【いつも応援して下さる皆様へ、大切なお知らせ】
南南東
第1話
ティロン ♪
聞きなれた通知音。何の気なしにスマホを取り上げて、画面を覗く。通知センターに表示されていたのはこんな文言。
SKY BOYS 公式さんがリーブしました
【いつも応援して下さる皆様へ、大切なお知らせ】この度・・・
目にした瞬間、心臓が跳ねた。そして、血の気が引いた。
通知センターに表示できる文字数には限りがある。その限られた、たった数行の文章で、なぜ私がここまで取り乱すのか。
その理由は、この、
‘‘いつも応援して下さる皆様へ、大切なお知らせ‘‘
という言葉にある。この言葉の後に続く事柄は、99%、応援している側からすれば良い知らせでは無いのだ。そういうものなのだ。
そう言われても、まだピンと来ない人もいるかもしれない。
‘‘いつも応援して下さる皆様へ、大切なお知らせ‘‘
を無理やり他の言葉に例えるとすれば、
‘‘行けたら行く‘‘
だろうか。
表向き、その言葉にはマイナスの意味は一切含まれていないが、受け取り手としては、その言葉の裏側にあるものに気づかずにはいられないのだ。
私は無我夢中で、通知をスライドして、リーバーを開いた。
『リョースケ、SKY BOYS 脱退のお知らせ』
待って。震えた声が鼓膜に届いて、初めて自分が言葉を発していたことに気づいた。
忘れもしない、2020年3月20日午後5時。
大好きな人が、芸能界を引退した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
死にたくないけど、生きたくない。
そんな事ばかり考えていた中3の私。
私は当時、どこにでもいる15歳だった。と自分では思っている。変わっているところなんて1つも無い。でも、母から言わせれば、私は「生きづらい」らしい。
私は母と仲が良い。それは父とも同じことだ。私が生きたくないなんてのたまうのは、家族間の問題があったからでは無いのだ。家庭について、私は悩みは無い。
なら友達関係か?いや、友達はいた。両手の指に収まるぐらいだが。それなりに学校は楽しかった。
ならば、どうして生きたくないのか。
それは、取り立てて、生きる理由が無かったからだ。
仲の良い友達と、昨日見たテレビについて話すのは楽しい。
母の得意料理であるカルボナーラは美味しい。
図書室に新しく入った本は面白い。
休日の朝の二度寝は気持ちいい。
知っている。知っているのだ。分かっているのだ。
でも、だけれども、それら全部が、‘‘そこまでではない‘‘のだ。
五体満足、暖衣飽食。それでも‘‘そこまでではない‘‘人生に、私にとって初めての試練。高校受験が訪れた。
耳にタコが出来るくらい聞いた、「将来のため」という言葉。
将来なんて、将来なんて。
朝から晩まで勉強勉強。頭の中には、詰め込んだ英単語と年号が渦巻く日々。塾への往路、自転車の振動で頭が揺れると、必死に脳に流し込んだ知識が零れていきそうになる。なみなみと注がれた、コップの中の液体のように。
明日が来なくてもいいのに、なんで将来のための勉強なんかしなくちゃいけないのだろう。
反論したかった。反抗したかった。
でも私には、今の自分にとって勉強よりも有意義なことを見つけられなかった。
希望も夢も、何もかも無い。そんな空っぽな自分が、ただただ悲しかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
夜、塾から帰ってきてからは、寝てしまうとまた勉強するだけの一日が始まってしまうのが嫌で、出来る限り夜ふかしをしていた。
その行動が全ての面で良くないとは分かっていたけれど、そうせずにはいられなかった。でも、これといって、余らせた夜の時間にやりたいこともない。だから、耐えきれないほどの眠気が来るまで、動画サイトの『あなたへのおすすめ』を流し見していた。
ただただ、時間を浪費する日々。進めばぶつりと途切れていそうな、はたまたどこまでも永遠に続いていそうな、真っ暗なトンネルの中にいるような日々。そう、真っ暗な。
だからこそ、より、惹きつけられたのかもしれない。その光に。
私は出会ってしまった。眩い眩いそれに。
