38 血まみれの王宮
先行した3班4班の方々の戦闘は階段下で
「突破ー!」
あの階段を上がれば、王族方の居住区域に近付けます。
ラッセル殿下の号令に皆様従います。
「あ……」
3班4班の方々が斬り伏せられるのを私は見てしまいました。
敵対している方の目には、嫌悪はそこまでありません。
怯えが勝っていました。
「……うう」
血のにおいが溢れかえる階段を駆け上がり、私を背負う騎士が交代します。
「こっちだ!」
ラッセル殿下が住み慣れた王宮を駆けます。陛下の護衛騎士であったホークヤード閣下も慣れた様子で隣を走ります。
「……ラッセル殿下!?」
前から、王宮騎士団の制服を着た方が駆け寄ってきます。
その視線は――過大すぎる好意をラッセル殿下に向けていました。
これは尋常ではありません。
これは、まるで、殿下を殺せることに幸せを感じているようです。
「……敵です!」
私が叫ぶのと同時に王宮騎士は剣を抜きました。
しかしラッセル殿下の方が早かった。
王宮騎士の首を殿下は迷わず
「……うっ」
血が飛び散ります。
私は目をそらしたくなります。
しかし、そんな暇はありません。
きらびやかだった王宮が、血に染まっています。
どれだけの人が死んだのでしょう。
私の同僚の聖女たちはどうしているのでしょうか。
どうしてこんなことになったのでしょう。
「兄上ー! 母上ー! オーガスト第一王子殿下! ベンジャミン第二王子殿下ー! 俺です! ラッセルが助けに来ました!」
ラッセル殿下が叫ばれます。
「ラッセル第三王子だ! 俺が帰ってきたぞ! 殺せるものなら、殺してみろ!」
その声にあちこちの部屋から騎士が湧いて出てきます。
「右の方、味方です! 左の方も! その奥敵!」
こんな風に視線を一瞬で見抜かなければいけないのは初めてのことです。
私は目を見開いて、相手の視線を捕まえ続けます。
敵は斬り伏せられ、味方のお二人がその場に崩れ落ちます。
ラッセル殿下の部下の方が、駆け寄ります。
「第一王子殿下は!?」
「か、隠し通路……」
それだけ言うと彼は事切れました。
「隠し通路……?」
「……聖女の神殿に通じる隠し通路がある。……1班! 俺に続け! カレンもだ! 2班! ホークヤードが率いて図書館に向かえ! 恐らく第二王子殿下ならそちらだ! バリーは隊長に伝令!」
「はい!」
私を背負っていたのは2班の方だったようで、1班の方が背負うのを交代してくれました。
「行くぞ!」
ラッセル殿下は近くの部屋に飛び込むと、暖炉の前の床板を蹴り破りました。
中は空洞になっています。
どうやら1階と2階の間に空間があったようです。
「続け!」
通路の中は意外と高さがあり、背の高い騎士の方々が、走り抜けても、問題はありませんでした。
私はできるだけ身をかがめました。
隠し通路を抜けた先は、見慣れた神殿の手前でした。
ラッセル殿下が扉を蹴破りました。
中から悲鳴が上がります。
「あああ! 国賊がああ!」
見覚えのある聖女が箒を振りかぶっていました。
ラッセル殿下は軽くいなし、箒を放り投げました。
「だ、大丈夫よ、皆! この方々は味方です!」
「カレン様!?」
「カレン様あ……!」
私の元同僚の聖女たちが涙を流して私を見上げます。
ああ、この子達は私のことを温かな目で見てくれます。
……ここでは、私は嫌われていなかったのですね。
そんなことを失念するくらい、かつての私の心は凍り付いていたようです。
「はい! 私です! この方はラッセル殿下! 第三王子殿下です!」
聖女の中には緊張の糸が切れて倒れ込んでしまうものもいました。
「兄上は!?」
ラッセル殿下が叫びます。
「上階です! 朝のお勤めに来ていた王妃殿下も一緒です!」
「王妃様……!」
私はホッと一息つきました。
ラッセル殿下はその間にも階段を駆け上がって行かれました。
「1班! 神殿の周りの警護を固めろ! ここが拠点と気付かれても構わん! 神殿を死守しろ!」
「はい!」
私はこの場に下ろされました。
何人かの聖女達が私に駆け寄ってきます。
「カレン様!」
「カレン様……! ああ、よくぞ、ご無事で……何も持たずに街に降りられて、心配していました……」
「ありがとう!」
お礼を叫ぶと私はラッセル殿下を追います。
神殿の二階に駆け上がると、ラッセル殿下がオーガスト第一王子殿下と王妃様と抱き合っていらっしゃいました。
「兄上! 母上! よくぞご無事で!」
「ああ、ラッセル……良く来てくれた……本当にお前は、自慢の弟だ……」
オーガスト殿下のお顔はずいぶんとやつれておいでです。
こんなことがあったのです。仕方ないでしょう。
そして王妃様が私に気付きました。
「ああ……カレン!」
王妃様が立ち上がり、私に駆け寄ります。
私が何かを言う暇もなく王妃様は私を抱き締めてくださいました。
まるで子供の時のように。
「……王妃様あ」
私は、気付けば泣いていました。
視線なんて見なくても分かります。
王妃様の目はきっと温かな目をしているのでしょう。いつものように。最初に出会ったあの時のように。
王妃様が私をあの温かな目で見てくれたのは、いちばん最初にお会いしたときです。
刺客からお守りするより更に前、あの薄汚い路地裏の小娘の頭を撫でながら、王妃様は温かな目で私を見てくださいました。
王妃様には、何も関係なかったのです。
私がこの方を守ろうが、守れまいが、この方にとってあの惨めな子供すら愛すべきものだった。
「王妃様……王妃様……!」
私は涙と鼻水が王妃様の服についてしまわないよう、必死に上を向きました。
「ああ、カレン、カレン……よかった。元気そうね。ご飯はちゃんと食べているの? お店の方々は優しい? 街の人は?」
「はい……とっても、とっても、みんなあたたかい……あたたかい街に住んでいます……ラッセル殿下のおかげです……」
「そうなのね、そうなのね……」
王妃様も泣いていらっしゃるようです。
私達はぎゅっと抱き合い続けました。
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