36 救出作戦
「騎士団だ!」
街の人たちからすがるような声が上がります。
「ラッセル殿下……! 何が……!?」
「ホークヤード! 見ての通りだ!」
ホークヤード閣下が馬を下り、駆けつけてらっしゃいました。
他の騎士の皆さんは王宮を見上げ、厳しい顔つきで、隊列を組んで行かれます。
「ヨーゼフ! 無事か!?」
ヨーゼフさんとホークヤード閣下もお知り合いだったようです。
「閣下……申し訳ありません」
「いや、よくぞ、生き延びた……ラッセル殿下、あの旗は……」
「ああ……あの旗は、王を廃したという宣戦布告」
「宣戦布告……!」
「不埒ものが王宮に紛れ込んでいた。そいつらによるクーデターだろう……」
ラッセル殿下は眉をひそめました。
「ヨーゼフ、国王陛下はどうした?」
ホークヤード閣下が再度、ヨーゼフさんに尋ねます。
「国王陛下は殺されました。恐らく愛妾クラリス様と共寝をしているところを襲われたようです。他の王族方の行方は分かりません。申し訳ありません。自分の身を守り、外の殿下にお伝えするので、精一杯でした」
「……カレン、ヨーゼフの視線は、俺にどう向いている?」
ラッセル殿下が私にそう言いました。
私は絶句してしまいました。
ラッセル殿下はこれほど大怪我をしているヨーゼフさんをも疑ってらっしゃるのです。
私に少しの戸惑いが生まれます。
しかし、ヨーゼフさんはラッセル殿下をまっすぐ見つめました。
私に視線を読まれても構わない。
そうお考えのようです。
「……大丈夫です。ラッセル様のことを嫌ってはいらっしゃいません。芯から温まるような思いを向けておいでです」
それは本当でした。
私はホッとします。
「分かった。……兄上たちを助けに、そして王宮を奪還する。騎士団の誇りにかけてだ」
「いや、ラッセル、お前は外に残れ」
北の騎士団の中で一番胸元の勲章が多い方、以前、北の騎士寮にお邪魔したときにラッセル殿下と朝食を共にしていたあの方がそうおっしゃいました。
こうして見れば、年齢も一番高く見えます、恐らく偉い方なのでしょう。
ラッセル殿下のことも騎士として扱っているのか呼び捨てです。
「隊長!」
ラッセル殿下が、抗議の声を上げます。
「……分かるだろう、ラッセル。王族方が全滅したかも知れぬ今、正当な王族の後継者であるお前を死地に連れて行くわけにはいかん。警護をつけてここに残す」
「王宮で生きているかもしれないのは私の兄たちで、母です! 助けに行きます! そうでなければ……有事の際に役に立たぬのなら、何のために私は騎士になったのか……!」
ラッセル殿下の必死の訴えに、私の心もかき乱されそうです。
「いや、北の隊長の言うとおりだ」
「ホークヤード! お前まで!」
「……殿下、聞き分けください」
これは騎士同士の話です。
戦う人々の話です。
私に口を挟めることなど何もありません。
……それでも、それでも私は、ラッセル殿下の気持ちが分かった。
いえ、私は、王妃様が心配でした。
「あ、あのっ」
だから、私は、声を上げていました。
「私が行きます。私も殿下についていきます」
「カレン!?」
ラッセル殿下はこちらを振り向き、驚愕に目を見開きました。
私には、すべてを皆さんに明かすべき時が来たのでしょう。
「北の隊長さん。私は、元聖女のカレンです。人の好悪……感情を見抜く目を持った本物の聖女です。だから、殿下をお守り申し上げます。殿下に仇なすものを見抜きます」
私は、隊長さんをまっすぐ見つめました。
隊長さんはあんまり驚いていません。
薄々感づいていたのかも知れません。
私を見つめ返し、厳しい顔つきをされています。
「……聖女カレンが王宮を追放されたのは聞いていた。……確かにあなたを連れて行けば、ある程度までは見抜くことも出来るだろう。悪意を持たずに殺意を持てる人間が、どれほどいるだろうか」
「はい。よほどの心の持ち主でなければ、人は人を殺そうとするとき、そこには悪意が芽生えます……よく知っています」
「ホークヤード……どう思う?」
隊長さんがホークヤード閣下に尋ねました。
「……聖女カレン様の力は、ええ、この場合はとても役に立つでしょう。でしょうが……しかし、さすがに彼女を戦地には……」
ホークヤード閣下が迷われています。
私は少し焦ります。
私の余計な一言が、この方達の時間を奪ってはいないでしょうか?
「危険だ」
ラッセル殿下がきっぱりとそう言いました。
彼の目が私を向いています。
ああ、熱いです。夏のかんかん照りの中をそのまま歩くような熱さです。
……ああ、ラッセル殿下、まだ私のこと、そんなに思ってくださるのですね。
「危険すぎる。そんなことを……君にさせられない」
「それは私のことを愛しているからですか?」
「…………」
ラッセル殿下は言葉に詰まります。
「だとしたら、それはダメです。ラッセル殿下。今はどうか、騎士として、王子として振る舞ってくださいませ。私を愛する一人の男ではなく、あなたがなすべきことを使えるものすべて使って、なしてください」
「……くそっ」
ラッセル殿下は目を閉じました。
「いいだろう」
代わりにそうおっしゃったのは、隊長さんでした。
「聖女カレン、あなたを敵地に連れて行く。どうか我々とともに戦ってください。あなたのことは我々騎士が守りましょう」
「……はい!」
私は渾身の力を込め、返事をしました。
それでも声は震えていました。
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