&α over the Rain.

「もしもし。段差があるから、ちょっと待ってね」


 車椅子。段差を乗り越える、音。


「もしもし」


「うん?」


「今。どんな景色?」


「病院の外は、夕陽が、綺麗です。雨上がりです。ずっと降っていた雨がやんで、虹が架かっています」


「虹か」


「とっても、綺麗です」


「ありがとう」


「ううん。これからもずっと、あなたの側にいられれば。それだけで、私はいいの」


「そういうわけにはいかない」


「あなたが好きなの。一緒にいさせて」


「君にも、仕事がある。休んじゃいけない」


「仕事なんて」


「街の景色を、守るんだろ?」


 車椅子。止まる。


「なあ」


「うん?」


「街に、連れていってほしい。今すぐ」


「うん。わかった」


 車椅子。また、動き出す。十分ほどで、また、止まる。


「着いたよ。いつもの、駅前。こんなに近くに、いたんだね」


「駅前の市民病院だからな」


 夕陽。虹。


「もしもし」


「うん?」


「聞いてほしい、ことがある」


「仕事のことは」


「違う。違うんだ。つらくて、くるしいことだけど。聞いていて、ほしい」


「わかった。手を、握っていても、いい?」


 手が、繋がれる。


「俺には、親族がいない。みんな、遺産を残していなくなった。ずっと、記憶だけが、なくて。それが、目を見えなくさせてる原因だって、医者にも言われてた」


「うん」


「火事だったんだ。家がひとつ、まるごと、燃えるような」


「うん」


「くるしい」


「ゆっくり。ゆっくり呼吸をして。がまんしないで」


「俺は、火事で、ずっと。燃える家族を。見てたんだ。だから、こわかった。目が、見えないのも。だから」


「大丈夫。ゆっくり呼吸をして。ここにいるよ。大丈夫」


「夕陽が、俺の目を見えなくさせてた。この街の夕陽は、真っ紅だから。心が、こわがってたんだと、思う」


「うん」


「こわい。とっても、こわい。つらい」


 手。暖かい。


「でも、見たい。もういちど。俺は。街の景色を」


 虹。夕陽。涙でぼやけて、霞む。


「すぐには、見えてこないけど、ぼんやりと、輪郭が、見える」


「みえ、るの?」


「まだ、完全には、見えない。今、火事のことを話してるときに、ゆっくり、戻ってきた。視界が」


「でも」


「家族のことも、思い出したから。つらいのは、変わらない」


「そっか」


「俺の。俺の側に、いてください。こわい。でも、あなたといたら、こわくても、なんとか、生きていける。あなたの作った街の景色を、見ていたいと、思えるから」


「私もです。あなたと、生きていたい」


 夕陽。虹。


 彼女の、笑顔。


 もういちど。

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電話先の夕陽 春嵐 @aiot3110

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