28 人と人の心

 この国では同性婚は認められていません。

 聖句の第24項にもこうあります『男は女を愛し、女は男を愛し、そして睦みあいて子をなすべきである』と。

 それに正しく従うなら、同性愛も認められないということになります。


 しかし、男性が男性を愛し、女性が女性を愛しているところを私は王宮で何例も見てきています。

 ともに訓練をしている王宮騎士団の男性二人が熱い視線を交わしているところを、叱られ泣いている侍女の方を先輩の侍女が熱い視線で慰めているところを、結婚までしている大臣の男性が側仕えの侍従に熱烈な視線を注いでいるところを、私は見てきました。


 もちろんそのようなことをおおっぴらに暴き立てる私ではありません。

 そういう方々がいることは幼い頃から知っていました。

 だから聖句の第24項を聞いたとき、分からなくなってしまい、王妃様に尋ねたことがあります。

 その時の王妃様の返答は「もくして見逃してあげなさい」でした。


 王妃様の言うことは絶対です。私は伯爵の息子さんの気持ちについても黙り続けるでしょう。

 だから、ああ、伯爵の息子さん、そんな絶望した目で私を見なくて大丈夫です。


「カレンちゃん! ここはもう良いわ、お祭り行ってらっしゃい!」


 女将さんがそう言ってくれました。


「は、はい! ラッセル様、着替えて参ります!」


 今日のために私も少し色味の明るい洋服を買っています。

 しかしそれでお見合いパーティーに出るわけにもいかないので、今着ているのは地味目の服です。


「ああ、待っている」


 頷くとラッセル殿下はカウンター席に座られました。


 遠巻きに見守る人の中から門兵のジャックさんが抜け出て、ラッセル殿下に声をかけます。

 どうやらラッセル殿下に退屈をさせずに済みそうです。


 階段を駆け上がり、屋根裏部屋で服を着替えます。

 鏡をじっくりと見つめます。

 大丈夫。見れるくらいにはなっています。


「行ってきます!」


 私は気合を入れました。




「お待たせしました!」


「ああ……それ、買ったのか?」


「な、何か変でしょうか?」


「いや、似合っているよ、じゃあな、ジャック、また」


「はい、また」


 ジャックさんは生温かい目で私たちを見送ってくれました。

 ケイトさんも伯爵の息子さんももういませんでした。


 私とラッセル殿下は連れ立って『腹ぺこ亭』の外に出ます。


 なんとも言えない視線が突き刺さります。

 なんというか、熱くも冷たくもないのです。

 しかし視線を感じます。


「……あ、そうだ」


 私はケイトさんの忠告を思い出しました。


「子爵のスチュアート家をご存知ですか?」


「名前だけだな。確か屋敷は北区だったか」


「はい、そこのお嬢さん……お妾さんのお子さんがうちの斡旋で結婚されるのです」


「そうか」


 ラッセル殿下はほのかに微笑みました。


「活躍、してるみたいだな、カレン」


「……はい。お見合い斡旋、天職、でしたね」


 しみじみと呟きます。

 春の1月の初め、行くあてもなく街をさまよっていたときとは大違いです。


「それで、その結婚式に招かれていたのですが、ケイトさんが言うには、貴族が参列しそうだから、やめた方がいいって……」


 あれ? なんでやめた方がいいって言われたんでしたっけ。

 つい、自分が聖女とバレるのが困るから、やめようかな、とか思っていましたが……。

 ええと、そうです。ケイトさんは貴族と一緒に参席とか面倒ではないか、とおっしゃってくれたのでした。


 何だか不思議ですね。ケイトさんが貴族を面倒くさがるのは性格からして分からないでもないのですが、それを私にやめた方が良いというのはおかしな話です。


「……それはいつだ?」


「ええと、さすがに貴族の結婚ですので準備に時間はかかって夏の1月……2ヶ月後ですね」


「なら、それまでに、カレンが復権していれば良い」


「あはは」


 私は笑います。冗談だと思ったのです。

 国王陛下直々に解任された私の復権などあり得ません。


「……実は午前のうちに王宮に上がってな、色々と情勢を見聞きしてきた。……ホークヤード筆頭騎士が解任された」


「え……」


 ホークヤード筆頭騎士閣下は王宮騎士団の中でも、国王陛下を一番近くでお守りしている騎士です。


「な、なんで……」


「クラリスが言ったそうだ、ボディチェックの際に執拗に体を触られた、と」


「……ホークヤード閣下はクラリス様に冷ややかな視線を送っていました。少なくとも好きで体を触ったりはしないと思います。……いえ、男の人は好きでもない女性の体を触ることがあるのかもしれませんが……」


「そうだな、そういうことはあるかもしれない」


 ……あ、本当にあるんですね、男性はそういうこと……。


「しかし、少なくともホークヤードはそういう男じゃない」


「ええ、私もそう思います」


 ホークヤード閣下は潔癖なほどに清廉な方でした。


「とりあえずホークヤードには北の騎士寮に来るよう使いを出した。俺の元で庇護する。母上にも報告した」


「……王妃様は息災でしたか?」


「ああ。元気も元気だ……ホークヤードをクラリスが追い出した。この意味が分かるか、カレン」


「分かりません……」


「いよいよ、本気でクラリスは父上を殺す気だということだ」


 お腹の底が冷えたような感じがしました。

 人を、殺す。

 人殺しは昔々に会ったことがあります。


 王妃様の命を狙い、私の胸に傷を付けた男。

 あの人はすでに死刑に処されています。


 そうです。人を殺そうとすれば、どちらかは、死ぬのです。

 成功すれば標的が死に、失敗すれば人殺しが死ぬ。


「……どうにか、お止めできませんか?」


「クラリスは今や王宮の一角に自分の居を構え、お目通りさえ叶わなかった……愛妾に、王子が、だ」


 自嘲的にラッセル殿下は片頬を歪めました。

 その目にはここにはいないクラリス様への嫌悪がにじみ出ています。


 ああ、ラッセル殿下の目に嫌悪を見るのは初めてです。


「……クラリス様」


 私は思わず彼女の名を呼びました。

 周りからしても強引すぎて見え透いた彼女。


 どうして陛下は彼女の思惑に気付かないのでしょう。


「結局のところ、父上の器とはそこまでだったのだ」


 吐き捨てるようにラッセル殿下はそう言いました。


「女の言葉にいちいち従い、言われるがままに……なあ、カレン、身に覚えもあるだろう」


「……ああ、クラリス様は私の代わり、なのですね……」


 ようやく分かりました。


「……だとしたら、私の罪は続いているのでしょう」


 私はそう呟きました。


「それは違う」


 ……ラッセル殿下はいつも私を庇おうとしてくれる。

 それでも、私の言葉が陛下を惑わせたのは紛れもない事実なのです。


「カレン、君を復権させる。そうすることでクラリスの横暴を止める……場合によっては父上の愚挙も止める」


 それは、どうするつもりなのでしょう。

 私はラッセル殿下を見上げました。


 そこには夏の陽射しのように熱い視線がありました。

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