第4話 それぞれの準備

「ちょ、ちょっと、今井さん。何したの?」

「え?女の子にアポを取らせてあげただけですよ。」

「なんで勝手に許可するのさ!?」

「だって幼馴染だと…本人確認もできましたので。もしかして何かトラウマものなんですか?地雷女ですか?」

「当たらずとも遠からず。」

「…それは、まずかったですかね(棒)」


絶対本気にしてないだろ。やってくれたよ、ほんとに…


「そもそも商業相手にすらまともに顔見せたこと無いのにさあ…」

「はいはい、次からもっと慎重にやりますよ。」


茶番は好きだが…


「…本心は?」

「え、何のことでしょう。」

「知られたくないの?」

「…いいえ。奏人さんに青春が来たら、また考え直してくれるかな、と思いまして。」

「…その話はもう終わったんじゃなかったっけ。」

「私はあなたの考えが変わるまで聞き続けますからね。」

「…めんどくさ」

「ふふ、はい、私は面倒臭いですよ」


どうせ変わることなんてないのに…


「とりあえず、片づけをしましょうか。この部屋、相当に汚いですよ。ファンからのプレゼント類とか、好きな歌手ひとのアルバムなんかもありますね。」

「ここに呼ぶの!?」

「ええ、当たり前じゃないですか。さっさと始めましょう。」

「ええ…」


勘弁してほしい。片づけなんて面倒なこと、僕ができるはずないのに…


「あ、これ久しぶりに見ました。初めて会ったとき、この人の曲一番好きって言ってましたよね、初回限定盤のアルバムステッカーですよ。」


 ああ、そんな話もしたなあ。「でもやっぱりデザインを見てみたい」って言ったんだっけ。


「今でも見たいですか?」

「あたりまえでしょ」

「そこだけは正直なんですね。」


たぶん苦笑いしているんだなと想像がつく。


「でも、それだけの理由で考えが変わる男子じゃないよ」

「そんなに頑固にならない方がいいと思いますよ」

「頑固じゃない、人生で何か突き通すものがあるのは男のロマンだ」

「…古くさ」

「今、古くさって云ったな!?」

「ええ、古臭いです。あなたにとっては。奏人さんもわかっているでしょう?」

「…………」

「わかりました。今日はこのあたりで妥協しましょう。掃除が全然進みません。」

「頼むよ。」


ガサゴソと、物が動く音がする。


「とりあえず、奏人さんはこのCD類を片付けてください」


確かにCDの片づけぐらいなら、僕にもできる。だいたいの家具の位置は把握してあるし。


「…わかったよ。転んでも、笑うなよ。」

「ふふ、はいはい、わかってますよ」




サイド…琴音ことね


「あー、ワンピースなんて持ってたんだー。こーとーね~、かわいいじゃない。」

「あ、いや、それはお母さんが送ってきたやつで―――」

「へー、お母さんわかってるねえ。」

「ちょ、やめてよ。」

「いいじゃないいいじゃない。気になる男子に会いに行くんだから、お洒落しなきゃ。」

「でも――」

「似合う服なんだから着なさいよ。あんた、容姿も性格もいいんだから。」

「…そんなに自信持てないよ。」

「はぁ~?染め髪までしておいて、強気に生きなくてどうするのよ。」

「これはまた別で」

「ああ、もうそういうのいいから、似合ってる。これで惚れない男はいない。私が保証してあげる。あ、そういえば彼の好みとか知らないの?」

「…だから、目、見えないんだから、意味ないよ。」


 震えながら、言う。

「あ…」と掠れた声が聞こえるのがわかる。そう、目が見えないというのは、思うよりもずっと不便なことなのだ。


「そ、それでも、今の恰好で行った方が絶対いいよ。マネージャーさんもいるんだろうし。手は抜かない方がいい。」


 確かに姫奈の言っていることは正しい。でも、そんなに自信のない声じゃ、私の心は動かない。


「…やっぱり、いつもの服で行くよ。さすがに部屋着は来ていかないけど。」


 そういって、ワンピースを脱ぎ捨てる。好きな画家がデザインしたTシャツを着て、青と白で塗られたシンプルなナイロンジャケットを羽織る。ダメージジーンズを履いて、真っ白のキャップを被る。


「それも確かに似合うけど、さ…」


 小声で姫奈が何か言っているが、気にしない。彼女は言いたいときはちゃんと大きな声で言う人だから。


「それじゃあ、行ってきます。」

「はあ、もう、わかったわよ。行ってらっしゃい。」


うじうじしない。彼女の一番いいところであり、私が一番尊敬するところでもある。


私は笑みを浮かべて、部屋の扉を閉じた。

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