ヶ月も寝たきりの人に、いきなり固形物を食べさせるのは絶対にダメで、お粥などからだそうだが、俺はその事も忘れていた。


 また、茜の母親からの着信にも気付いていいなかった。マナーモードにしていたためだ。


 店に入り、テーブル席に向かい合わせで座る。俺はコーヒーを、茜は言っていた通り、とても大きいパフェを頼んだ。


「……そんなに食べれるのか?」


 運ばれてきた実物のパフェを見て、俺は茜にそう尋ねた。茜はグッと親指を立てて


「もちのろんだよ。甘いものは別腹さ!」


 と言った。『もちのろん』って確か死語じゃなかったっけ?


「そのセリフ(別腹)は、その前にお腹いっぱいになるまで食べた人のセリフなんじゃ?」


「細かいことは気にしないの!」


「へいへい」


 茜はスプーンでアイスをすくい、口元に持っていき、大きく口を開けて食べる。パクっと効果音がつきそうだ。


「むふぅ〜〜、おいし〜〜!」


 片手で頬を触って笑顔を浮かべる茜。一瞬、可愛いすぎんだろ!? と自分の心の中で突っ込んだことは内緒だ。


「そうかそうか、良かったな。あと、変な声出すなって」


 俺は誤魔化すように茜に言う。そして俺もコーヒーを一口飲む。……苦い。ちょっと大人ぶったのミスったかな?


「ねぇ、祐君。……これってなんだかデートみたいだね」


「ゴフッ! ゲホッゲホッ! ……い、いきなり変なこと言うなよ。びっくりしたじゃねーか」


 茜の一言に少しコーヒーが気管に入りむせた。まぁ、確かに少しだけそう思っていたけど。


「ごめんごめん。でも、周りから見たらそう見えるんじゃないかな〜?」


 茜はそう言ってきた。


「……さぁな? でも、茜となら悪い気はしない……茜?」


 俺はつい本音が出てしまった。すると、茜の顔が耳まで真っ赤になってしまった。


「べ、別になんでもないよ! あー、おいしい、このパフェ」


 茜はそう言い、パフェを掻き込んでいく。もっと味わって食べて欲しいんだけどな。一応980円もしたんだし。そう考えるも、茜はすぐに食べ終わってしまった。


「ごちそうさまでした!」


 両手を合わせてそう言う茜の口の横には生クリームが付いていた。


「茜、顔の横に生クリーム付いてるよ?」


「え? どこどこ? 取って、祐くん」


 茜はそう言って顔をこちらに近づける。ここでアニメなら指で取って自分の口に運ぶが、そんなことをする勇気なんて毛頭ない俺は、紙ナプキンを一枚取り、茜に付いた生クリームを取る。


