40 『愛妾』クラリス
次に私が目を覚ましたとき、なんと日付は3日後になっていました。
その間中、ラッセル様と王妃様は私の側にい続けてくれたそうです。
また、ホークヤード閣下も王妃様の護衛騎士として王宮に復帰され、文官のヨーゼフさんも回復に向かっているようです。
ヨーゼフさんはラッセル様の乳兄弟で仲良く育ったのだそうです。
しかも私が横たわっている寝台は王妃様のベッドでした。
恐れ多いことです。
「よかった……よかったよ、カレン」
ラッセル様は泣きそうな顔でそうおっしゃいました。
「ご心配おかけしました……」
私が寝ている間に、オーガスト第一王子殿下は正式に国王に即位。
また、前国王陛下の葬儀も慎ましやかに行われたそうです。
「……あの、ラッセル様、私、クラリス様にお聞きしたいことが……」
「クラリスに? ……いいだろう、手配しておく」
ラッセル様は即座にその場を整えてくれました。
ラッセル様に支えられ、私は王宮の地下牢に連れられていきました。
そこにクラリス様はいました。
赤毛の美しいお方は、やつれ、汚れ、しかし、その灰色の目には煌々と焔が燃え上がっていました。
「……クラリス様」
「あら、元聖女カレン様。私に恨み言でも投げにいらしたの?」
「いえ、私……クラリス様に聞きたいことがあったのです」
「奇遇ね」
クラリス様はフンと鼻を鳴らしました。
「私にも、あったわ、あなたに質問したいこと」
「……私から質問しても?」
「ええ、どうぞ」
「……クラリス様はどうして私を嫌わなかったのですか?」
「ふふ、本当に嫌ね、聖女の力って」
クラリス様の目に燃える炎。
それは私に向けられています。
そう、この方は私が嫌いではない。
むしろ好意を持ってらっしゃるようなのです。
ずっと不思議でした。この方の悪意にまみれた陛下への殺意を見抜ける私を、なぜこの人は嫌わないのか。
「お前など、嫌うにも足らぬからだ」
「それは……」
それは答えとしてふさわしいだろうか。私は疑問に思います。
私が取るに足らない存在なのだとしたらこの方に宿るべきは普通の温度です。
炎のような熱ではない。
「……なんてね」
クラリス様は観念したように微笑まれました。
「勝手なことを言いましょう。元聖女カレン、私はあなたに親近感を持っています」
「私とあなたが……近い?」
中流貴族のクラリス様。
かつては第二王子ベンジャミン様に恋をしていたお方。
私と一体どこが似通うというのでしょう。
「私は親にずっと王族に取り入れと言われ、育ってきた。特に第一王子……ああ、国王陛下になられたのでしたっけ? オーガスト陛下の婚約者は我が家の政敵の娘です」
オーガスト陛下の婚約者は侯爵家のご令嬢と聞いています。
「第一王子オーガストにあの娘を嫁がせるな。嫁ぐようなら、第一王子オーガストを廃して第二王子ベンジャミンに嫁げ……ああ、無理難題を私は言われ育ちました」
これでは家族ぐるみの犯行だと自供したようなものです。
クラリス様のおうちはもう終わりでしょう。
「結局、第二王子ベンジャミンは恋に興味はなく、私は彼の籠絡を諦め、本丸に挑みました」
「前国王陛下……」
「とても簡単だった……でも、心では、私は……」
「ベンジャミン殿下を愛してらした」
私はかつて見たものを口にしました。
「よく分かっているじゃない。ええ、ベンジャミンを愛してました。あの本しか愛せぬ人でなしを、私は愛してた……愛してたのに、よりにもよってその父親に体を差し出して……
クラリス様は一瞬泣きそうな顔をしました。
「やむを得ぬ理由で陛下のそばにいた私は、やむを得ぬ理由で陛下に従うあなたに、勝手に親近感を持ちました」
やむを得ぬ理由。そうなのでしょうか。そうだったのかもしれません。
少なくとも、他人からはそう見えていたのですね、かつての聖女だった私は。
クラリス様は私を睨みつけました。
「元聖女カレン……私からも聞きたいことを聞いても?」
「私に答えられることであれば」
「陛下を意のままに籠絡するのに一番邪魔なのは王妃殿下でした。しかし陛下は王妃殿下と離縁してはくれなかった……どうして?」
クラリス様は私に問いながら、確信しているようでした。
「前国王陛下は、王妃様を愛してました。穏やかに緩やかに柔らかく」
私は見ていたものをそのまま彼女に告げました。
「そう。惨めね、私」
クラリス様はそう言うと壁を見つめ出しました。
もう私とは話したくない、そういう態度です。
「……元聖女カレン」
「はい、クラリス様」
「……あなたの力が王族を守るというのなら、あなたの目が人の心を見抜くというのなら……」
「おい」
ラッセル様が何かを感じ取り、クラリス様の言葉を遮ります。
しかし、そんなラッセル様を私がお止めしました。
「……助けてほしかった」
クラリス様はそれだけ言うと、今度こそ完全に沈黙しました。
「……ごめんなさい」
私はラッセル様に付き添われながら、地下牢を出ました。
私達の背に、クラリス様の泣き声ともなんともつかない金切り声が、かすかに聞こえてきました。
「…………」
「戻ろうか、カレン」
「はい……」
陰鬱に沈む私を、ラッセル様が抱き上げてくれました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます