第5話 黒歴史
電車の揺れる音が頭に響く。昨日は少し夜更かししすぎただろうか?
実は好きなバンドのオンラインライブが有って、それから中々興奮が落ち着かなかったのだ。
生活習慣が不安定だと、ルームメイトに成ってすぐ姫奈に言われてしまった。だがその気晴らしに外を眺めても見えるのは鉄筋コンクリートの建物ばかり、公園が見えるまでは息が詰まりそうになる。だから苦手なのだ。お金とは別の理由で電車は好きではない。
外の風景に飽きたので、気紛れに車内を振り返ると、いつの間にか他の客の注目を集めていた。視線が痛い。何か目立つことしたかしら。やっぱり紫色の染め髪って目立つのかな。東京のファッションてあんまりわかんないけど。ピンク髪の男の人もいるのに、どういう基準なのだろうか?
品川駅の名前が連呼されて、私がホームを出るころには、私への注目は無くなっていた。やはり理由は検討つかないが、それでもかなり楽だ。一つ深呼吸をついて、目的地へ向かって歩き出す。
少し歩くだけで、汗を掻く。それもそう、15時の待ち合わせだから、今は14時である。一番太陽が高く上る時間帯で、しかも夏に日焼け止めを塗らず出歩くことが女子にとって致命的行為であることぐらい私にもわかる。この夏は日焼けしたくなかったのに、と愚痴をこぼしながら、面会までに余った時間を使ってだらだらと日陰に隠れるように建物を渡って行った。
★☆★☆★
やがて片付けも終わり、常識人が見てもまあ大丈夫だろうと云う部屋になったころ、今井は彼に話しかけた。
「ところで、何故彼女と会うのを躊躇うんですか。何か昔に有ったとしても、いつまでも拗らせるのは、どうかと思いますよ」
すると彼――奏人は、見るからに嫌と云う顔をした。
それから、
「…本当に知りたいの?」
と聞き返した。
「ええ。まあ、少しは」
しばらく熟考した後、絶対に彼女に話さないという条件付きで、彼は話しだした。
「一番問題なのは、もちろんこの傷を見られることだけど、二番目に問題なのは、僕の心境なんだよね。実のところ、彼女――
そこまで言ったあたりで、今井は彼が何を言いたいのか、うすうす気づき始めていた。しかし彼がこれまでのことを真顔で言えるのが何か可笑しくて、少し笑いそうになることもあった。
「つまり、琴音が中学生になると、僕とまるで性格が合わなくなったんだよ。彼女はより陽気で活発な女子になったのに対して、僕は内気な性格に変わっていった。でも、初恋って結構引き摺るものでさあ、しかも恋愛って基本的に好きになってしまった方が下の立場になるでしょう?ここからは黒歴史になるんだけど、僕は彼女になんでも合わせて、できるだけ嫌われないようにって苦労してね。そのストレスのせいで白髪が生えちゃってさ、それを隠すために真っ白に染めてもらったんだよね」
なんというか、重い。酷いとしか言いようがない。白い髪は普通にファッションだと思っていたのに、聞かなければ良かったとさえ思えた。
「ね、聞かなかった方がよかったでしょ?」
「…そうですね。できれば全部嘘と云ってくれた方が気が楽ですね。」
すると彼は急に笑い出した。
「まあ、半分嘘だけど。それからはご想像に任せるかな。ただ、僕は恋からは冷めた。それだけは誤解しないでね。」
そう言い終わった直後、部屋のインターホンが鳴り響いた。
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