見ず知らずの人が撮ったであろう、見ず知らずのグループのフリーライブの映像。
歌いながら踊っている5人組を見ている観客の割合とすれば、恐らくそのグループのファンが…身につけているグッズなどから察するに、およそ3割ほど、だろうか。ライブをしている場所は都会のど真ん中のようで、観客はそれなりに集まってはいるが、そのほとんどが通りすがりのようだ。
その動画の再生回数は、2500回。その時点で私は、観客の様子とも合わせてなんとなく、そのグループの規模を察した。多分、この人達、あんまり人気がない。
動画を閉じようと思った。何故かと問われれば、反射だとしか言いようがない。メジャーでは無いものを、自分から遠ざけようとする本能。大概の人間は、世間的に人気の無いものに対して興味を持たないはずだ。余程のきっかけが無い限り。
動画を閉じようと思った。
手の中に収まる小さな画面の、更に3分の1ぐらいの四角の中で、1人の男性が、笑っていた。
それも、とびっきりの笑顔で。
それを見た瞬間ふと、絶対に、この動画を閉じてはいけないと思った。
逃してはいけないと。この光を逃してはいけないと。
約4分間の動画を閉じずに見終わって、私はすぐさまその5人組の他の動画を探し始めた。
そこから先の私はなんというか、急降下するジェットコースターのように、彼らに嵌っていった。当時自分の目と耳は、彼らに触れるためにしか使っていなかったような気すらする。
学校や塾の合間を縫って、他の動画を見る度に、彼らのさらなる魅力に気づいていく。
歌とダンスのクオリティの高さ。
ネットの配信番組でのトークの面白さ。
メンバー同士の仲の良さ。
しかし、最も私の心を掴んで離さなかったのは、彼らがいつだって、心から楽しそうに活動をしていたところだ。
彼らは、SKY BOYSは、歌って踊って、笑う。
自分達はこの瞬間の為に生まれてきたのだと言うかのように。
自分達が今ここにいる世界には、一点の陰りも無いとでも言うかのように。
私には無い、煌めき。
私に足りないものが、彼らにはある。
私のからっぽの生を埋めてくれるのは、彼らしかいない。そう、確信した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
もっと彼らのことが知りたくて、今まで手を出していなかったSNSを始めてみた。
それが、今、特に若者の間で急速に普及している、独り言の集合体のようなSNS、リーバーだ。(リーバーという名には、葉脈のように多岐にわたるジャンルの人々を、1枚の葉、ひいては1本の木のように繋ぎたいという想いが込められている、らしい。)
アカウント名はシトロン。本名である「柚葉」から柚をとって、英語にした。
ひとまずはメンバーそれぞれのアカウントと、SKY BOYSの公式アカウントのみをフォローしたのだが、1番初めにフォローしたのはもちろん、リョースケだ。
小さな画面いっぱいに、きらきら笑っていた人。俗に言う、私の『推し』である。
彼が一言、「おはよう!」とリーブしてくれるだけで、今日という日は私にとって素晴らしいものになる気がする。あまりに単純であるが、単純に大好きなのだから仕方ない。
彼を見ているだけで幸せなのだ。今日も彼がどこかで生きているだけで、幸せなのだ。ああ、彼に出会えた、生まれてこれて良かった。
自分が生きていることに感謝する1番の理由が、画面越しにしか会ったことがない赤の他人にあることが、身近な人達に少し申し訳なかったが、それは、どうしようもなかった。
動画サイトに上がっているミュージックビデオを何度も何度も見て、私には、SKY BOYSのライブに行ってみたいという思いが芽生えた。彼らの歌声を生で聴きたい、ダンスを生で観たい。何より、彼らと同じ時を一緒に過ごしたい。
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そこから私は、勉強に一層身が入るようになった。相変わらず行きたい高校なんて特に無かったけれど、でも、ここで、高校受験という人生の節目で全力を尽くせないと、彼らのライブになんて行けない、そう思ったのだ。全身全霊でパフォーマンスをする彼らを、命を輝かせている彼らを、惰性で生きている私が直視出来るわけがないと思ったのだ。
