第4話 宿泊学習(後編)
朝の4時半、廊下には静寂が流れる。教師も生徒もまだ誰も起きていないようだった。芽衣の部屋では、リーダー格の女子の布団がもぞもぞと動いていた。他の何人かの子にちょっかいをかけて起こしているようだ。リーダーを含む三人が目を覚まして、悪だくみを実行するべく準備をしている。
「ホントにやんの?さすがにヤバくない?」
「寝る前に言い返されてそのままでいれるかよ、別に大丈夫だって」
「ま、いいけど」
芽衣はそんなことを知る由もなく、すうすうと寝息を立てて眠っている。ピコンとスマホの音が鳴ったが、芽衣の眠りを覚ますほどではない。起きている3人の中の一人のスマホはに赤いランプが点灯している。動画の撮影を始めた音だった。
「動画撮ってるよ」
その子の一言をきっかけに、リーダー格の子の芝居がかった演技が始まる。
「おっはよーございます!今日は寝起きドッキリをやりたいとおもいまーす!」
テレビのドッキリ番組を真似して、小声でスマホに向かって話す。残りの二人は笑いをこらえているが、スマホに音声は入っているようだ。
「今日のターゲットはこちら!」
リーダーのフリを受けてスマホが芽衣に向く。
「1年4組の白崎芽衣さんです!名前はピー入れてよ~」
動画を撮っていない一人が、そっと掛布団をめくると寝息を立てる芽衣の顔がスマホに映る。
「スヤスヤ眠っているようです!では、もう少し布団をめくってみましょう」
リーダーの名司会ぶりは続く。カメラの角度を気にしながら、自分が映るように芽衣の掛布団にさらに手をかけた。芽衣が起きてしまわないよう、そろそろと布団をめくっていった。上半身が露わになり、さらにめくって下腹部が布団から出るところでリーダー以外の二人は噴き出した。声にならないよう、布団につっぷして爆笑している。
「ちょっと~、ちゃんとカメラ写して!」
名司会もヘラヘラと笑いながら、撮影を促す。少しざわついたが、芽衣はまだ目が覚める気配はない。カメラが再び芽衣の下腹部を写すと、3人はケラケラと笑った。寝る前の芽衣の下腹部も紙おむつで大きく膨れていたが、その時よりも大きく膨れているのがはっきりとわかる。
「おおっと!これはいったいなんでしょうか!大きく膨らんでいますね~」
わざとらしいリアクションで司会は続く。
「一体コレはなんだと思いますか?」
司会は撮影していないもう一人の子に話を振る。同時にスマホもその子に向けられた。
「え、え!なんだろうな~。でもなんかくさいです」
くさいという言葉を聞いて、今度は司会のリーダーが噴き出す。
「たしかに~。なんのにおいでしょうか?」
さらにインタビュー形式で質問を続ける。
「え~、そうだな~。おしっこのにおい!」
ストレートな回答に他の2人は笑いをこらえられない。
「え~、では答え合わせをしましょう!」
スマホが再び芽衣を写す。掛布団はもう膝の下まで下げられている。ついにリーダーの手は芽衣のジャージにかけられる。ゆっくりとズボンをめくると、テープタイプの紙おむつのヒラヒラが見えた。ずらすのが難しいと考えたリーダーはくるくると丸めるようにしてズボンを下げていった。下腹部の3割ほどが露わになったところで、テープを留めている部分が見え、リーダーがカメラに向かって宣言した。
「なんと!紙おむつです!しかも濡れているようです!麻衣ちゃん正解~!」
ここで3人は我慢しきれずに大爆笑となる。さすがに芽衣も何か起きていると察知したようで、う~んと言いながら目をこすろうとした。
芽衣が気づいたことにリーダーも気づき、力任せに芽衣のズボンを脱がせにかかった。芽衣が起き上がってスマホをひったくろうとしたときには、すでにズボンは膝まで下がり、おねしょでパンパンに膨らんだ紙おむつは全て露見した。撮影者のスマホには、芽衣がおむつ姿のまま鬼の形相でスマホをひったくるシーンまでがしっかり映っていた。
芽衣は泣かなかった。ここで弱いところを見せたら、余計に悪くなると思った。芽衣はスマホの取り合いで外れたおむつのテープの片方を一旦付け直した。一度考え直して、そのまま他のテープも外し、汚れた紙おむつごととってしまった。汚れて重くなったおむつの上からまた体操服のズボンを履くよりは、パンツを履かずにズボンを履いた方がマシだと思ったからだ。
撮影に加担した3人は、部屋の隅で芽衣がおむつを外すところをクスクス笑いながら見ていた。芽衣は紙おむつをきれいに丸めたが、大人用のテープタイプにパッド、そこに大量のおねしょをふくんだものは、あまりに大きい。幸いまだほとんど誰も起きていなかったので、そのまま医務室に向かうことにした。手に自分がおねしょした大きな紙おむつを持って、芽衣は廊下を進む。途中で見回りの若い男性教師と会ったが、「医務室に行きます」とだけ言うと、察したようだった。隠すのも余計に恥ずかしいと思い、紙おむつは手に持ったままだった。
部屋では、やっとスマホを取り返した3人組が、撮影の成果を確認していた。
「名司会じゃん!」
「ほんと~?」
芽衣と少し言い合いになってスマホをひったくられたくらいでは大したことない。今は芽衣の最大の秘密をどうやってクラスで話題にするかに頭を悩ませていた。
「ラインで流す?」
「それだと無関係なやつが先生にばらすかもしれないじゃん」
「じゃあ適当に加工してyoutubeにでも投げれば?」
「それでいっかー。見せたいやつにURL送ればいいし」
芽衣の命運はこうも簡単に決められてしまった。中学生ともなれば動画の編集もお手の物。一応芽衣の名前と顔の一部、司会をした子の顔は隠す加工をして、すぐにyoutubeにアップした。一度投稿された動画は、話題にもなればコピーされてこの世から消えることはない。
アップロードした子たちの予想に反して、動画はすぐに大きな話題となった。「中学生のいじめ動画拡散」という形で、ネット上ではアップした方が非難される展開になっているらしい。動画に映っていた学校のバッグで、すぐに学校と名前が特定された。そして芽衣にもそのことが知らされる。特定されたのは加害者3人だけでなく、被害者の芽衣も同じだった。同じ学校の生徒が見れば、誰のことなのかなんてすぐにわかる。いじめに直接関係のない生徒がどこかに書き込んだのかもしれない。
1年4組白崎芽衣、いじめの被害者ではなく、おねしょでおむつの取れない中学生としてネットに名前を残すことになった。他の生徒がさらに書き込んだのであろうか、「その子昼間もおむつ履いてるよ」という投稿とともに、芽衣が体操服を着替えているところを盗撮した画像も出回った。もちろん芽衣の顔も、おむつを履いているところも鮮明に映っている。
芽衣’s はおらーん @Go2_asuza
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