「ほら、終わったよ」


 俺がそう言うと、茜は何故か不機嫌になった。


「どうした?」


「別に〜、なんでもないです〜」


 そう言って、茜は窓の外を見つめる。今日は天気が良いので、綺麗な夕日が見れそうだな。なんて考えながら、コーヒーを飲みほし、お会計をすませて店から出る。


「それじゃあ帰るか?」


 俺はそう尋ねる。もしこれ以上食べたいと言われたら、茜の母親の作った夕飯が食べれないのが、俺のせいになりそうだ。


 それにお財布の中身も本を買い、茜に奢ったことでピンチだし。まぁ、前者は買った意味が無くなったが、後者は納得しているので良いか。


「え〜もう〜?」


「じゃあ後、一箇所だけな。お財布の中身がピンチなんだ」


 茜の文句に俺は少しだけ妥協してそう言った。


「りょうか〜い!……じゃあ向こう」


 茜がそう言って指差したのは家の方向だった。どこに行きたいかは聞いていないが、まぁ付き合ってやるかと考えて、茜の隣で一緒に歩く。


 それからしばらく歩き、もうすぐで家に差し掛かる時だ。一体どこに行くんだ? そう考えていると茜が指をさしてこう言った。


「あそこ、公園が良い」


 茜はそう言って公園に入り、1つの長いベンチに座る。茜は空いているスペースの方を、手でトントンと叩いて、俺らに座るよう誘う。


「まさか、こことはな。何年振りだ?」


 俺は茜に尋ねながら座る。少し手を動かせば、茜の手に触れられる距離だった。


「祐君と一緒にこの公園に入ったのは……3年と12日かな」


「なんでそんな正確に覚えてんだよ!?」


 俺の質問に対する茜の記憶力の良さに驚き、そんなことを言った。


「そうだ! 写真撮ろう。退院祝い!」


「……まぁ、良いか。ちょっと待ってろ。携帯出すから……ん? 茜のお母さんからだ?」


 俺は携帯を探す。少し鞄の奥に入り込んだスマホを見つけて画面を見ると、茜の母親から着信が何回もきていた。


「祐君早く撮ろうよ!」


「お? おう」


 後でいいか。そう考えて、茜と2人の写真を3枚ほど撮る。


「……三ヶ月前、祐君に話したいことがあるって言ったよね? 覚えてる?」


 すると、茜が急にそんな質問をしてくる。


「当たり前だろ? そういえば行きたい場所って、もしかしてここか?」


 茜の質問にもしかしてと思い、そう問いかけた。


「うん、正解。……ずっと、言いたいことがあったんだよ? ずっと……ね」


「そうか、それで一体なんなんだ?」


「まだ秘密〜、残念でした!」


 俺が尋ねると、茜はそう言ってまたはぐらかす。


「じゃあ、なんのためにここに来たんだよ?」


「えっと〜……じゃあ祐君、手繋いでくれない?」


「えっ?」


茜のまさかのお願いに驚く。良いのか? 確かに俺も繋ぎたいと思っていたけど。


「はやくっ」


「お、おう」


茜は頬をプク〜っと膨らました顔で、そう言うので慌てて茜の手を繋ごうと、俺の手を茜の手に伸ばして……通り過ぎた。


「……え? あれ?」


 そう言いつつ、俺の手は茜の手を何度も行ったり来たりする。しかし……その全てが通り過ぎた。


「あ~、やっぱりか、残念。手、繋げたらよかったのに」


 茜の驚愕の一言に、俺は即座に向き合う。


「どう、言うことだ? 茜?」


 瞳孔を揺らしながらの俺の問いかけに、茜はニコッと笑いこう言った。


「……残念だけど、祐君とはお別れ。最後にここに来れてよかったよ。ずっと一緒にいれないのは残念だけど」


「答えになってねーよ! お別れって、だってお前はここに居るじゃないか!」


 俺がそう言うと、茜は自分の手を俺に伸ばす。そして茜の手は俺の体を通り過ぎる。


「なんか気がついたらこうなってたの。今、本当の私は容体が急変して、緊急手術されてる。私のお母さんから電話来てた理由は、多分それ」


 慌ててスマホを見る。着信は既に20件を超えていた。明らかに異常だろう。


「でもね、祐君に言いたいことがあったの。最後だから……祐君、私があの時言いたかった言葉はね………大好き。……ずっと昔から、何度も何度も言おうとしてたんだけど、ずっといえなかった言葉」


 茜は涙を流しながら、俺に向かって告白をしてきた。その間も茜の手は、俺の手を握りしめようとしていた。


 俺は今、告白された……。できれば男らしく、自分からと思っていたけど、俺がヘタレで出来なかった告白をしてくれた。


「あ、茜! 俺も! 俺も好きだよ! 茜の事、ずっとずっと昔から! 大好きだったよっ! だから生きろよ! 自分だけ言いたいこと言って逝くんじゃねーよ! 俺、もっともっと茜と一緒に居たいんだよ! ずっとずっと一緒に居たいんだよ! 茜とやりたいこと、もう数えきれないくらいあるからさ。……だから、絶対生きてくれよ……」