元々、とても努力家とは言えない人間だったので、寝食を忘れてとまではいかなかったが、それでも自分に出来ることはやった。疲れてしまうことももちろんあったし、全てを捨て去って、消えてしまいたいと思うことさえあった。そんな時には、SKY BOYSの曲を聴いた。そうすると、こんなところで止まる訳にはいかないという気持ちがふつふつと沸いてくるのである。
私は、目標としていた高校より、1つ上の学校に合格した。2020年、3月16日のことだった。
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受験直前は控えていたリーバーを、3月11日、試験が終わった日から再開した。見逃していたメンバーのリーブにいいねをしてから、あることを決意した。それは、自分以外のSKY BOYSのファンとリーバーで繋がることである。家族や友人にSKY BOYSのファンはいない。知名度から考えて仕方の無いことだ。
私は、彼らの良さを何とかして、誰かと分かち合いたいと切実に思っていた。他人とこれほどまでに、何かを共感し合いたいと感じるのは人生で初めてのことだった。
リーバーで「SKY BOYS」と検索すると、いとも簡単にファンのアカウントが見つかる。現実世界で自分と同じものを好きな人を探すことがどれほど難しいか、それをすっかり忘れさせるほどの容易さだった。
沢山の人が、各々の推しまたはSKY BOYSという存在そのものについて、自由に愛を語っている。年齢、職業、住んでいる地域、何もかもがバラバラの人間が、同じ1つのものを好きであること。それがなんだか凄まじく尊いものに感じられて、気づけば涙が出てしまっていた。今になって思えば受験本番が終わった直後だったので、情緒が不安定だったのかもしれない。まあ、SKY BOYSに出会ってから情緒はいい意味で揺るがされてばかりなのだが。
目についた人からフォローしていくと、フォローを返してくれる人がいた。リーバーだけが全てじゃない。分かっているけれど、ようやくSKY BOYSの1ファンになれたようで、とんでもなく嬉しかった。受験生の期間に自分の中でだけ暖めていた愛をリーブしてみると、反応をもらえて、嬉しくて飛び上がりそうになった。
挨拶から始まって少しずつ他のファンと交流していく中で、私は、ある人に出会った。
私と同じ都道府県に住んでいるらしい、『あたりめ』さんだ。
あたりめさんは私からフォローした。なぜフォローしたか、それは、あたりめさんの独特な愛の表現に惹かれたからだ。あたりめさんの推しは私の推しリョースケではなく、SKY BOYSのリーダーであるタイガだった。
-タイガの鎖骨の美しさは生命の神秘、タイガの首から肩にかけて、神様が使うハンガーみたいじゃない?-
-タイガの皆を纏める力ってナポレオン超えるって切実に思うんだよね-
-私の葬式では『屏風のタイガ』(※タイガのソロ曲)を流して欲しい。お棺の中には、贅沢は言わないから、タイガのファースト写真集だけ入れてくれ-
こんな感じのパンチの効いた愛が1日に平均して20リーブほどされるのである。愛が深い。愛が重い。その愛に、惹かれてしまったのだ。やっぱり私は少し、変わっているのかもしれない。
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多少愛情表現が個性的なあたりめさんだが、他の人と会話する際はとても親しみやすかった。もちろん私に対しても例外では無い。キャパ50人の会場で行われたSKY BOYSのファーストライブに赴いていた、いわゆる『古参』であるあたりめさんは、『新規』ファンの私にSKY BOYSに関する色々なことを教えてくれた。
彼らを好きだという気持ちを共有し合える人達にネット上ではあるが出会い、ますますSKY BOYSを推すことが楽しくなっていた私。いつか、自らのフォロワーと共にライブに行ったりする日が来るのだろうか…そんなことを考えては心躍らせていた時だった。リョースケがSKY BOYSを脱退し、芸能界を引退したのは。
