25 振り切れない過去

『腹ぺこ亭』に続々と着飾ったお客様がやってきます。

 お見合いパーティーの始まりです。


「カレンちゃんやっほー!」


「ケイトさんご機嫌よう」


 朗らかにケイトさんが私にあいさつされます。


「お金持ちに印とかついてない!?」


「……お洋服を見ればいいのでは?」


「なるほどぉ!」


 ……お酒でも入ってるのでしょうか。本日のケイトさんなかなかの上機嫌です。


 ちなみにお見合いパーティーの席にお酒は用意されていません。

 酔っ払いすぎて変なことになる人が出るのは困りますからね。


 味見したけど、リンゴジュース美味しかったです。


「あ、そうだ。今度子爵家のお嬢さんの結婚式に誘われたんだって?」


「あら、耳聡い」


 地主の坊っちゃんが貴族のお嬢さんを射止めた話は大々的に話題になっているようですが、私のことまで知られているとは。


「……やめといた方が良いかも」


 ケイトさんが声を潜めました。


「え?」


「なんかねー、妾の子なんて厄介だなーって遠巻きにしてた貴族連中が、結婚して片付くのならって結構参列しようとしてるみたい。」


「…………」


「面倒じゃない? そういう貴族と同席するの」


 オフィーリアさんの涙を思い出します。

 色々と辛いを思いをされていただろうオフィーリアさん。

 そんな彼女の幸せなはずの結婚式がそういう思いで邪魔されるのは我慢なりません。


 しかし貴族の世界のことは本当に厄介ですから、私にできることなどありません。

 貴族の中には王宮に出入りしてて、私の顔を知っている人もいるでしょう。

 確かに、行かない方がいいのでしょう。色んな意味で。


 だけど、私は行きたいと思いました。

 オフィーリアさんを祝福したいと思いました。

 結婚式に列席してあの涙を支えたいと思います。


「考えて……おきます」


 こういうことはラッセル殿下に相談するのが手っ取り早い気がします。

 今日にでもお伺いを立てましょう。

 ……甘えすぎでしょうか、私。


「ありがとうございます。詳しいですね、ケイトさん」


「酒場は人の口が緩むからねー。『腹ぺこ亭』は料理が中心だからあんまりそういうことはないだろうけど」


 一応メニューにお酒はありますが、酔客はあまり発生しませんし、酔って暴れるような方がいたら女将さんがぶっ飛ばしに行きます。

 女将さんはなかなかに強いのです。


 しかし人の口に戸は立てられないとはいえ、ケイトさんの耳にまでオフィーリアさんとエリックさんの結婚の話が入っているとは……。


「だって地主よ! 注目株だったのに!」


「あはは……」


 さて、ケイトさんお一人とばかり話しているわけにもいきませんし、ケイトさんだってお見合い相手を探したいでしょう。

 私は小さく一礼をして、ケイトさんの側から去りました。


「おはよー、カレンちゃん」


 続いて声をかけてくれたのは門兵のジャックさんです。

 今日は制服ではなく私服です。新鮮ですが、お似合いですね。


「おはようございます!」


「頑張ってね、カレンちゃん」


「頑張るべきなのはジャックさんでは……?」


「おっしゃるとおりです……」


 ジャックさんは苦笑いをされました。




 来ている人々の中でひときわ高級な生地のお洋服を着て、少し浮いている方がいます。

 それが伯爵の息子さんでした。

 かつてケイトさんにお見合い相手として勧めたことがある方です。

 にこやかな笑みを浮かべていますが、その目はとても冷えています。

 ……お見合いする気、ないのでしょうか。

 義務的に参加されているのかもしれませんね。


 そしてギラギラに宝石をぶら下げているのが宝石商のチェスターさんです。

 何人かの女性から熱い視線を送られています。……宝石に。


 女性で目立っているのは区長さんのお嬢さんです。

 背筋をピンと張っているので高い身長がより高く見えます。キラキラした瞳であちこちを見ています。

 彼女の特徴はほぼすべての男性に温かめの視線を注いでいることでしょうか。


 気が多い、と捉えれば聞こえは悪いですが、よく言えば慈愛に満ちているという感じです。


「ふむふむ……」


 私は給仕に奔走するフリをして人々の視線をたどります。


 ケイトさんは相変わらず人様に無温ですね……本当にお金にしか興味がないのでしょうか……。あ、でも、チェスターさんにはちょっと熱い視線を……宝石をガン見ですね! 換金性の高いものでも探しているのかもしれません。


 チェスターさんはというと、区長のお嬢さんに温かめの目を向けています。

 区長のお嬢さんは誰にでも温かい目を向けているので一応両思いですね。すばらしい。


「……動くべきでしょうか?」


 そう呟いた私より先にケイトさんが宝石商のチェスターさんにモーションをかけに行ってしまいました。

 うーん、しばらく放っておきましょうか。




 さて、他の方々は……伯爵の息子さんの周りには女性陣がまとわり付いていますが、伯爵の息子さんは本当に興味のなさそうなご様子です……なんでお見合いパーティーに来たのでしょう。というか、どうして『お見合い斡旋所』に登録しようと思われたのでしょう……?

 オフィーリアさんもそうでしたけど……。

 貴族同士のコネクションでどうにかしようとは思わないのでしょうか。


 やはり妾の子というのはそれだけでネックになるのでしょうか。

 貴族の世界はよく分かりませんね。

 政治の世界もよく分かりませんでしたけど……。


 そんなことを思いながら伯爵さんを眺めていると、目が合いました。

 偶然だろうと思ったのですが、こちらに近付いてきます。


 私は今、エプロンを着けています。参加者じゃないことは一目瞭然です。


「お飲み物をご所望でしょうか?」


 そう尋ねた私に伯爵の息子さんは小さく囁かれました。


「……元聖女、カレン嬢か?」


「!」


 思いもがけない私の素性を知る人に、私は凍り付きました。

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