第2話 騎士

 ヴァルターがフィーレディアに着いたのは閉門間際のことだった。彼は門を潜るとすぐに馬車を斡旋所へ向けた。


 斡旋所とは正式には『傭兵斡旋所』という。国の正式な機関である斡旋所では傭兵に様々な仕事を斡旋している。


 そもそもフィーレンス神聖王国において『傭兵』になるには、国の機関である斡旋所に登録されている『傭兵団』に所属する必要がある。国が定めた基準とそれぞれの傭兵団が定めた基準をクリアし、入団が認められるとはじめて傭兵になることが出来るのだ。


 もちろんこの国にも軍隊や警察の役割として騎士団が存在している。


 では、何故わざわざ騎士団とは別に傭兵という不安定な制度を採用しているか?


 その疑問に答えるにはまず、この国における騎士の立場について理解しなければならない。


 この国において『騎士』と呼ばれる階級には二種類がある。


 一つは純粋に『騎士』と呼ばれる階級。

 この階級は基本的に王にしか任命権がなく世襲制である。騎士の家に生まれ、家督を継いだ者が騎士となる。扱いとしては最下級の貴族であり領地の代わりに国からの給金が出る。主な仕事は王族の護衛と王領の治安維持、有事の際の従軍などだ。


 もう一つは『準騎士』と呼ばれる階級。

 この階級は基本的に貴族が任命権を持つ。所謂陪臣であり、それぞれの貴族家の家臣という扱いである。稀に功績に対して新たに任ぜられることもあるがこちらも殆どが世襲である。元々は“騎士に満たない”という意味での蔑称であったのだが、世襲が繰り返されていくうちにいつしか騎士に準じるような扱いへと変わっていった。こちらの主な仕事は貴族家領地の治安維持や主家が出陣する際の従軍などだ。


 ヴァルターが行っていたような野盗の討伐も本来であれば彼ら騎士の仕事である。だが、長く続く平和と世襲制が彼らに特権意識を芽生えさせた。彼らも貴族である。辛く地味な仕事ではなく華やかな仕事や社交に力を入れたい。得た地位を守るため新たな騎士の任命はされたくない。


 こうして騎士の既得権益が形成されいった結果、帝国暦が300年を迎える頃にはその質の低下を招くことになった。


 騎士の質の低下から治安が悪化することを懸念した当時の王国政府は帝国暦312年、騎士団の実質的な下部組織として傭兵制度の実施を決定した。


 といえば聞こえはいいが、実際のところは騎士団の雑用を押し付けただけだ。傭兵たちは騎士のような身分の保証もなく、賞金という不安定な収入で本来騎士が行うべき街道の巡回や賞金が掛けられるような凶悪犯の検挙などの危険な仕事を請け負うことになった。


 それでも平民の若者を中心にいつか騎士に取り立てられることを夢見て傭兵に登録するものは多い。もちろんヴァルターもその一人である。


 さて、斡旋所を訪れたヴァルターは馬車置き場に馬車を預けると自分は建物へと向かった。


 入り口の扉を開けると喧騒と酒の臭いが流れ出してきた。ヴァルターは特に気にした様子もなく扉を潜る。中は手前に受付があり奥には酒場が併設されている。


 すでにピークを過ぎたのか受付は閑散としており、内側では受付嬢が欠伸している。奥の酒場ではすでに酔っ払っているのか下品な笑い声や揉めている声、それを煽る様に囃し立てる声などが聞こえてくる。なんとも野蛮で猥雑な雰囲気だ。


 彼らの大半は平民である。いくら目指しているとはいえ、騎士の様な振る舞いなど身に付けているはずもない。中には家を継げない貴族の次男以下や商家の子弟も混じっているだろうがそのような者は稀だ。読み書きや簡単な計算は街の私塾などで習っている者も多いだろうが、殆どの者が学校に通ったこともないのだ。


 そんな騎士とは程遠い喧騒を無視してヴァルターは受付へと足を進めた。


「お嬢さん、清算をお願い出来るかな? 」


 ヴァルターは退屈そうにしている受付嬢に声を掛けた。野盗と対峙していたときとは別人のように微笑を浮かべ、その声は柔らかい。


「もう何よ、こんな時間に――てヴァルターじゃないっ! 何々、逢引のお・さ・そ・い? 」


 声を掛けられた受付嬢もピークを過ぎての客に最初は面倒臭そうに低い声で応対したのだが、相手がヴァルターだと分かるとパッと花の咲いた様な表情に変わる。低かった声も高く可愛らしいものに変わり、甘えた様な音が混じる。


 ヴァルターは受付嬢の変わり身に気付かないフリをしながら、「それもいいんだけど先に表の馬車の清算をお願い出来るかな? 」と言ってまた柔らかい笑みを浮かべた。


 彼に笑顔で頬を撫でられた受付嬢は頬を淡いピンクに染めると、夢見る様なうっとりとした表情でコクリと頷いてそそくさと書類を用意し始めた。


(やれやれ)


 受付嬢の様子に毎度のことではあるのだがヴァルターは心の中で溜息とともに苦笑いする。


「ヴァルター!書類の準備が出来たから確認してもらえる? 」


 暫くして書類を用意し終わった受付嬢がヴァルターに声を掛けた。呼ばれた彼は微笑みながら「分かったよ」と言いながら書類を受け取る。


「たったこれだけか……」


「ごめんねぇ。もっと出してあげたいんだけど規則だから……」


 賞金の少なさに思わず漏れたヴァルターの呟きに受付嬢が申し訳無さそうに顔を俯かせる。


「あっ、ごめんね! 君のせいじゃないのは分かってるからそんな顔しないで! 」


 心の声が漏れてしまっていたことに気付いたヴァルターは慌てて受付嬢に声を掛けるともう一度優しく頬を撫でた。撫でられた受付嬢は今度は頬を染めて俯いてしまった。


「これでよしっと。じゃあこれをお願い出来るかな? 」


 受付嬢の反応を確認したヴァルターは素早く書類の承認欄にサインを済ませると書類を彼女に差し出した。


「はい――うん、問題ないわ。これが賞金ね! 」


 書類を確認した受付嬢から賞金を受け取る。野盗十数人と引き換えにヴァルターが受け取ったのは、労力に見合っているとは言い難い安宿で食事を付けなければどうにか数日は泊まれるかという金額だった。


「ねぇ、それでこの後なんだけど……」


 ヴァルターが受け取った賞金を仕舞っていると受付嬢が声を掛けてきた。顔を上げれば彼女が潤んだ瞳で彼を見ていた。


「嬉しいお誘いなんだけどごめんね。これから団長のところに報告に行かないと行けないから……」


 彼は受付嬢の手を取ると甲に軽く口付けする。頬を染めてうっとりと自分を見る受付嬢に「また今度ね」と微笑むと手を振って踵を返した。

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SWORD BALLADE ―剣戟の譚詩曲― 玄野 黒桜 @kurono_crow

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