志望校合格を知った日の4日後。私は、太陽を失った。人生の道標を失った。大袈裟に聞こえるだろうか、でも私にとってはそれほどに大切で、大切で、大きな存在だったのだ。
見るもの全てが灰色に見えるようになった。食事が喉を通らなくなった。三日三晩、泣いた。生で姿を見ることが、歌声を聴くことが出来なかった。これから先それが出来る可能性は、もう無い。永遠に。
得た生きがいを、再び、失ってしまった。もう、どうすればいいのか分からなかった。本当に分からなくて、とりあえず泣いた。分からないと思う度に泣いた。繰り返している内に、涙が枯れた。
乾いた目で、私はリーバーをはじめとして、インターネットばかりを眺めるようになった。発表されてすぐは他人の反応なんて見る余裕が無かったが、今となっては見ないではいられない。リョースケについて自分1人だけで考え続けているなんて耐えられなかった。
リョースケはどこにいってしまったの。
リョースケはなぜ消えてしまったの。
その答えを知るには、ネット上に散らばったリョースケのかけらをかき集めるしか無いのだと、その時の私は感じていた。
リーバーは、混沌を極めていた。特にリョースケ推したちの間で。
なんで何があったの戻ってきてお願いします今までありがとうどうしても辞めなきゃいけなかったのそういえばあの頃から辛そうだったもうSKY BOYS推し引退します気づいてあげられなくてごめんなさいリョースケのこと忘れないよ
色々な人の言葉がぐるぐる。
自分の頭でぐるぐる。
ロード中に出る輪っかがぐるぐる。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
「SKY BOYSのリョースケが脱退!脱退の理由は女性関係?金銭トラブル?徹底調査!」
スカスカで下品な内容の記事だった。リョースケについて書かれている記事で見ていないページはこんなものばかりになってしまって、私はやっと、インターネットを使って答えの無い問いを解くことをやめた。
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しばらく見ていなかったリーバーの通知欄を開く。受験が終わって、全力でSKY BOYSを応援出来るようになった矢先に、推しから引退発表を受けた私宛の、繋がったばかりのフォロワーからの哀れみにも似た優しい言葉が並んでいた。
その優しさは心に染みたが、返信する元気は無い。いいねを押すだけ押して、私は決意した。リーバーを、やめよう。リーバーには、SKY BOYSの思い出しかない。もう、存在を思い出すだけで、つらい。
やめる前に一言、フォロワーへ向けてお礼だけでも、言っておこう。
-短い間でしたがお世話になりました。リョースケという存在がいたことをありありと感じるこのリーバーに居続けるのは、私には無理でした。もう、忘れたいと思います。アカウントは削除いたします。今まで、ありがとうございました-
いくつかいいねやコメントが来る中で、ただ1件、他の人からは見えないダイレクトメッセージが送られてきた。
-リーバー、おやめになられてしまうんですね…シトロンさん、○○県でしたよね?
もし、もしシトロンさんさえ良ければ、1度現実でお会いしませんか?
もちろんこのご時世、ネットで出会った人と会うのなんて不安ですよね…!もし会ってもいいなと思ったら、1度ご両親に相談してみてほしいです。
SKY BOYSの1ファンとして、いくらでも、お話聞きます-
ダイレクトメッセージはあたりめさんからだった。まず思ったのは、そっか、あたりめさんって現実に生きてるんだ…という当たり前のことだった。会おうと誘われた、という実感が湧いてきたのは、それから少し経ってからだった。
どうしよう、どうしよう。
もしかしてあたりめさんは、私のことを心配してくれているのか?数回ネット上で話したことがあるだけの、同じ都道府県に住んでいるだけの私を?そんな人がこの世にいるなんて、にわかには信じられない。待ち合わせ場所に行ったら、悪い大人だったりするのだろうか…
私は考えに考えた。やっぱり危険ではないか?いや、危険などとはまた別に、初対面の大人となんて、ちゃんと話せるのか?
