お見合いその4〈母子〉

33 親子

 子供の頃からほしかったものがあります。

 温かい目がほしかった。


 道行く家族を見る度に見ることの出来る、あの温かい目。

 親が子供に注ぐあの目。


 ずっとずっとほしかった。


 でも、薄汚い私に向けられるのは冷たい目。

 冷え切った嫌悪の目。


 初めて温かな目を私にくれたのは、王妃様でした。




「おはようございます……」


 寝ぼけ眼を擦っていると、そこにはラッセル殿下がいました。


「おはよう」


 穏やかな笑み、熱い視線、礼服と髪の毛が少し乱れています。


 私はしばらく起き上がってラッセル殿下をぼーっと眺めていましたが、自分が寝間着なことに気付いて慌ててベッドに潜り込みました。


「……先に出ている」


 ラッセル殿下が部屋の外に出て行きました。

 私は普段着に着替えます。




 食堂に降りると、お客様が来ていました。

 王宮で見覚えのあるお方、国王陛下の筆頭護衛騎士ホークヤード閣下でした。


「ほ、ホークヤード閣下……」


「ああ、聖女カレン様ごぶさたしております」


 そういえばホークヤード閣下も王宮をクビになられたとか。

 お仲間ですね。


「北の騎士寮から、手勢とラッセル殿下の着替えを持って参りました」


 ちらりと『腹ぺこ亭』の外を見ると人影があります。

 北の騎士寮の方々のようです。


「悪いな、わざわざ」


 朝食の席に着きながら、ラッセル殿下がホークヤード閣下に声をかけます。

 私もその正面に腰掛けます。

 今日の朝ご飯は昨日の残りです。ちょっとパサついたサンドイッチなんかですね。


「いえいえ、これも拾っていただいたご恩ですよ、ラッセル殿下」


「……それで、昨日の刺客については何か分かったか?」


「徹底していますね。身元の分かるような物は身につけていませんでした。首謀者に口を割らせた方が早そうです」


「そうか……」


 ラッセル殿下は思案げに天井を見上げます。


「……つまるところ俺とカレン、どちらを狙ったものか判別がつかないと言うことだな」


「どちらも、という可能性もございます」


 私は神妙にお話を聞いています。

 あの方から感情を読み取れなかった以上、私が口を挟めることはありません。

 ただ黙って殿下たちの采配を見守るのみです。


「……カレンを北の騎士寮に連れて行って護衛……という手もあるにはある、か……」


「そうですね……しかし元聖女ごとき・・・をどこまで保護するかという問題はあります」


「なるほど、お前らしい。合理的な物言いだ、ホークヤード」


 ラッセル殿下は苦笑されました。


「じゃあ、こうしよう。俺はカレンを人質に取られれば命を投げ出すかもしれん。だから、カレンも守る。これでいいだろう、ホークヤード」


「カレン様を恋人や愛人だから守る、と言わない辺り、振られましたね? ラッセル殿下」


「……ああ」


 ラッセル殿下はちょっと不機嫌そうになりました。

 わりと分かりやすいですね、堅物騎士殿下。


「まあ、分かりました。カレン様、どうします? 北の騎士寮に来ていただけますか?」


 私はチラリと女将さんたちを見ました。

 女将さんは何も言わずとも私を守るためならと、見送ってくれるでしょう。


「……でも、もし、女将さんたちが私に対する人質として取られたら……」


 私はポツリと呟きました。


「そちらの問題もありますね……」


 ホークヤード閣下は眉をしかめました。


「分かりました。こちらを護衛するのに何人の手勢が必要か、見て回ります。女将さん、案内をしてもらえますか。すべての戸と窓の場所を教えてください。失礼ですが私室にも入らせていただきます」


「あ、は、はい……」


 女将さんが緊張の面持ちでホークヤード閣下を案内するため裏に回られました。


「…………」


 ラッセル殿下と二人の食卓です。

 旦那さんとスティーブンさんが厨房で準備をされている音が聞こえるので、ふたりきりという感じはしないです。


 それにしても、私はラッセル殿下を振ったことになるわけですが、本人がおっしゃったように態度がまったく変わりません。

 お優しい方ですね。


 黙々と朝ご飯を食べます。

 そこに、ガランガランと戸の開くベルの音がしました。

 

「あら?」


 まだ『腹ぺこ亭』も『お見合い斡旋所』も開店には少し早いです。


 困った様子で騎士の方が戸を開けています。

 そしてその影から人が飛び込んできました。


「っ!」


 ラッセル殿下が焦った様子で席を立たれ、テーブルを大回りします。


 飛び込んできた人はそのままラッセル殿下に一直線。懐に飛び込みます。


「ラッセル様!?」


「くっ!?」



 そしてラッセル殿下のお腹ほどの背丈のその子は、ラッセル殿下を見上げて叫びました。


「パパー!」


「……ぱぱ?」


 8歳くらいの少年が、ラッセル殿下の腰にすがりついていました。


「……ぱぱ!?」


「ティモシー!!」


 悲鳴のような女の人の声がします。

 そちらを見れば、ほっそりとした女性が、顔を真っ青にしています。


「こら! ティモシー! ……ああ、申し訳ありません、騎士殿下……!」


「ああ、いや、問題ない」


「ママ!」


 ティモシー少年はラッセル殿下に背を向けると『ママ』の方へと戻りました。


「本当に申し訳ありません……!」


 ママさんは深々と頭を下げてきます。


「だって、ママ言ってたよ、ここにパパ捜しに行くんでしょ?」


「そうだけど、この方は違うの! 恐れ多い……!」


「……ああ、『お見合い斡旋所』のお客様ですか?」


 私は口に残るパンをお茶で飲み込んで、お仕事モードに頭を切り替えます。


「いらっしゃいませ」


「よろしくお願いします……」


 ママさんが深々と頭を下げました。

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