夢のない日々

春嵐

あの頃へ、もういちど

 魔法少女みたいな変な格好をして、トイレで吐いてるひとがいた。


 聞いてみたら成人してるらしく、吐きかたが酔った人間のそれだったので、酔い止めをあげた。


「効くんだな。いや、助かりました。ありがとうございます」


「いえ。呑み会にはいつも行かないといけないので」


「あへえ。社会的な行動なわけね」


「社会的?」


「あれでしょ。毎日毎日働いて、夢のない日々を過ごして、呑み会でべろべろに酔って、誰かの胸に」


「抱かれません。酔い止めは一応毎回飲みますけど、胃を保護するためであって酔ったことはありません。ましてやそんな」


「ああそう。種として存続させる意思を放棄してんのね。よろしいこと。まあ何十億と種がいるわけだしいいんでないの?」


「種って、なんですか、その」


「人間が何十億いるんじゃなくてね、個体差があってそれぞれ別個の能力を持った種類の二足歩行社会性保有動物が、何十億といるのよ」


 わけがわからないので、黙っていた。


「まあいいわ。魔法少女の痛い妄想だと思って聞き流しなよ」


 痛い妄想。


「私も、昔は痛い妄想、してました」


「どんなの?」


「いや、あの」


「ゴスロリババアが痛い妄想披露したのに、スーツでかしこまった若え女が痛い妄想を披露しないのは人権的にどうかと思うわけよ。わかる?」


 仕方ないか。なんかもう、普通に働くのもいやになってきている。


「高校生ぐらい、かな。冴えない顔でクラスでも目立たなくて」


「良い女の顔してっけど?」


「これは化粧です」


「あ、そ」


「たまたま、なんというか、男の子がよくやる、戦争とか帝国とか共和国とか、そういうのにはまって、なんか今思うと笑えてくるような妄想をいつもしてたんです。実は日本は違う世界線があって、実は違う未来があって、とか」


「ありがちな厨二ね」


「あなたにいわれたくないです」


「魔法少女だからね」


「当時の私は、値段の高い車とか執事にも憧れてて。一生かかって働いても乗れないって、なんとなく気付いてたのかな。そういう妄想を、してました。妄想のなかで私は、綺麗で、高い車を持ってて、日本の未来のために戦ってたんです。裏山とかに集まったりして」


「いたたたた」


「言わないでください」


「痛い妄想だな。で、今は?」


「OLです」


「男性経験なし、隙間時間に映画見るのと酒を呑むことしか趣味のない30間際のくそ女」


「ええまあ」


「名前は?」


「いや、さすがにそこまでは」


「じゃあ私から名乗ろうか。二千年王国の祖にして悪魔を打ち破り、来る日に信仰の魂を復活させる主よ」


「痛い名前ですね」


「あんたの学がないだけよ。最古にして最大頒布の創作ぐらい読みなさい」


「読みました、けど」


「じゃあ分かれよ」


「いや全然わかんないです」


「な、ま、え!」


「二階堂 有栖です」


「本名言えよ。痛い妄想の中の名前言ってんじゃねえよ」


「いや、あの。本名です」


「あっそ。酔い止めのお礼。あなたの妄想の世界、現実にしてあげる」


「えっ」


 身体が浮き上がる。


「なんかよう分からんけどアルファでベータな世界線に、飛んでいけっ。そうれ」


 飛ばされた。


「ようし働いた働いた。酔い止め自分で買って、映画の続き見よ」

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夢のない日々 春嵐 @aiot3110

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