色々な不安が渦巻いた。でも、私は、両親と相談し、あたりめさんと会うことを決めた。SKY BOYSを本当に分かっている人に、抱え続けているこの悲しさを聞いてもらえる。その魅力には、抗えなかった。
家族や友達じゃだめなのだ。彼らの輝きを、リョースケの輝きを。私が、皆が失ったものの大きさを、分かってくれる人じゃないと、だめなのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
春休みも終わりに近づいてきた頃、その日はやってきた。住んでいるところよりは比較的都会のカフェで、あたりめさんと待ち合わせ。カフェまでは、母に付いてきてもらうことで落ちついた。母はSKY BOYSについて詳しくは知らないものの、私が彼らを大好きで、そしてその中の誰かがいなくなってしまったことを、なんとなく、察しているようだった。
共通の趣味を持った知らない人と繋がれるなんて、SNSってやっぱり凄いんだね。たくさん、柚葉が好きな人達について、お話出来るといいね。
母はカフェへの道中、そう言ってくれた。私の趣味について、母は否定も詮索もしない。そんな母が、私は大好きだ。
…とうとう、着いてしまった。自動ドアを通り抜けて、おずおずと店内を見回す。近くにいた店員さんに、4番テーブルはどこかを尋ねる。そこにはもう既に、あたりめさんがいるのだ。
4番テーブルには、長くてさらさらな髪を腰まで垂らした、おしとやかな雰囲気の女性が座っていた。当たり前だが、「あたりめ」という名前から感じる若干の親父くささは微塵もない。普段のツイートから伺える色濃い個性も感じられない。都会のカフェにしっとり馴染んだその女性は私に気づくと、まるで小さな花が開くように微笑んだ。
あたりめさんと私が無事に合流したのを見届けて、母はすぐにカフェを後にした。母は私が帰るまでの間、適当に時間を潰してくれる。
気まずい沈黙が流れたらどうしよう、そう考える暇もなく、開口一番、あたりめさんはこう言った。
「シトロンちゃん、会いたかった~!!!!!」
そ、想定外のテンション。目をぱちくりさせている私には構わず、あたりめさんは満面の笑みで話し続ける。
「シトロンちゃんのリーブ、もう共感しかなくてね…!中3でこの文章力とか、人生何周目?!って言いたくなっちゃったもん!」
「あ…あ、ありがとうございます…?」
「そうだ!今日はね~これ持ってきたの。じゃーん!ボーイズマガジン2月号!!この雑誌が出た時って、シトロンちゃんまだ受験生だったよね??この時のビジュアルめちゃくちゃよくてね~!!」
あたりめさんは止まらない。すっかりあたりめさんのペースだ。でも、はつらつとしたそのリズムが、心地よい。
「ほんとだ、うわ顔がいい…!衣装もめっちゃいいですね!!タイガがピアス付けてるの珍しくないですか?」
「そうなの~!もう~~見た瞬間卒倒するかと思ったよね!!」
何だこれ。楽しすぎる。
好きを生で共有出来るってこんなに楽しいのか。そんなの、知る由もなかったな。
「タイガはね~、一見優等生な感じなんだけど、ほら、やっぱりリーダーだからさ。でも、実はちょい投げやりで豪快なところあるんだよね…そこがまたいいの…尊い……」
あたりめさんが心から幸せそうに、推しであるタイガについて語っている姿を見ると、私まで幸せになった。ああ、いいなあ。
「…ねえ、次はシトロンちゃんの推しについて聞きたいな」
「え…」
「リョースケの好きなところ、聞きたいな」
「…でも、えっと…もう、リョースケは、いないから」
リョースケ、いないんだ。自分の言葉に自分が傷ついた。
「…ごめんね、傷口に塩を塗るようなことしちゃったかもしれない。……あの、シトロンちゃん。もしよかったら、私の話、聞いてくれる?」
さっきからずっとあたりめさんの話は聞いているけど、きっとこれから話される話は、今までの話とは違う。それを一瞬で悟らせる声音だった。
「はい…」
「私ね、SKY BOYSの前は、6年前ぐらいかなあ、あるバンドが好きで。男性スリーピースバンド。そのバンドの、特にボーカルが大好きだったの。その頃は今ほど『推し』っていう概念が無かったんだけど、今思えば人生初の推しだったのかも。」
