03 お食事、そして再就職

 ラッセル殿下が連れてきてくれたのは意外にこぢんまりとしたお店でした。

 大きな看板には『腹ぺこ亭』と書かれています。可愛い名前ですね。

 そしてその横には小さい看板がかかっていました。


『お見合い斡旋所あっせんじょ』と書かれています。


「お見合い斡旋所……?」


「ここの女将さんが面倒見のいい人でな、あちこちで結婚の世話をしている内にこんなのを始めていた」


「へえ……」


 そういうお仕事があるなんて、初めて知りました。


 ラッセル殿下がお店の戸を開けると、さすがにお昼時、中はだいぶ繁盛していました。


「あら、騎士殿下、お昼に珍しい……女性連れ!?」


 恰幅の良い女将さんらしき人が出迎えて目を見開きました。


「あ、あ、あ、あんたあ! 騎士殿下が女性連れだよ!!」


 ラッセル殿下が小さくため息をつきました。


「なんだとお!?」


 女将さんの旦那さんらしき人が奥から出てきました。

 フライパンを持ったままです。


「い、いらっしゃいませ、騎士殿下、と、ええと、可愛らしいお嬢さん」


「ど、どうも」


 女将さんと旦那さんの目はとても優しく私とラッセル殿下を見ていました。

 優しい熱のこもった視線。私の心はホッとします。


「……奥の落ち着ける席を」


「はいはい、デートですものね!」


「…………」


 ラッセル殿下は何かを諦めたような顔で無言を貫かれました。

 呆れた顔ですが、女将さんたちを見る目は温かなものがあります。

 ラッセル殿下は女将さんたちのことが嫌いではないようです。


「俺はランチを。カレン、食べたいものは?」


「い、いっしょで」


「だそうだ、女将さん、頼む」


「はいよ! ランチ二人前!」


 席に着き、注文を終えると、ラッセル殿下は私をじっと見つめました。


「……大きくなったな、カレン。今いくつだ?」


「18になりました」


「そうか。俺が王宮を出て、7年だから、あの時はまだ11歳か……まあ、大きくもなるか」


「ラッセル殿下は今おいくつでしたかしら」


「23だ。それとラッセル殿下はよせ。王宮を出た俺を殿下と呼ぶのはおかしな話だ。皆にもそう言っているが一向に改善しない。あげく騎士殿下なんておかしなあだ名までついた」


