37 王宮への帰還
「……こうも偉いやつがいると指揮系統が混乱する。ホークヤード、ラッセル、ここは私が指揮官と言うことでよいか?」
「どうせ、私はクビになった身だ。一兵卒だと思ってくれ、隊長」
ホークヤード閣下が即答します。
「ありがとう、ラッセル?」
「……あなたには俺より一日の長がある。もちろん、指揮官はあなたがなすべきだ、隊長」
ラッセル殿下は苦々しげです。
私を連れて行くという決断にまだ迷いがあるのでしょう。
私は近所の甲冑屋さんが持ってきてくれた軽い鎧を着せていただきました。
気休めだ、とラッセル殿下は苦々しくおっしゃいましたが、私にはとても頼もしく感じました。
「1班2班はラッセルの指示の元、聖女カレンをお守りし、第一王子殿下・第二王子殿下・王妃殿下の探索を最優先しろ! ホークヤードはラッセル殿下の護衛でそちらにつけ!」
「はい!」
「3班4班は私とともに露払いだ。敵味方の区別など付けようなどと思うな。すべてが敵のつもりで、挑め! 戦え! 蹴散らせ!」
「おう!」
「カレン」
班をまとめる合間に、ラッセル殿下が私を見つめました。
その目はやはり熱くたぎっています。
ああ、熱すぎて、思わずそらしてしまいそうなくらい。
私はそれに心乱されぬように、ふんわりと微笑みました。
「はい、ラッセル殿下」
「……守る。きっと守る」
「……はい、でも敵の狙いはあなたのはずです。身を守ることを最優先にお考えくださいませ」
「……ああ」
ああ、まさかこんな形で王宮に戻る日が来るとは思いませんでした。
「私も、あなたを守ってみせます。今度こそ、聖女として……王族方を守ります」
そして本物の聖女として正しく力を使って見せましょう。
これから向かう王宮。そこを見上げ、私は一人の女性の顔を思い浮かべました。
「……クラリス様」
陛下を害したお方。
恐らくこのクーデターの中心にいるであろうお方。
私は彼女を思います。
彼女はどうしているでしょう。
私はどうしても、彼女に聞いてみたいことがあったのです。
クラリス様の実家・中級貴族のお家には5班の方々が向かっています。
どこに裏切り者がいるか分からないと、東西南の騎士団には声をかけずに、北の騎士団は独断専行を決められました。
「突入ー!」
隊長さんのかけ声で3班4班の方々が王宮へと突入していきます。
「……行くぞ!」
3班4班の方々の後に、ラッセル殿下が1班2班を率いて続きます。その横にはホークヤード閣下が控えています。
私は周囲を屈強な騎士の方々に囲まれ、それに続きました。
王宮の中は地獄でした。
すべてが血で溢れかえっています。
かつて薄着でくぐり抜けた玄関ホールのあちこちに人々が倒れています。
「……ひどい」
思わず小さく呟きました。
「まずは、第一王子殿下の部屋を目指す! あの方は朝に弱い! 朝早くの凶行ということは私室にいらっしゃった可能性が大きい!」
第一王子殿下の部屋は王妃様の部屋にも近いはずです。
私は早く王妃様と再会したくてたまりませんでした。
一国民としては正しくないことなのでしょうが、私は第一王子殿下・第二王子殿下より、王妃様のことが心配でした。
ラッセル殿下は慣れた様子で王宮を進みます。
先行している3班4班の方々の怒号が聞こえてきます。
「…………」
私はブルリと体を震わせました。
ああ、そもそも、クラリス様が陛下一人を殺しただけなら、こんなことが出来るわけがありません。
王宮内にはクラリス様の協力者が大勢いたはずです。
最近配置換えが多くあったと聞きますが、それだけで済むとはとうてい思えません。
おそらく、私がいる間にも刺客は、反逆者はこの王宮の中にいたのでしょう。
それなのに、私は気付けませんでした。
王宮を出る直前には陛下に疎まれ、陛下の周りに侍ることはなくなっていました。
その間に、クラリス様の仲間が増えていったのでしょう。
私は自分に向けられる視線を自分の罪故だと思っていましたが、恐らくあの視線の中にはクラリス様の仲間の視線もあったのです。
見分けなんて、つきませんでした。
悪意が渦巻くあの場所で、そのようなものをいちいち見分けている暇はありませんでした。
「……ああ」
私がもっと私の力を正しく使っていれば、私が聖女として目を光らせていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに。
「……ごめんなさい、王妃様……」
早く会いたい。会って無事を確認したい。
そう思うと同時に恐怖がよぎります。
王妃様が殺されていたらどうしよう。
もうあの方に会えないとしたらどうしよう。
不安ばかりが募る私はうつむきそうになるのを必死に堪えます。
私は、見なければいけないのですから。
「……脚が遅い! 交代でカレンを背負え!」
ラッセル殿下がそう指示を出されました。
確かに私の体力は並です。
鍛えている騎士の方々についていけるような脚力はありません。
騎士の一人が恐る恐る私を背負ってくださいました。
ああ、視界が開けます。
これならもっとお役に立てるでしょう。
私の目で、殿下をお守りするのです。
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