 俺も次第に涙がだらだらと出てくる。茜が居なくなるなんて嫌だ! 俺も茜の手を握りしめようとするも触れない。そして少しずつだが、茜の体が消え始めていた。


「祐君、私が居なくなっても、私に未練なんて残さず、ちゃんと好きな人作って、結婚するんだよ? 私からの最後のお願い、聞いてくれる?」


「い、嫌だ! 絶対に嫌だ! 茜じゃなきゃ嫌なんだよ! だから絶対に生きろよ!」


 そう言って居る間にも、どんどん茜の体は透けていく。足元から光の粒となっていく。


「えへへっ」


「なんで、笑ってんだよ!」


「ずっと、この笑顔を思い出して欲しいから」


 その言葉を最後に、茜は光の粒となって、夕焼けの空へと消えて行った。何も無い虚空に手を伸ばし、そして空気を裂いた。


 地面に膝から崩れ落ち、無気力ながらも先ほど撮った携帯の写真を見る。そこにはちゃんと茜の姿が映っていた。


***


 半年後。


 俺は今、2人で公園のベンチに座っている。隣の人は茜の母親だ。


「あの時、手術の最中のはずなのに、茜が私に最後だからって『お母さん、産んでくれて、愛してくれてありがとう』なんて言ったのよ」


「俺も似たような事がありましたよ。一体なんだったんでしょうね? 写真にもちゃんと映ってたし」


「なんだろうと良いじゃないですか。昏睡したあの子の、最後の言葉なんですから」


 茜の母親がそう締めくくろうとした瞬間だ。


「こらー! 私の祐君とイチャイチャしない!」


 そんな声が聞こえた。振り返って俺はこう言う。


「誰がいつ、お前のものになったんだよ? ……なぁ、茜?」


 あの後、俺は急いで病院に駆け込み、茜の母親に事情を聞いた。なんと、容態が元に戻ったのだ。茜はそのまま回復の兆しを見せ、3日前、退院をした。


「それじゃあ、後は若いお二人さんで〜」


 茜の母親はそう言いながらどこかへと行ってしまった。そう言えば仕事は?


「あ、あのさ祐君。……そっち、座って良い?」


 茜は先ほどまで、自分の母親が座っていた場所を指差して俺に尋ねる。


「当たり前だろ」


 俺がそう答えると、茜は『ありがとうね』と言いながら、俺の隣に座る。


「私ね、あの時死ぬんだと思ったの。祐君に告白したら、それだけでもう満足って思ってたの。でもね、祐君が私とやりたい事、数えきれないくらいあるって言われたら、なんだかまだまだやり足りないなって思っちゃったの。そしたらなんか、不思議とどんどん回復していくじゃん。本当にびっくりだよ。でも、こうして祐君にまた会えて、前は無理だったけど、こうして手を繋げて今、とても幸せなんだ。ねぇ、祐君は一体何がしたかったの?」


 茜は俺の手を握りしめながら、上目遣いでそう聞いてくる。その頬は微かに赤かった。


「……手を繋げたら、もう十分だよ」


 俺は恥ずかしくなり、顔を赤くしながら茜から顔を背ける。


「本当? じゃあ、今度は私がしたい事して良い?」


 茜がそう聞いてきた。


「別に良いぜ。一体何をしたい──」


 茜の顔が近づき、俺の唇が茜の唇と触れる。5秒ぐらい経ち、ようやく俺は意識を取り戻し、唇を離す。


 茜の顔は、半年前の時とは比べようのないほどまでに、耳まで真っ赤になっていた。でも、多分俺の顔も同じくらい真っ赤だろうが。


「ねぇ、祐君は何がしたい?」


 茜のその一言を聞き、茜の手を握りしめながら、無言で茜の唇に自分の唇を重ね合わせた。今度は先程よりも長く、10秒ぐらいだったと思う。その後、唇を離す。


「祐君、2人でやりたい事、数えきれないくらいあるんでしょ? これからも一緒にしようね?」


「そうだな」


 この話は、昏睡した幼馴染と過ごした最後のデートの話。でも、昏睡していない幼馴染の彼女とのデートはこれからもずっとあるだろう。











「青春じゃの〜」


 後ろからそう聞こえた。


「もう! お母さん!」


茜は先ほどの自分を、自分の母親に見られて恥ずかしさで死にそうなぐらい怒っていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


《補足》


 茜がパフェを食べたりスプーン持ったりしていましたが、実体が無くて触ることができないのはあくまで人だけです。裕太にも他の人にも見ることはできますが、直接触ることができないんです。


だから裕太は茜から直接触らせるまでは、一切直接は触れさせてません。クリームの際もナプキン越しでしたし。抱きしめようとして通り抜けたのは、服も彼女を構成する一部と認識しているからです。


でも茜がパフェを食べたことについては、ファンタジー要素と流してほしい限りです笑。

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