「……では、ラッセル様」


「うん」


 ラッセル殿下は満足そうに頷きました。


「ラッセル様は、どうして市井の騎士になられたのです? 王族が騎士の訓練を受けるのは伝統ですが、大体王宮騎士団に入られるのが常でしょう?」


 数年あるいは数ヶ月、王族の男性が騎士に、王族の女性が聖女になるのはこの国の習わしです。

 どちらも王宮内で完結するお仕事ですから、社会勉強と護衛の兼ね合いがちょうどよいのでしょう。


 聖女とは王宮の神殿でお勤めをしている女性、全員を指します。

 その中で本当に『力』を持っているのは今代では私だけでした。


「第三王子がいつまでも王宮にいても仕方ないからな。この国は上二人の兄上が十全に統治なさるだろう。だから、自分の身を自分で養うために騎士にしてもらった」


「そうでしたか」


 なんて立派な方だろう。

 生まれが王族であることに甘んじずに騎士として努力されるなんて。

 私なんて、生まれは卑しい身分のくせに、王宮での生活に甘んじていた。


 そのツケが今の私だ。


「それで、本物の力を持つ聖女であるお前が何故、市井を薄着でうろついていたんだ」


「……お恥ずかしい話ですが、王宮を追放されました」


「はあ!?」


 ラッセル殿下が今日初めて大きな声を出されました。

 戸惑いの入り交じった顔で私を見つめます。

 そこには困惑ばかりでやはり私への感情というものは見えません。


「なんだ。何をしでかした」


「ええと……」


 私はこれまでのことを掻い摘まんで説明しました。


「……なるほど」


 ラッセル殿下は厳しい顔をされました。


「……他人が己に向ける好悪だけで人を重用することにしたのはご自身だというのに、父上は……」


 そう小さく呟くと、ラッセル殿下は頭を横に振りました。


「いや、終わってしまったことはやめておこう。しかし、クラリスの動きは気になるな」


「クラリス様をご存知で?」


「第二王子と同級だ。面識がある。……元は第二王子を狙っていたようだが、君なら知っているかも知れないが、第二王子はあまり人間に興味のない方だから……」


 ラッセル殿下はちょっと困ったようにそう言いました。

 かつてお目にかかったことのある第二王子殿下のことはよく覚えています。

 あそこまで他人に無温を貫かれる方を私は初めて見ました。

 その代わり、彼は本に並々ならぬ熱を送っておいででした。

 人より本が好きな方。それが第二王子です。


「まったく自分の子供でもおかしくない年齢の女にうつつを抜かすとは……いや、それはいい。それはいいのだが……クラリスのことを知っているのは父と母だけか?」


「私が申し上げたのはそのお二人です。他の方には……なんと申し上げていいか分からなくて」


「そうか……間違い、ないのだな?」


「はい、王妃殿下に誓って間違いありません」


 私が王妃殿下に拾われた子供ということを、ラッセル殿下は覚えておいでのようでした。

 私の顔を見てこくりと頷かれました。


「分かった。母上が何か手を打たれているかも知れないが、俺からも二人の兄にも警戒するよう連絡をしておこう」


「ああ、それは、はい、是非にお願いします」


 私は国王陛下に重宝され、王妃殿下の部下でしたので、お二人と会話をする機会はありましたが、二人の王子殿下にお目にかかる機会はありませんでした。

 ラッセル殿下のお言葉にホッとします。


「それで、今後の人生に宛てはあるのか、カレン」


「……ございません」


 それを思い出して私の顔は憂鬱に沈んだ。


「はいよ! ランチお待たせ!」


 元気な女将さんの声が私達の間に押し入りました。


 ランチはハンバーグとパンとスープでした。


「ありがとう、女将さん」


 ラッセル殿下が礼を言うのに、続いて、私も頭を下げました。


「ありがとうございます」


「はい、召し上がれ」


 そう言っても女将さんは立ち去りません。

 ニコニコと興味津々のご様子で私達を見ています。


 ラッセル殿下は女将さんに何か言いたげにしましたが、諦めてハンバーグに視線を落とされました。

 ……ラッセル殿下の視線に今までで一番熱がこもります。ハンバーグ、お好きなのですね。

 ラッセル殿下はまずはスープを一口含まれました。

 好きなものは後に取っておくタイプでしょうか。


「……カレン、君は家事は出来るか」


「いいえ、まったく」


 お恥ずかしい話ですが、事実です。私は正直に答えました。


「では、騎士寮で雇うというわけにもいかないか」


 ラッセル殿下は私の身の振り方について考えてくださっているようです。

 なんとお優しいのでしょう。

 しかしラッセル殿下が私を見るときの視線はやっぱり普通なのです。


 つまり、この方は好意などではなく責任感で私の世話をしようとしてくれているのです。

 優しい。本当に優しい方です。

 でもこんなに優しいと人を勘違いさせることも多そうです。ちょっと心配ですね。


「物を売る手伝いくらいなら出来そうだが……ううん、店屋に伝手つてはないな……」


 門兵さんたちは殿下のことを堅物と言っていました。

 あまり物を買ったりはなさらないのでしょう。


「あら、じゃあ、ウチに来たら良いさ」


 女将さんが口を開きました。


「え……?」


「ちょうどウチのお見合い斡旋所に助手が欲しいところだったんだ」


「ふむ、なるほど……」


 ラッセル殿下は頷かれました。


「確かにカレンの力なら……」


 小さくそう呟かれました。

 お見合い斡旋所。つまり人と人を結婚させるところ。

 なるほど人の好き嫌いを判断できる私にはもってこいの職場かもしれません。


「部屋は余ってるし、住み込みで働いてもらえるよ! 飯屋だから飯もついてくるし! そうしなよ、お嬢ちゃん。それにほら、北の騎士寮からも近いから、騎士殿下もいつでも会いに来れる!」


「まあ、そうだな」


 ラッセル殿下もすっかり女将さんの案に納得されたご様子。

 私にだって、選択肢も行き場もありません。


「……お世話になっても、よろしいのですか?」


 恐る恐る私は尋ねました。


「もちろんだとも」


 女将さんはにっこり笑ってくれました。


「あ、ありがとうございます」


「よろしくね、お嬢ちゃん」


「カレン、です」


「よろしく、カレンちゃん」


 女将さんは微笑みました。温かい視線が私に降り注ぎます。


「は、はい、よろしくお願いします……!」


 こうして私の就職先は決まりました。

 お見合い斡旋所。ここに連れてきてくださったラッセル殿下、快く受け入れてくださった女将さん、彼らに報いるためにも、私、がんばらなくては。


 そうしてようやく私はランチに手を付けました。


 こんな美味しい料理が毎日食べられるなんて、本当に良い職場を私は見つけていただけたものです。

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