第3話 アポイントメント


「ああ~!どうしよう!」


学園寮の一室、椅子に座り、あの名刺とにらめっこする。


「どうしたのよ。琴音、さっきからずっと唸ってるけど。」

「えー、いや、ちょっと私事で…。」


心配の声を上げるのは、ルームメイトである姫奈、弥生姫奈、私と同じ15歳。ものすごく美人で、友達も多い。彼氏も、いたことはあるらしい。


「なになに、教えてくれてもいいじゃない。あたしと琴音の仲なんだから。」


 言えるか!

探していた幼馴染を見つけたけど、また会うためのアポを取るか迷っているなんて。

避けられたのよ、私。アポなんか取ったって、まともな話もせずに気まずくなったりしたらどうしよう。

 第一にアポを取らないと会えない幼馴染って何よ。

もう…、本当にどうしたらいいか…


「なになに?アーティスト『Hope』専属プロデューサー今井花?…あんた『Hope』ってあの?」

「多分、そうだと思う…。」

「…どうやって手に入れたの。」

「え、いや、それは…」

「答えなさいっ!!」

「……誰にも言わない?」

「言わないわ。」


「…本人にあったの。『Hope』のヴォーカルに。」

「ええ!?マジで?あの?」


肯定の意味で、首を縦に振る。


「はー、で、どうしたの?思い悩むような顔、あんたらしくないじゃない。」

「…アポを取るか迷ってるのよ。実際奏人に会っても、何を話せばいいかわかんないし。」


「ん?なんか話がかみ合わなくない?奏人って誰よ?」

「あれ、前に話さなかったっけ?私の幼馴染のこと。」

「あ~!あの蒸発した男の子の話、本当だったの?」

「当たり前じゃない。」


「で、その幼馴染と、『Hope』のヴォーカルになんの関係が?」

「え、だから関係も何も、奏人が『Hope』のヴォーカルなのよ。」

「えーーーーーー!!!????それこそマジ?」

「マジマジ。」

「何?知ってたわけ?」

「うん。声が奏人だったから。『Hope』の曲を初めて聞いた時に気づいた。」


「よく覚えてたよね。確かいなくなったのって小学生の頃でしょ?」

「いや、中2。なんか、パズルが嵌るみたいな感覚だった。」

「ふーん。じゃあ、アポとればいいじゃん。久しぶりでしょ。こんな部屋にいてないで、もっと彼と話してきなよ。」


「ぐっ、確かにそうなんだけど。」

「なになに、まだあるの?」

「……避けられたの。」

「はぁ~?」

「手を伸ばしたら振り払われて、目すら合わせてくれなかった。」

「で?」

「嫌われたのかな、私。」

「なるほど、あり得るね。」

「何か励ましの言葉はないの?」

「客観的感想だよ。普通に、『あるな』と思って。」

「そうしたってもうちょっとオブラートに包もうよ。ああ、もうどうしよう、私。」


悲痛の声を上げて、私はうずくまる。


「あれ、そういや、あんたなんて言った?」

「何のことよ…?」

「だから、あの、彼に会ったときにどうされたって言った?」

「人の話ぐらいちゃんと聞きなさいよ…手を振り払われた。」

「そのあとよ。」

「目も合わせてくれなかった。」


はっと姫奈の顔が固まる。少し青いようにも見える。どうしたんだろう。


「目を合わせてくれなかったの?目を閉じていたんじゃなくて?」

「そうだけど?大した違いじゃなくない?」


さらに姫奈の顔が青くなる。


「あんた、知らないの?」

「何が?」

「………『Hope』のヴォーカルって目が見えないんだよ?」

「え?」


私の顔も今、青く固まっていると思う。


「彼、Aprilっていう名前で活動してるんだけど、これ見て。」


スマホでWikipediaのページを見せられる。


「『中学2年の時、事故により両目とも失明、一時は活動停止も危ぶまれたが、2週間ほどの活動休止を経て、復帰。東京へ上京する。』何よこれ…。」


確かに時期が合う。じゃあ、そうなのか。いや、それよりも―――


「あんた、このこと知らされてなかったの?」

「うん。」

「……ああ!!もうわかんないな。このままじゃ何にもわからない。

問い質さないと。ほら、電話かけなよ。」


イライラを隠さずに思ったところを言う。

まあ、それがいいところでもあるんだけど。


「でも……」

「ああ、もう、じれったいな!」


私のスマホを奪って。姫奈は操作しだす。


「あ、ちょっとまっ……」


「あ、もしもし、前にあった悠月琴音というものですが、えいぷ…いや奏人さんにアポイントメントはとれますか?」

【ああ、昨日会った子ね。どうしたの。知り合いなの?】

「ちょ――」

「幼馴染です。北海道から追いかけてきました。」


電話越しに口笛の音が聞こえる。


【ロマンチックじゃない。一応確認取るわね。

……ねえ!奏人さん。昨日のあの子、幼馴染なの?

………[あ、うん。そうだけど?それがどうかしたの?]じゃあ決まりね!おっけーよ琴音ちゃん。今日の三時は暇だから。お茶しにきなよ。場所は品川の○○通りの△○ビルってところの24階よ。[は!?いや、それはどういう】


「わかりました!ありがとうございます!」

【待ってるからねー。】プチ


電話が切れる。


「姫奈、何してくれてるのよ!!品川なんて、電車使えないのに…。」

「大丈夫だって、電車代ぐらい出してやるから、行って来い!」


「んー。もう!……。」


また、うずくまる。


姫奈を見る。

怖い、こわいよ…。


「わかったよ……。」

「よし、じゃあ、コーディネートも始めようか。」

「ええ!?」

「え?だってお家デートでしょ!張り切らなきゃ!」


いつまで振り回されるんだろう……。

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