29 元聖女カレン
「ラッセル様……?」
ラッセル殿下の思惑が読めず、私は困った声を出します。
「見極めていたとも、この1ヶ月、君のことを」
「私を……」
「そしてよく分かった。君は君の意思で政治を引っかき回したのではない。ただひたむきに行動していただけだ。それが悪い方向に王宮では転がり、『お見合い斡旋所』では幸運にも良い方向に転がった。それだけだ」
ええ、確かに幸運です。
『お見合い斡旋所』での私は、決して計算では動いていません。
たまたま上手くいった、そういう場面がいくつあったでしょう。
「王宮での君は、たまたま上手く行かなかったのだ。兄上にそう報告した」
「兄上って……」
「一番上の第一王子殿下だ。……失政をして尚己を省みない国王陛下を廃し、第一王子殿下を即位させる」
「そ、それは……」
クーデター、ではないのでしょうか。
「く、クラリス様と、何が違うのです」
「第一王子殿下には正当な王位継承権がある……俺にも一応あるが、兄上を飛び越えて王になる気はない。そもそも王など向いてもいないし、勉強もさほどしていない。俺には王都の片隅で騎士として剣を振っているのが似合っている」
ラッセル殿下ご自身がそう思うのなら、私に口を挟む余地はありませんが……。
「今は第一王子殿下のご決断待ちだ。その後のための重臣たちへの根回しは母上がされている」
「王妃様」
ああ、王妃様が認めている計画だというのなら、私に文句を挟む筋合いはありません。
……私の王家への忠誠とは、結局のところ王妃様への忠義です。
王妃様がそれでよいのなら、それでよい。そう思ってしまう自分がいます。
「分かりました。……良いのですか? 私にそのような大事なことを……」
「大丈夫だ」
「……ありがとう、ございます」
こんな風に、信頼される。
それがこんなにも嬉しいことだとは思いませんでした。
もう一度ラッセル殿下の目を見ます。
やはり夏の陽射しのような熱さがそこにはあります。
……これは、あの、その、人を好きな人の目、なのですが……。
私は困ってしまって、目をそらしました。
気付けば屋台がたくさん出ているスペースにたどり着いていました。
人がたくさんひしめいています。
私より前をずんずんと進むラッセル殿下が手を伸ばし、私の手を掴みました。
「はぐれるといけない」
ぶっきらぼうな言葉でしたが、私の頭には、先程の殿下の目がこびりついています。
……ラッセル殿下は、私のことが、好きなのでしょうか?
いえ、駄目です。そんな調子に乗って浮かれてはいけません。
勘違いかもしれません。
だって、ラッセル殿下が私の何を好きになるというのでしょう。
私はラッセル殿下にご迷惑をおかけしてばかりです。
お世話になってばかりです。
先日、騎士寮に行って殿下に向けられる目を精査したりもしましたが、それが何だというのでしょう。
私は私に出来ることをやっただけです。
ラッセル殿下は最初、私に普通の目を向けて、胸元の傷に気付いたときその目は少し温かくなりました。
それからはどんどんと温かくなる一方で、確かミートパイの話をしたとき少し温度が上がったような気がします。
いえ、さすがにミートパイくらいで人を好きになる人はいないと思いますが……。
次第に熱くなる視線。それは次第に恋が芽生えたと言うことでしょうか?
そういえば、さっきラッセル殿下は見極めていたと言いました。
私のことを見ていたのです、殿下は。
多分、私が思っているよりもずっと、ちゃんと見ていてくれたのです。
その上で、私のことを好きになってくれた……?
握る手の温度が、そのまま私の気持ちのようです。
……私は、ラッセル殿下が好きです。
ええ、優しくしてもらいましたから、お世話になりましたから、好きになるのなんて当たり前みたいなものです。
……私はどれだけラッセル殿下のことが好きなのでしょう?
ラッセル殿下が向けてくれるほどの熱量を、私は持っているでしょうか?
疑問は胸を渦巻き、もはや街の喧騒も耳には入ってきません。
不安も疑問もない交ぜになった私の心はぐちゃぐちゃです。
ただひとつ、伝えておかなければいけないことがあります。
「……ラッセル殿下」
ラッセル殿下と心の中ではずっとお呼びしていました。
それが当然だと思っていたから。
ラッセル様と口では申し上げてきました。
それを殿下が望まれたから。
しかし今、私はこの方に殿下として呼び掛けました。
「どうした、元聖女カレン」
ラッセル殿下は振り向かれました。
私の呼び掛けに込めた思いをくみ取ったかのようなお言葉でした。
「……復権は、要りません」
私は素直にそう申し上げました。
「良い子ぶっているわけでも、無欲を装っているわけでもありません。私……わがままで言っています。私、聖女に戻りたくなどありません」
「……カレン」
「私は本物の聖女のはずでした。しかしお役目は果たせませんでした。……ラッセル殿下、私、自分自身にこれ以上、失望したくないのです。聖女に戻るのは怖いです。……今の暮らしが、一番性に合っています」
私はきっぱりそう言い切りました。
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