第6話 2年ぶりの再開
「こ、こんにちは」
不意にドアが開き、しかし奥にいる彼女が少し固まったように動かなかったので、琴音は恐る恐る挨拶を口にする。
「ごめんなさい。そんなに固くならなくてもいいわよ。いらっしゃい、琴音さん。さあ、こちらへ」
今井は少し苦笑いして、琴音を部屋の奥へと招き入れる。
呼ばれた部屋は、思っていたよりも広くなかった。1LDKだし、住んでいる人間の趣味が滲みでる内装や家具の数々から、高層ビルの一室と云うよりも個人の家と云う印象だった。
そして部屋の奥、窓際に置かれたソファに、一人少年が座っていた。私は彼を見た途端、またあの時と同じように、声が出そうになった。
音と匂いから、部屋に人が入ってきたのは分かっていた。ただ敢えて何も言わなかった。それはなにも緊張していたわけではない。琴音なら自分から出なくとも勝手に話し出すと思ったからである。
少しの沈黙に、気まずさが漂う。なんだ?こいつ、まさか緊張してるのか?
「どうしたんだ?いつもの調子はどうした?」
「え?」
「驚いた。――今回は完全に僕が悪い。何されても仕方ないんだ。むしろなんかしろよ。正直気持ち悪いぞ。」
「ちょっと!」と今井が言いかけて、琴音が「いいんです」と答える。先ほどの震えは無くなっていた。
「あなたこそ、この綺麗な部屋はなに?まさか私のためにわざわざ掃除したの?」
「……ッスー。それはだな――」
「ぷはっ」
もうすでに空気は砕けていて、今井にはもう二人の距離は間近に見えた。
事実、その会話の数秒後には、奏人は琴音に抱き着かれていた。
ただ――
「もう二度と来んなよ、この荒らしが」
「負け犬の遠吠え?連絡もしないで出て行ったあんたが絶対悪いでしょ」
「プライバシーって云う言葉を知らないのか馬鹿?」
コンマ数秒後、今井の視界には、犬猿の仲という言葉がふさわしいほどの光景が映っていた。
「で、これが私から逃げた原因?」
奏人の瞼を優しく擦りながら云う。
「…話せば長くなる。」
「じゃあいいや。」
「は?そこは聞くとこだろ。」
「どっちよ」
「やっぱり聞かなくていい」
「でしょう?」
あまりの会話に今井は思わず吹き出す。
「そこ笑うな。」
「い、いえ…すいません。」
琴音は一度溜息をついて、ともかく、と続ける。
「その目治しなさいよ。私、前のあなたの曲の方が好きだから」
「別にいいだろ、僕の曲なんだし」
「…自分を大事にしないとその曲も作れなくなるでしょ」
「それはその時に考える」
「適当すぎるでしょ。」
呆れるように、琴音は云う。
「で、なんか私に言うことないの?」
「いや?とくには――」
「昔みたいに殴らないとわからない?頭までおかしくなっちゃったの?」
「ひどい言われようだな」
「そんなんじゃ、友達もできないまま悲しく孤独死するよ?」
すると、奏人は諦めたように掌を上げてひらひらする。昔からある彼の癖だ。
「わかったよ。僕が悪かった。」
「じゃあ、ごめんなさいって言える?」
「は?」
「いまどき幼稚園児でもそれぐらいは言えるよ?」
言えないの?言えないの??と煽るように琴音はせかす。
「ご、ごめん」
と掠れるように小さな声で、奏人は恥ずかしそうに言う。
「よく言えました!」
そう言いながら、琴音は奏人を抱きしめる。
「や、やっぱり煽ってんだろ!」
急な返しに、琴音は慌てる。
「そうか?」
「ちなみに面会時間とかあるの?」
「そうだ予定入ってるんだ。…てことで帰れ」
あまりの胡散臭さに、琴音は今井に尋ねる。
「そうなんですか?」
「いいえ、そんな予定は聞いていません」
クスクスと笑いながら、今井は答える。
「おい」
「すいません」嘘はつけない性格でして、と。
そのあと、二人は2時間ほど話して、会談を終えた。今井には終始微笑ましいようすで、とてもいい時間に思えた。
だがしかし、
「奏人さん、新曲はどうするんですか?」
「…アマサキが怪我して、ベースがいないのに新曲なんて試せないだろ」
「他の人に代行していただくとかは…」
「嫌だって何度も言ってるだろ?それぐらいの自由はあってもいいはずだ」
奏人の言っていることは正しい。正論だ。ただ、正論でしかない。
「そんなことを言っていたら、一向に完成しませんよ。そういえば、あの琴音さん、音楽の専門学校に通っているらしいですよ。成績も優秀だとか」
「そこでどうしてその話が出る」
「彼女にあてを聞いてみてはいかがですか?同年代なら良いのでしょう?」
「はあ?…確かにそうは言ったけど――」
「そうおっしゃると思いまして、先ほど連絡しておきました。いい人が見つかるといいですね!」
「はああああ!!??」
完全防音に設計されたその部屋で、奏人の声が木霊した。
蒸発した幼馴染とすれ違った件 柊 季楽 @Kirly
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