「その人ね、突然事故で亡くなったの。」
私は、言葉が出ない。
あたりめさんは淡々と続ける。
「突然お知らせが来て。大切なお知らせってやつ。見た瞬間、そりゃ、泣くよね。何も手につかなくなっちゃって。」
「擦り切れるほど聴いてたCD、触れなくなって。ライブ映像も、観れなくなっちゃって。とうとう、捨てよう、って思ったの。つらいから。」
「でも、捨てる前に、あれだけ好きだったからもう1回だけ聴こうと思って。コンポでかけたら、やっぱりむちゃくちゃ良いの。涙出るくらい、良いの。…そこでね、私思ったんだ、あ、私彼のこと、2回死んだ人にしてたんだって。」
「彼の肉体が朽ちたって、彼が、彼らが残した音楽は朽ちない。その音楽を聴く人がい続ける限り。
彼らの音楽をこの世界中の人間が誰1人聴かなくなって、皆が彼らの存在を忘れた時初めて、彼らはバンドとして、死ぬんだって。」
「だから私、シトロンちゃんがもしまだリョースケを好きなら、無理に忘れようとしないで欲しい。つらいなら忘れてもいいけど、やっぱり、好きっていう感情は忘れちゃだめ。私は、忘れようとした時間がすごく、つらかったから…
シトロンちゃんがリョースケを好きでいる限り、SKY BOYSのリョースケは消えない。いなくなんて、ならないんだよ。」
「シトロンちゃんの記憶の中で、いつまでも輝いていていいんだよ。記憶の中に、いていいんだよ。自分で終わりを選んだ、『リョースケ』をやり切ったリョースケが」
あたりめさんの言葉を聞いて、私は泣いていた。最近、泣いてばっかりだ。
俯き気味に話していたあたりめさんは、話し終わって初めて、私が泣いていたことに気づいたようだ。
「わ~!!ごめんね、初対面でべらべら自分のことばっかり喋って、デリケートなことなのに、口出しばっかりしちゃってごめんね…!実は、どうしてもシトロンちゃんが、昔の私と重なっちゃって…何もせずにはいられなくて」
そういいながらあたりめさんは私にハンカチを差し出す。自分の涙であたりめさんのハンカチを汚すのが嫌で、服の袖で拭きながら、私は弁解する。
「いや、あの、全然いやじゃないんです、色々感情が、溢れちゃって…
すっごくつらかっただろうに、私のために話してくれてほんとに、ほんとにありがとうございます」
ずっと抱えていた悲しみが、涙に溶けて自分の外へ流れていった気がした。しょっぱくない涙は、ここ最近で初めてだった。
私の中で、生き続けてるんだ。
それは、許されることなんだ…
それから私達は、パンケーキをオーダーした。生クリームをたっぷり乗っけたパンケーキを頬張りながら、たくさん大好きな人達の話をした。甘い甘い時間だった。
楽しい時間というのはあっという間で。すぐにいい時間になった。カフェでの代金は全てあたりめさんが払ってくれた。こんなんでも大人なんだから当たり前だよと、屈託のない笑顔で言っていた。
母と合流して、あたりめさんを見送る。あたりめさんはにこやかにこちらに手を振って、前を向き、歩き出した。都会の人混みに消えていくあたりめさんの背中を、私はずっと、見つめていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
芸能人であろうとなかろうと、人間は必ず死ぬ。遠くへ、行ってしまう。
ならば、誰かを愛すことは無意味なのだろうか。
違う。そんなことは無い。誰かを愛した日々は、輝きを放ちながら、自分の中にずっとずっと残ってゆく。
私は愛し続けよう。SKY BOYSのリョースケを。今頃どこで何をしているかなんて、そんなのはどうだっていい。ただ、幸せに生きていてくれれば、それでいい。
彼のことを私は、これからもずっと、だいすきだ。
母と共に帰路につく、私の足取りは軽かった。
【いつも応援して下さる皆様へ、大切なお知らせ】 南南東 @nannantou
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