39 再会と
「ラッセル殿下! オーガスト殿下! 王妃殿下!」
北の騎士団の一人が階段を駆け上がってきました。
「隊長がやってくれました。クーデター軍を制圧。またことの首謀者と思われるクラリス嬢を捕獲しました」
「そうか、第二王子殿下は?」
「ホークヤード閣下によって図書館の職員とともに発見されました。五体満足でご無事です。2班が全力で警護に当たっています」
「何よりだ……。兄上と母上をどうしようか。王族の居室はあれでは当分使えまい」
「……それでも、まずは国王陛下の亡骸を、確認しなくてはいけません」
王妃様が凛とした声でそう言いました。
「そして、すぐにでもオーガストを王に即位させます。国家の安寧のために、拙速だとしても、まずはそう取り計らわなくては……。王の不在は長引かせてはいけません。オーガスト、覚悟はできていますか」
「……はい、もちろんです、母上。ただ……俺に、ふさわしいでしょうか」
オーガスト殿下はラッセル殿下をチラリとご覧になりました。
「俺は逃げていただけです。今回のことを治めたのはラッセルです……俺に、この時代の王はふさわしいでしょうか」
「ラッセル、お前の兄上はこんなことをおっしゃっていますが」
「兄上はバカだ」
ラッセル殿下は即座にそうおっしゃいました。
オーガスト殿下が目をひん剥かれます。
「なっ……」
「兄上以外に王はいない。俺もベンジャミン兄上も同じ考えだ。俺は武力しか能がない。ベンジャミン兄上は知識にしか興味がない。政治を取り扱うのは兄上にこそふさわしい」
「……ラッセル」
「自信をお持ちください。王太子殿下」
「ああ、情けないところを見せた。……このことはこの場限りにしてほしい、ラッセルの部下、そして聖女カレン」
「も、元聖女です……」
私はちょっと申し訳なくてそうお答えしました。
「そうでしたね……私が王位に就いた暁にはあなたを復権させましょう。あなたは本物の聖女だ。それは間違いない。どのような振る舞いをしようと、聖女であることに違いはなく……聖女の力を正しく扱えるかどうかは、我々王族次第なのだから」
「…………」
復権。それは神殿に戻れるということでしょうか。
私は……それが嬉しいのでしょうか。
分からない。ずいぶんと私は街での暮らしに慣れてしまいましたし、ラッセル殿下に対しては一度は断ったことですから。
「とにかく、父上のところに行こう。王の居室に向かう。露払いを」
「はっ!」
ラッセル殿下の部下の方は階段を駆け下りていきました。
「何人か神殿の警護に残す。カレン、君もここに残るか?」
「……出来たら、最後まで皆様をお守りたいと思います」
「分かった。母上、お手を」
「ありがとう」
ラッセル殿下が王妃様の手を取りました。
ラッセル殿下と王妃様、オーガスト殿下、そして私の順に階段を降ります。
神殿の一階では1班の方々がすでに隊列を組んでラッセル殿下たちをお待ちでした。
「殿下たちをお守りしろ!」
「はっ!」
騎士の皆さんは殿下たちと私を取り囲むように隊列を組み直しました。
そうして私達は王宮へと正面から戻ります。
国王陛下の亡骸の元へ。
陛下の居室の前には北の騎士団の隊長さんと、ホークヤード閣下、ベンジャミン第二王子殿下、そしてボロボロの王宮騎士の方がお待ちでした。
「ああ、よかった……」
ベンジャミン第二王子殿下はオーガスト第一王子殿下と抱き合い、王妃様に抱きつきました。
王宮騎士さんの胸元の勲章の量が、偉い人であることを告げています。
王宮騎士さんは彼らの再会を柔らかく温かい目で見ると、その場に崩れ落ちました。
「よくぞ……ご無事で……」
そう言って彼は気を失ってしまいました。
殿下たちの安全を見届けるまで気力だけで立っていたようです。
「ご苦労だった」
オーガスト殿下はそう声をかけられました。
オーガスト殿下の目にも春の日のような温もりが宿っています。
ああ、王宮で久しく見なかった温もりを私は見ています。
陛下の居室に皆で入りました。
怯えるように身を寄せ合っている侍女が何人か部屋の隅にいます。
陛下はベッドの上に横たわっていました。
その目は閉じられていました。
その首には赤々とした血が流れています。
亡くなっているのは一目で分かりました。
音がしました。振り返れば、ホークヤード閣下が膝をついていらっしゃいます。
彼には外傷はありません。そこにあるのはただ無念の思いでしょう。
「……父上」
オーガスト殿下は小さく呟くと、陛下の手を取りました。
そこには王権の証であるレガリア――指輪がはめられたままでした。
「私が」
王妃様がそうおっしゃって、陛下の指から指輪を外し、オーガスト殿下の指にはめました。
「簡易的ですが、ここにあなたの即位が成りました」
「はい、謹んでお受けします」
オーガスト殿下……いえ、オーガスト国王陛下は、頭を下げました。
「王旗に黒い布を被せるよう、指示を出せますか、ラッセル」
「分かりました、母上。隊長、お願いします」
「取り計らう」
隊長さんは頷いて出ていきました。
「大丈夫ですか?」
王妃様は侍女達に声をかけに行かれました。
そして、私は、侍女が王妃様に向ける目に氷のような悪意を見ました
「王妃様!」
ラッセル殿下とオーガスト国王陛下、ベンジャミン第二王子殿下は前国王陛下の亡骸の側。
ホークヤード閣下は膝をつかれ、他の騎士は外。
私だけ、一番王妃様に近いのは、私だけ。
「カレン!」
切羽詰まったラッセル殿下の声が私の背中を追いかけてきます。
私は王妃様の体を突き飛ばすように、その場からどかしました。
お腹が熱いです。
燃えるように熱い。
急ごしらえの甲冑の隙間に差し込まれたナイフが光ります。
「あ……」
血が、溢れていきます。
目の前には王妃様に向けていた憎悪の行き場をなくし、呆然とした様子の侍女さんの姿があります。
見覚えのない方です。私が王宮を追われてから雇われた方……恐らく、クラリス様の部下か何かなのでしょう。
「わ、私は……」
「貴様あ!」
ラッセル殿下が私の隣を通り抜け、侍女さんの腕を締め上げます。
「ラッセル様……どうか、その方にご慈悲を……」
私は彼をそう呼ぶと、ぐらりと倒れ込みました。
「カレンー!」
王妃様の悲鳴が聞こえます。
それが、遠くになっていきます。
やっと守れた。
だけど、ああ、ここは、やっぱり、つめたくて、くらい。
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