26 伯爵の息子さん

「元聖女、カレン嬢か?」


 突如として私を襲った言葉に、私は凍り付きます。

 どうしましょう。

 妾の子、それで彼を侮っていたのは他ならぬ私自身でした。

 妾の子なら、正当な後継ぎでないというのなら、私のことなど知るはずもない。


 そう高をくくっていたツケが回ってきました。


「わ、私は……」


「ああ、安心してほしい。何も、君の正体をここで暴き立てようというわけではない。父から聞いていた君の特徴と合致していたから、確認したまでだ」


「そ、そうですか……」


 確かに伯爵の息子さんの目には特に私への感情はありません。普通です。


「君の力を見込んで、頼みがあるのだ」


「な、なんでしょう?」


 私の聖女としての『力』は一応秘匿されていました。知る人ぞ知るという感じです。

 ただ末期、国王が私の言葉を受け入れなくなるにつれ、その秘匿性は薄れ、知っている者はわりと知っている、までに陥っていました。


「この会場の中で、一番私に興味のない女性を紹介してほしい」


「…………?」


「私にはね、カレン嬢、好きな人がいるのだ……決して結ばれない人だけどね」


「ああ、なるほど……」


 私が思い出したのはエリーさんでした。

 戦地に行ったヴィクトルさんを思い続けて、結婚を先延ばしにしていたエリーさん。

 彼女のことを思い出すと同時に南方戦争のことを思い出して胸が痛みます。


「だから、結婚したくはない。しかし、伯爵家にも面子めんつがある。妾の子とは言え、ぶらぶらと遊ばせてもいられない。かといって貴族の伝手つてで結婚相手を選んでは必ず結婚をしなくてはいけない。というわけでここを利用させてもらっている」


「なるほど……」


「……まあ、伯爵家の息子が読心でぶらぶらしていては外面が悪い。いずれは私も結婚するのだろうが……。しばらくは、自由の身でいたいのだ」


「ふむふむ」


 伯爵の息子さんに興味がない人……と言ったらケイトさんなのですが、ケイトさんはお金が好きな人です。

 今も宝石商のチェスターさんの宝石一個一個にうっとりとした熱い視線を送っています。

 伯爵の息子さんの向こうにお金の影を見れば、結婚くらいしたがる気がします。

 適任ではないです。


 ここはいっそ……。


「区長のお嬢さんはいかがでしょう」


 区長のお嬢さんは皆に平等に愛情を注いでらっしゃいます。

 それは突出した方がいないということでしょう。

 というわけで、とりあえず彼女を薦めてみました。

 というか彼女以外の女性はほとんどが伯爵の息子さんに熱い視線を注いでいて到底薦められません。


「ありがとう」


 伯爵の息子さんはそう言って、飲み物のお代わりをとると、区長のお嬢さんに向かいました。


 いろんな意味で上手く行くと良いのですが……。




 その後、私は甲冑屋の息子さんと服屋のお嬢さん、菓子屋の息子さんと酒屋のお嬢さんなど、お互いに一定以上の熱視線を送り合っている方々をさりげなく誘導し、ペアになるよう動きました。


 兵士のジャックさんは気付けば、果物屋のお嬢さんとお話しをされています。

 ジャックさんは見るからに舞い上がっています。

 果物屋のお嬢さんもそれなりに温かい目をしています。

 上手く行くと良いですね、ジャックさん。


 などとのんびりしていたら……。


「クリスティーヌ!」


 宝石商のチェスターさんが大声を上げました。


「な、なんです……?」


 そちらを見ると、チェスターさんが区長のお嬢さんを叱りつけていました。

 クリスティーヌとは区長のお嬢さんのようです。

 私の目にはお互い憎からず思っていそうなお二人です。

 クリスティーヌさんの向こうでは伯爵の息子さんが困ったような顔をし、チェスターさんの後ろでは、ケイトさんがにまにま・・・・しています。

 ……さてはケイトさん性格が悪いですね?


「ど、どうかされました……?」


 騒ぎを看過するわけにはいきません。

 女将さんは折り悪く厨房に引っ込んでお食事の補充をしようとされているところです。

 私が介入する他ありません。


「大丈夫です、カレンさん」


 か細い声でクリスティーヌさんが答え、気丈に微笑みます。

 いえ、大丈夫そうには見えません。

 手が震えています。


「チェスターさん、急に大声を上げたりしてどうされたのです?」


 パーティーが始まる前、チェスターさんはクリスティーヌさんのことがちょとばかし好きだったはずです。

 それは見えていました。

 しかし今のチェスターさんのクリスティーヌさんを見る目には少しの嫌悪が入り交じっています。


「クリスティーヌが……その男に色目を使っていた」


 吐き捨てるようにチェスターさんはそう言いました。


「……ここはお見合いパーティーです。チェスターさん、色目というと聞こえは悪いですが、大なり小なり色恋沙汰は混じり合う場所だと思います。大体ケイトさんの色目にあなただって惑わされていたのでは?」


「ぷっ」


 ケイトさんが噴き出します。

 私が言うのもなんですが、この人性格悪いですね。


「ちっ」


 チェスターさんが舌打ちをします。

 うーん態度が悪い。

 あまりに場を乱すような人がいたら、追い出しちゃってもいいからね、とは女将さんに言われています。

 追い出しましょうか? 素直に追い出されてくれるでしょうか。


 なんだなんだとこちらを見守るお客様の中にはジャックさんもいます。

 兵士のジャックさんに協力を仰げばチェスターさんくらい追い出すのは訳ないでしょう。


「私が退けばいいのだろう」


 私が考え込んでいると、伯爵の息子さんがそうおっしゃいました。

 そう言えば、伯爵の息子さんは別にクリスティーヌさんと結ばれたいわけではないのでした。


「あ、ありがとうございます……」


「どういたしまして、カレン嬢。そしてチェスターくん、クリスティーヌさん、余計なお世話だろうが……話し合うならきちんとした方が良い。お互い、自由の身である内に」


 そう言った伯爵の息子さんはどこか切なそうな顔をしていました。

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