27 恋の行方

 本人曰く『余計なお世話』を言い終えた伯爵の息子さんにケイトさんがモーションを掛けにいきます。

 苦笑しながら伯爵の息子さんはケイトさんを迎え入れ何やらお話しを始めました。

 ……まあ、ケイトさんなら大丈夫でしょう。あらゆる意味で。


 私はというとチェスターさんを監視するために念のためお二人の側に留まっています。


「……チェスターさん」


「怒鳴って雰囲気を悪くしてすまなかった」


 存外素直に謝られました。


「……クリスティーヌ、話をしても?」


 チェスターさんの目から嫌悪が引いています。

 恐らく伯爵の息子さんのあまりにあっさりとした去り際に毒気を抜かれたようです。


 クリスティーヌさんは少し悩んでいる様子でしたので、私は未だに野次馬をしている門兵のジャックさんにこっそり手招きしました。

 ジャックさんはこくりと頷きこちらに来てくれました。


「クリスティーヌさん、こちら門兵をしているジャックさんです。腕っ節は確かなので、チェスターさんが次騒いだらたたき出してもらいます。皆さんそれでよろしいですね?」


「……ああ」


「了解、カレンちゃん」


「分かりました」


 クリスティーヌさんはやはり困ったような笑顔を見せます。


「……怒鳴って悪かった」


「いいえ」


 殊勝なチェスターさんに対し、クリスティーヌさんの反応は冷ややかです。


「その、なんだ。俺は……君に……」


「構いません」


 クリスティーヌさんはチェスターさんの言葉を遮るようにそう言いました。


「…………」


 気まずいです!!


 隣のジャックさんもそんな感じです。

 めっちゃ気まずい! と言わんばかりの視線を私に送ってきます。

 拝啓、王妃様、私もとうとう人の好悪以外の視線も読み取れるようになったみたいです。


「あ、あの、よく分かりませんが、話し合うなら根幹からちゃんと口にして話し合った方が何かとスムーズにいくのでは……」


「…………」


「…………」


 私の余計なお世話にクリスティーヌさんとチェスターさんは黙り込んでしまいます。

 失敗! 失敗です。ええと……。あ、そうです!


「えっと、あの、お二人は……お二人のこと、好き、ですよね?」


「なっ……!」


 チェスターさんの今度の大声は顔を赤らめて発せられました。


「……違いました?」


「…………」


「私たち、親が仲悪いのよ」


 クリスティーヌさんが苦笑しながらおっしゃいました。

 ああ、親御さんが障壁になっているパターンはシンシアさんとダニーさんもそうでしたね。


「だから、結ばれるなんてありえないの。そうでしょ、チェスター」


「…………」


 チェスターさんがうつむきます。


「……それでも、結ばれたいのですね?」


 余計なことを言ってみました


「…………ふふっ」


 何故かクリスティーヌさんが笑ってくれました。


「まっすぐね、カレンさんは」


「……ええと」


「ありがとう。……そうね、チェスター、私たち話してみましょう。私たちだけでも、ちゃんと結束しましょう。チェスター」


「……クリスティーヌ」


 チェスターさんは胸を打たれたように、クリスティーヌさんを見つめました。

 おお、熱いです。とても熱い視線をしています。

 煮えたぎったお風呂みたいです。


「チェスターさん! 素直になってください!」


 この言葉が後押しになるかは分かりませんが、私はそう言っていました。


「……ありがとう」


 チェスターさんはぶっきらぼうにそういうと、クリスティーヌさんにまっすぐ向き直りました。


「……ジャックさん、お世話をおかけしました」


「いやいや」


「果物屋のお嬢さんとは上手く行きました?」


「……いや、あんまり……」


「あらあら」


 困りましたねえ。ジャックさんが結婚できる日は来るのでしょうか……。


 などとトラブルに対応していると、すっかりお昼になってしまいました。

 残った料理を食べてもらって、解散のお時間です。

 一応何組かは上手く行きそうな感じになりまして、後日お見合いを開催することが決まった方もいます。


「お疲れ様でしたー。あ、ケイトさん」


「はあい」


「どうでした? 首尾は」


「駄目ね。チェスターはクリスティーヌに首ったけだし、伯爵の息子は何あれ? 身が入ってないにもほどがあるわね」


「あらまあ……本気でお金持ちのお客様探します?」


「それなら、ほら、こないだカレンちゃんと食事してた人が良いなあ」


 ラッセル殿下のことですね。


「あ、あの方は……」


 どうなんでしょう?

 お金持ちなのは間違いありませんが、ラッセル殿下の恋愛対象ってどういう方なのでしょう。

 考えたこともありませんでした。


「…………」


「あら、嫌そうな顔」


 嬉しそうにケイトさんが笑います。

 ……人の嫌そうな顔を笑わないでいただきたいものです。


「カレンちゃんとあの人って恋人なの?」


「まさか」


 ありえません。


「ふうん」


 つまらなそうに口をすぼめました。


「わ、私のことよりケイトさんのことを……!」


 そう言っていると『腹ぺこ亭』を出て行く人々の流れに逆らうように、一人の男の人が『腹ぺこ亭』に入ってきました。

 ラッセル殿下でした。

 しかし、いつもの騎士の制服ではありません。

 どちらかというと王族方が公式行事で着るような礼服を着ています。


「あ、ラッセル様……」


 私がその名前をお呼びすると、ラッセル殿下はこちらを見ました。

 そして私の側のケイトさんに明らかに冷ややかな視線を送りました。


「嫌われたものねえ」


 苦笑してケイトさんが去って行った方向には、伯爵の息子さんが、いらっしゃいました。

 他の残っていたお客様方同様、ラッセル殿下に視線を向けていらっしゃいます。


 それはそれはとても熱い視線を。


「……え?」


 それは恋をしている人の視線でした。

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